表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/48

暁の建国

黄巾(こうきん)の動乱から六十年。

魏呉蜀の三国の時代を()て、中華の世はようやく一つに(まと)まった。

新帝の志耀(しよう)は、統一された新しい国を【(ぎょう)】と命名した。

志耀が送って来た(ふみ)に黒々と(しる)された暁の一文字(ひともじ)を見た華真(かしん)は、感無量(かんむりょう)の声を発した。

「世の新しき夜明けという事ですね。まことに良き名です。」

志耀は、国都(こくと)を成都と定め、その上で国を五つの地域に区分し、郡制(ぐんせい)による行政を宣言した。

蜀郡の郡主(ぐんしゅ)には姜維(きょうい)、魏郡の郡主には夏侯舜(かこうしゅん)、呉郡の郡主には陸遜(りくそん)がそれぞれ任命(にんめい)された。


そして今日。

暁帝(ぎょうてい)となった志耀が初めて成都を(おとず)れた。

輿(こし)ではなく、自ら馬に(またが)って成都に入城した志燿は、出迎(でむか)えの先頭の列に姜維と華真の姿を認めると、馬を降りてその(そば)に駆け寄った。

「姜維殿ですね。ようやくお目にかかれ(うれ)しき限りです。華真の兄様も本当にお久しゅう御座います。」

直ぐに拝礼(はいれい)をした姜維は、困惑気味(こんわくぎみ)に志耀への最初の言葉を発した。

(みかど)...。(した)しき御言葉掛(おことばが)けは有り難いのですが、我等(われら)下臣(かしん)です。それでは(あま)りに....。」


志耀の横で馬を降りた呂蒙(りょもう)が、苦笑しながら口を開いた。

相変(あいか)わらず、このようにされておられるのです。(みかど)など単なる(かざ)りだと(おっしゃ)って聞かぬのですよ。国を本当に動かす貴方達(あなたたち)に対して、命令口調(めいれいくちょう)など(もっ)ての(ほか)だと...」

それを聞いた華真が微笑んだ。

(みかど)らしいご対応ですね。しかし(みかど)(こころざし)()かれる事の()(がた)さは、誰もが承知しております。我等(われら)は、(みかど)誠心誠意(せいしんせいい)をもって(したが)うだけで御座います。」


志耀への拝礼(はいれい)()いた華真が、言上(ごんじょう)を発した。

「一つ、(みかど)にお(うかが)いしたき事が...。司馬炎殿はどうされているのですか。てっきり荊郡(けいぐん)郡主(ぐんしゅ)くらいは拝命(はいめい)されると思っておりました。」

その言葉に、志耀は困ったような表情を見せた。

「それなのですが....。表立(おもてだ)った役職は、(いず)れも全て司馬炎殿が首を縦に振らなかったのです。今更司馬の亡霊(ぼうれい)(おもて)に出ても、世の混乱を招くだけだと言われてしまって...。どうしても説得(せっとく)する事が出来ませんでした。」


「司馬炎殿は、今後どうされるお(つも)りなのでしょうか?」

そう(つぶや)く華真に向かって、志耀が答えた。

「長安で、夏侯舜殿をずっと(かげ)(ささ)えると伝えて来られました。あの方には(まい)りました。『(こころざし)を達する為とは言え、自分は夏侯舜殿を利用してしまった。一生を通じて、夏侯舜殿に(つぐな)いをしなけばならない』...。そのように言われては、何も返せません。」

(おとこ)なのですな、司馬炎殿は....。感服に絶えません。頭が下がります。」


そこで志耀が迎えの列に並ぶ皆を、見渡(みわた)した。

「そう言えば...。華鳥(かちょう)姉様(あねさま)何処(どこ)におられるのです?」

志耀の問いに、華真が頭を上げてにこりと笑った。

「実は、華鳥は、(おっと)を持ったのです。」

(おっと)...? 相手は何方(どなた)です?」

「その相手は(みかど)もご存知です。あの潘誕で御座います。つい最近、子も(さず)かったと聞かされております。」

華真の言葉に、志耀は破顔(はがん)した。

「何と....あの潘誕殿ですか‼︎ 新たな命も(さず)かったのですね。その子には、是非(ぜひ)とも私が名付(なづ)(おや)となりたいと思いますが、(よろ)しいですか?」

「何とも勿体(もったい)ない御言葉(おことば)です。潘誕が聞けば、感激(かんげき)卒倒(そっとう)いたしましょうな。」


志耀は、もう一度出迎えの列を()ながら尋ねた。

「ところで、その潘誕殿は何処(どこ)()られるのでしょう? あれほどの功績(こうせき)を挙げたのですから、それなりの処遇(しょぐう)は受けているのでしょうね?」

志耀の問いに、華真が今度は頭を下げた。

「それが...。軍は()めてしまったのですよ。『志耀様の世が(おとず)れたなら、もう(いくさ)は無い。俺は元々争い事は(きら)いだった。これからは妻子(さいし)(そば)にずっと居たい』、そう言っていました。」

華真の答えに、志耀は首を(ひね)った。

「軍を()めて、どうしているのです?」

「成都の(はず)れの街道脇(かいどうわき)に、料理屋を開きました。今は料理屋の主人ですよ。華鳥はそこの女将(おかみ)です。潘誕の料理の腕前は、(みかど)もご存知の通りです。開店以来、蜀軍の者達を始めとした多くの客が押し掛け、連日の満員盛況(まんいんせいきょう)だそうです。我等(われら)が行こうとしても、中々店には入れないのです。早く行かねばならぬとは思っているのですが....」


それを聞いた志耀の顔が再び(かがや)いた。

「ほう...。それは、私も是非(ぜひ)行きたい。潘誕殿の絶品料理は、まだ一度しか味わっていない。その際には一緒(いっしょ)に連れて行って下さい。」

そう言う志耀に対して、横から呂蒙が(きび)しい声を発した。

「何を(おっしゃ)るのです。王宮に入ったからには、勝手気儘(かってきまま)に出歩くなど、許される筈も有りませぬぞ。」

呂蒙の叱責(しっせき)に、志耀は肩を(すく)めた。

「やはり呂蒙爺はそう言うのだな。()れは...(すき)を見つけて王宮からこっそり抜け出すしかあるまいな。」



その日、開店の準備に(せわ)しく動き(まわ)る潘誕と華鳥の店に、突然の客が現れた。

「どうなんだ。新店(しんてん)の様子は……。」

そう言って店に中を(のぞ)き込んだ客は、(あき)れたような声を挙げた。

「なんだ、なんだよ。こう言うのを閑古鳥(かんこどり)が鳴くって言うんだぜ。】

客の大声に、厨房(ちゅうぼう)から華鳥が顔を出した。

華鳥は、その客を見て唖然(あぜん)とした。


「お父様 !なんで此処(ここ)に?」

店に現れたのは、華鳥の父の華翔(かしょう)だった。

華翔は、極彩色(ごくさいしき)羽織(はおり)(すそ)を払うと、店の中の卓の一つにどかりと腰を下ろした。

随分(ずいぶん)(ひま)をこいてるじゃねぇか。大丈夫なのか、この店…。」

父の遠慮(えんりょ)のない言動を聞いた華鳥は、両手を(こし)に当てた。

「失礼な言草(いいぐさ)ですね。開店は夕刻からですよ。昼過(ひるす)ぎの今はお客様がいなくても当然(とうぜん)ではないですか。突然(とつぜん)に何をしに来られたのですか?」


「そんな言い方はねぇだろう。せっかく開店祝いに来てやった父親に向かって、可愛(かわい)い娘のお前からそんな言葉を()びせられるなんて……。俺は悲しい…。(せつ)ないぜぇ。」

そう言って嘘泣(うそな)きをする華翔を見て、華鳥は笑い出した。

その(さわ)ぎを聞きつけた潘誕が、厨房(ちゅうぼう)から姿を(あらわ)した。

潘誕は、華翔の姿を見た途端(とたん)に全身を硬直(こうちょく)させた。

「お、御義父上(おちちうえさま)。こ、これはようこそお越し下さいました。」


「おぅ。亭主(ていしゅ)のほうは、お義父(やじ)を迎える作法がちゃんとしてるじゃねぇか。早速(さっそく)だが、何か美味(うま)いもんを喰わしてくれ。夕刻になれば、開店早々から客が押し寄せるのは分かってるんだ。だからこの昼間に来てやったんだぜ。ほら、早く何か喰わせろ。」

華翔の催促(さいそく)を聞いて、潘誕は(あわ)てて厨房(ちゅうぼう)に戻って行った。

「お父様が、急に姿をお見せになるなんて…。何かあったのですか? 私達の顔を見に来ただけとは、とても思えませんが…。」


「お(めえ)も、(しばら)く見ない間に、可愛(かわい)げが()せちまったなぁ。親父がお前に会いたくて(たま)らないから駆けつけて来たのに、その言草(いいぐさ)はねぇだろうが。」

しかし華鳥は、あっさりと華翔の言葉を切り返した。

(うそ)ですね。どうせまた新しい(あきな)いのついでに立ち寄ったのでしょう?」

「お(めぇ)には(かな)わねぇなぁ。しかし、何だ。まぁ、その通りだな。」


潘誕が最初に持って来た串焼きを頬張(ほおば)りながら、華翔が言った。

「ほぅ、これは美味(うま)いな。だが、俺が()れをもっと美味(うま)くする材料を手に入れてやる。」

それを聞いた潘誕が(ひざ)を乗り出した。

「お(めぇ)胡椒(こしょう)っていう香辛料を知ってるか?」

「いえ、聞いた事も見た事もありません。」


その胡椒(こしょう)というものが何なのか、知りたくて仕方(しかた)のない顔付きの潘誕に向かって、華翔が()らすように笑った。

印度(インド)という国の香辛料だそうだ。其処(そこ)は、以前は天竺(てんじく)とも呼ばれてたな。口に入れるとちょっとぴりっとして、料理に使うととんでもなく味に深みが出る代物(しろもの)らしい。今度手に入れたら送ってやる。世界は広いんだぜ。お(めぇ)の知らない香辛料が、世界のあちこちに山のようにある(はず)だ。娘の亭主の為なら、そういうのもしっかりと探してやるぜ。」

華翔の言葉に感激(かんげき)する潘誕の横で、華鳥が(うたが)わしげな眼で父を見た


「それだけが目的ではないのでしょう? 本当の目的は別にあるのではないですか?」

(まった)くもって、お(めぇ)には(かな)わないな。実は、旧の蜀の地で名産となっている(きぬ)だがな。最近になって遠い西域(さいいき)から、それを求めて異国の商人がやって来るようになっている。これから後、やって来る商人の数はぐんと増えると俺は睨んでる。(はる)西域(さいいき)には、今の暁にも匹敵(ひってき)する大きな国があるらしいんだ。」


華翔からそう言われた華鳥と潘誕は、(はる)か西のその巨大な国とは、どのような国なのかと想像を(めぐ)らせた。

そんな二人の様子を見た華翔が、直ぐに催促(さいそく)をした。

「串焼きだけで終わりなんてのはねぇよなぁ。ほら、さっさと次の料理を持って来い。」

読んで頂き、有難う御座います。

この物語には、続編があります。

【志耀伝】というタイトルです。

正編で活躍した華鳥と潘誕の間に生まれた一人娘の耀春が、次の主役を務めます。そしてもう一人、あの永遠の生命の宿木を受け継いだ炎翔が、その非凡な才能を発揮して物語を盛り上げます。

続編の物語のタイトルに名を冠した暁帝の志耀を始め、前作で活躍した華真、司馬炎、華翔なども出どころ十分。更に新しい登場人物達が物語を彩ります。

人だけでなく、あの白い狼の露摸の息子も登場します。

新しき国である暁を舞台にした物語です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ