第一章1-3
実行委員の仕事が一段落すると、俺は借り物競走に出場するために北ゲートに残った。佐藤君には他の取り巻きがついている。
佐藤君も北ゲートに残って借り物競走を見ると言った。佐藤君の目的は俺と同じく借り物競走に出る中村会長の応援だ。俺は佐藤君の取り巻きだ。中村会長のついででも、俺への応援も期待してもいいだろう。
北ゲートから出たところに設置されている、入場門をくぐる。競技場正面の観客席から、拍手や歓声が下りて来る。さすがにふわふわした高揚感に包まれる。
借り物競走は学年混合の対抗レースの借り人競走だ。出場選手は箱からカードを選び、そこに書かれた人物を連れて来て、審判員が認めれば、ゴールだ。「校長先生」「来賓者」のカードなら楽だ。グラウンドの正面奥にあるテントから連れ出してくればいい。「イケメン教師」「推しの人」なんかは厄介だ。客席まで駆け上がってもいいが、時間をかけていられないので、普通はグラウンドの近くにいる人間を引っ張って来ることになる。こういうカードに当たると放送部の実況で散々からかわれる。競技が終わっても、下手をすると翌年の体育祭までネタにされる。
だからこの競技はじゃんけんで負けた俺のような運のない生徒か、自分からネタを提供したいような目立ちたい生徒が出場している。
俺の隣には、中村会長が並んでいる。どうやら会長もじゃんけんには弱いらしい。
会長は北ゲートからではなく生徒会のテントから直接グラウンドにやって来たが、佐藤君が北ゲート付近で観戦していることには気付いたようだ。
「……席に戻らせなかったのか」
「ご本人が近くで見たいと。他の者がお側に付いています」
「ならいい。……あの後、唯はなにか言ってたか?」
会長の言葉に、俺はフンと鼻を鳴らしてしまった。
あの後というのは差し入れの後ということだろう。佐藤君の様子が気になるならあんな対応をするなと言いたい。
俺は佐藤君の取り巻きだ。中村会長の質問に答える義務はない。質問に答えるのは、佐藤君がこんなへたれな許婚を慕っているためだ。
時折佐藤君のいる方向に目をやる中村会長と話をしながら、やっぱり副会長との噂は嘘のようだと胸を撫で下ろした。
__おかしい。なんでこんなことになってしまったんだ。
__なんとかしないといけないと思っている。
__でもできない。反吐が出る。
__こんなはずじゃなかった。俺はなにをしているんだ。
__はっきりしろ……はっきり……。
「おい、大丈夫か」
「え?……はい」
声を掛けられはっと我に返った。俺はスタートラインに立っていた。
パンとスタートの音が鳴る。赤、青、黄、緑、紫のタスキをした5人がスタートラインから走り出した。わらわらとカードの入った箱に群がる。お互いのカードを見比べながら、「え~!優しいイケメン教師!?」「サングラスをかぶった来賓者?いるか……?あ、いた!」なんて声が上がる。
「え~と、『校長先生』か……よかった、普通で」
「……」
「会長?」
『黄色、緑、紫の選手が走り出しました!赤の鈴木君と青の会長はまだ動きません。トラブルでしょうか?他の選手には大きなチャンス……早くも紫の渡辺君がカードの人物をみつけたようです!観客席に上がっていく!』
選手が動き出すと、放送部の実況に熱が入り、観客席がざわついた。
「会長のカードはなんて……なんだ、楽勝ですね」
『実行委員からの情報です。生徒会長のカードは『大切な人』だということです。これは楽しみなカードです。さあ、会長はだれを選ぶのでしょうか?会長はまだ動きません』
放送部の実況が、カードの内容を説明する。歓声が一際大きくなったが、心臓の音の方が大きく聞こえる。
「俺は……どうすれば……」
「どうって、連れて来ればいいだけじゃないですか」
「……できない……選べないんだ……」
「は?できないってなんだよ?なに言ってんだよ」
「……」
「できないわけないだろ!?はっきりしろよ!」
青のリストバンドをつけた手が、カードを握りつぶす。
__くそっ。できないってなに言ってんだ。なんでこんな……。
「あんたはムカつくけど、こんなヤツじゃなかった。いったいどうしたんだよ」
「……」
「副会長との噂も放っておいて、不安がっている佐藤君にも向き合わないで、あげくに選べない?最低だな」
「分かってる。俺は……」
「分かってませんよ。……いいですよ。できないんだったら、僕にください 」
「なにを言って……」
「僕ならできるって言ってるんです。僕が選ぶ。佐藤君を!」
「鈴木!」
しわくちゃになったカードが乱暴に奪われた。胸に描かれたフェニックスが翻る。
歓声が上がるなか、黒のTシャツは北ゲートへと吸い込まれていった。
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