第一章1-1
10月×日、晴天。おなじみの音楽が聞こえる。
本日ここセントール競技場では鳳堂学園中等部及び高等部の合同体育祭が行われている。体育祭は中等部、高等部をクラス別に五つのチームに分けて競う。競技のときはチームカラーの、赤、青、黄、緑、紫の鉢巻きや襷をすることになっている。中には自分達のTシャツを作っているクラスもある。
俺達のクラスも、フェニックスの絵柄と「RISING 1-11」のロゴが赤くプリントされた黒のTシャツを着ている。他のクラスもしているからとノリで作ったわりには目立つTシャツだ。
こう言うと体育祭に気合が入っているように聞こえるかもしれないが、実はそうでもない。
鳳堂学園は幼稚園から大学院までを運営する私立学校で、生徒には金持ちの令息令嬢が多く、保護者のヒエラルキーが生徒の関係にも影響する。そのせいか一見穏やかでのんびりした校風だが、どこか冷めた空気感がある。
そういう学園だから、立派な競技場で開催されている体育祭も、感動と熱気が渦巻くことはない。なにか渦巻くとすれば、観客席でご機嫌伺いをする保護者達の思惑くらいだ。大半の学生は競技に出場するときを除けば、友達と喋ったり、隠れてスマホを触ったりして一日を過ごす。俺もそうしたいが、実行委員の仕事もあって、なにかと忙しい。
今、俺は生徒会専用の控室の前で立っている。俺の隣にいる佐藤君の付き添いで、肩からクーラーボックスを担いで紙袋を提げている。これは実行委員の仕事ではない。俺が小学生の頃からやっている、佐藤君の取り巻きとしての仕事だ。
通路に笑い声が響いた。高等部生徒会長の中村拓人と副会長の高橋すずが控室に向かってやって来る。中村会長は勉強もスポーツもできる高身長のイケメン、片や高橋副会長は学園一の美貌を誇る才媛だ。通路を歩く二人は、お揃いの青いリストバンドに体操服というださい恰好でも、絵に描いたような美男美女だった。
高橋副会長と話をしていた中村会長は、佐藤君に気付くとその切れ長の目を険しくさせた。佐藤君は一瞬躊躇ったが、中村会長に駆け寄った。俺は少し距離をあけ、佐藤君を見守る。俺は佐藤君の取り巻きだから、余計な口出しはしない。
佐藤君が中村会長に話しかけた。
「タクちゃ……中村先輩……」
「佐藤君、どうしてここに?一年の実行委員は北ゲートに招集がかかっているはずだ」
「まだ少し時間はある、じゃなくて、ありますから……」
「ぎりぎりに行くものじゃないしそれほど時間もない。ここから北ゲートに行くにはいったん2階に上がらないといけないだろ。グラウンドを横切るわけにはいかないんだ」
くどくどとお説教をする中村会長の隣で、高橋副会長は頬に人差し指を当て、小首を傾げている。さすがに幼いその仕草は、副会長の癖だ。副会長は俺と佐藤君の荷物が気になるようだ。俺の視線に気付いた副会長は、恥ずかしそうに指を下ろし、佐藤君に問いかけた。
「もしかして差し入れ持って来てくれたの?」
「あ、はい。生徒会の皆さんに……」
佐藤君が目線で合図したので、俺は紙袋を少しだけ広げた。中を覗き込んだ副会長は目を輝かせて、佐藤君と俺を交互に見た。
「これってこの前出た限定商品だよね?」
「はい。あとクーラーボックスにはアイスが入っています」
「アイスも?嬉しい!いつもありがと!佐藤君が持ってるのは?会長に?」
「タオルと水筒とレモンのはちみつ漬けを……」
「佐藤君が会長のために手作りしたの?すご~い。いいな~。こんなできたお嫁……じゃなかった、許婚がいる会長が羨まし~」
「あ、あの……」
「佐藤君が照れてかわいすぎるんですけど。ね、会長」
佐藤君は、副会長のいじりに太刀打ちするすべもなく、顔を赤くして俯いてしまった。それでも気になるのか、中村会長にチロチロと上目を使っている。しかし当の中村会長は佐藤君ににべもなく言った。
「何度も言ってるが、生徒会にも入っていないのにこんなことをしなくていい。それに差し入れでも自社製品は使うものじゃない。学園での営利活動は禁止されている」
「そんなつもりじゃ……ごめんなさい……」
「佐藤君は普通の生徒じゃないんだ。自分の家や立場を考えて行動しないと。鈴木君も佐藤君のお側付きだったらもっとしっかりしてくれ」
「すみませんでした。気を付けます」
「二人とも早く北ゲートに行くように」
「ちょ、ちょっと会長……」
会長は佐藤君と俺から荷物を受け取ると 、さっさと控室へと去って行った。副会長は会長を引き留めようとしたが、諦めたようだ。佐藤君と俺に差し入れありがとうと礼を言った後、会長を追いかけた。佐藤君は控室に入る会長を見つめていた。