第二章2
僕は物思いに耽っていて、保健室の扉の前に人が立っていることに気付いていなかった。保健師の先生ではないが、体育祭に上下ジャージの格好は教師に間違いない。
見知らぬ先生は、目を見開いて俺を見ている。不審者に間違えられているようだ。慌てて立ち上がった。
「すみません、ぼんやりしていました。ここで休憩していた一年の鈴木拓人の兄です。拓人はついさっき目が覚めて、付き添ってくれていた佐藤君とグラウンドに戻りました」
「そうですか、よかったです。職員室から来ましたから、すれ違わなかったんですね」
「お騒がせしました。あの……」
「副担任の小林です。小林理生と申します。担当教科は英語です」
「こばやし、りお先生……。失礼しました。弟がお世話になっています」
副担任がいるのか。若い先生だから、担任になる準備期間ってところだろうか。
小林先生は少し考えて辺りを見回した後、佐藤君が片付けた椅子ともう一脚の椅子を持って来て、ベッドの横に並べた。僕に椅子に座るように促し、先生も座った。近い。
目を見開いていない小林先生は、少したれ目で、優しげなアルカイックスマイルが印象的だ。しかし色白な肌に目の下の隈が目立ち、その微笑みにも疲れと影が滲んでいた。
「立ち聞きするつもりはなかったんですが、さっきの……鈴木君が生徒会長をやっていたというのは……」
「ああ、弟が見た夢の話です。でもなんていうか……生徒会長だったのに、はっきりしないというか……ま、夢の話なので……ハハハ。夢でも今日みたいに借り物競走をしていたそうで……」
「あのときの借り物競走には中村会長と鈴木君が出ていましたね」
「え?」
「『大切な人』……佐藤君と私のどちらが大切かを選ぶカード。鈴木君が会長からそのカードを取って、佐藤君の元に走った」
「小林先生……?」
「分かりませんよね。……今の姿でこれをするのは問題がありますが」
そう言って小林先生は頬に人差し指を立て、小首を傾げて、はにかんだ。うーん……たしかに大問題だ。小林先生じゃなく僕が。なんで大の男のそんな仕草をかわいいと思うんだろう。なんでその眼差しに、僕は……
「副会長!?」
「ハハ、正解です。私は高橋すずです」