表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/48

潘誕の凱旋

魏軍が降伏(こうふく)を申し出た翌日の晩、市場街では祝勝(しゅくしょう)宴会(えんかい)(もよお)された。

兵達だけではなく商人も農民も誰もが、普段(ふだん)(いち)が立つ広場に集まり、()めや(うた)えの大宴会(だいえんかい)となった。

市場街だけあって、普段(ふだん)滅多(めった)に目にできないような各地の銘酒(めいしゅ)の数々が、()()もなく皆の前に供出(きょうしゅつ)された。

各地の珍味(ちんみ)も多く(たく)に並んだが、一番注目を集めたのは、潘誕が作った料理の数々だった。


この宴会(えんかい)の為に、潘誕は朝早くから調理場に(こも)って、料理の腕をふるった。

魏軍の兵達を降伏へと追い込んだ肉汁(にくじる)(あふ)れる饅頭(まんとう)、簡単に(はし)(ほぐ)れるほどにとろとろに煮込(にこ)まれた豚足(とんそく)、特製の香辛料を(まぶ)して焼き上げた串焼きなどが大皿に盛られて、集まった者達がそれに(むら)がった。

中でも飴色(あめいろ)(かがや)く豚の丸焼(まるや)きの前には、()()けを待つ人々の長い列が並んだ。


列に並んだ鐘風が、料理が盛られた皿を二つ手にして、司馬炎の(そば)に戻ってきた。

皿を受け取った司馬炎は、早速(さっそく)それに(はし)をつけるなり思わず(うな)った。

「単に豚を(あぶ)っただけではないのだな。表面には、様々な香辛料が(まぶ)されている。そして、何よりもこれだな。豚の腹に香辛料と共に米を詰めたのか…。香辛料と豚の(あぶら)絶妙(ぜつみょう)な組み合わせだな、この炒飯(チャーハン)は….」

司馬炎の隣で鐘風も(うなづ)いたが、何も言わずに黙黙(もくもく)(はし)を動かしている。


「我が家の料理番に欲しいな。腕も立つし、側近(そっきん)としても重宝(ちょうほう)するな。」

すると鐘風が、期待する眼を司馬炎へと向けた。

その視線に気づいた司馬炎は、(あわ)てて手を振った。

冗談(じょうだん)だ。潘誕殿のような人材、姜維殿も華真殿も手放(てばな)(はず)がない。鐘風、(あきら)めろ。」

そう言われた鐘風は手元の皿にもう一度眼を()ると、(うら)めしそうに司馬炎の顔を見つめた。


準備した料理を全て出し終えた潘誕は、広場に顔を出して、そこに集まった人々を見渡(みわた)した。

皆が美味(うま)そうに、潘誕の料理に舌鼓(したつづみ)を打っている。

人々の楽しげな顔を見ていると、潘誕の胸中(きょうちゅう)幸福感(こうふくかん)に満たされる。

いつもこんな顔に(かこ)まれていたいもんだ。

そう思いながら、潘誕はふと成都にいる華鳥(かちょう)の顔を思い浮かべた。

華鳥にも食べさせてやりたいなぁ……早く帰って()いたいなぁ……。

そんな事を思いながら、再び歓談(かんだん)する人々を見回した潘誕の眼に、見慣(みな)れない人物の姿が映った。


商人達と歓談(かんだん)()(かこ)んでいるその人物は、およそ商人らしからぬ風体(ふうてい)をしていた。

極彩色(ごくさいしき)羽織(はおり)と、後ろ髪を()派手(はで)髪飾(かみかざ)り。

はて…こんな人物が市場街に居ただろうか? 

まるで旅役者(たびやくしゃ)のようだな。

そう思いながらその人物を見詰(みつ)めていると、その相手が潘誕の方へと顔を向けた。

そして潘誕と視線が合うと、その人物はにっと笑い、潘誕に向かって手招(てまね)きした。

相手の顔に見覚(みおぼ)えがない潘誕は、戸惑(とまど)いながらもその人物が(かこ)む人の()に足を向けた。


潘誕の姿を見て、一座(いちざ)の中にいた一人の男が直ぐに声をかけて来た。

これはよく知る市場街の(おさ)の一人だ。

(おさ)は、(くだん)派手(はで)風体(ふうてい)の人物の隣に潘誕を(まね)いた。

そして直ぐに紹介(しょうかい)の言葉を発した。

「こちらの方は、あの大店(おおだな)飛仙(ひせん)御当主(ごとうしゅ)です。一昨日(いっさくじつ)からこの近くに立ち寄られており、本日は市場街で宴会(えんかい)がある事を耳にしてやって来られたのです。」

(おさ)の言葉に、潘誕は仰天(ぎょうてん)した。

飛仙(ひせん)御当主(ごとうしゅ)!! …..と言うことは、お、御義父様(おちちうえさま)…….」


二週間後、潘誕が成都へと戻って来た。

姜維達への報告を済ませた潘誕が落ち着かない様子で立つのを見て、王平(おうへい)が笑い声を挙げた。

「華鳥殿が恋しいのであろう? 良いぞ。早く家に帰り、久々に恋女房(こいにょうぼう)と顔を合わせると良かろう。」

王平の言葉を聞いた潘誕は、拝礼(はいれい)もそこそこに直ぐに部屋を飛び出した。

王宮から一目散(いちもくさん)に馬を走らせた潘誕は、家に辿(たど)り着くと(ころ)がるように中へと飛び込んだ。

家の中では、華鳥が満面の笑みで潘誕を(むか)えた。

「本当に御苦労様(ごくろうさま)でした。大変な御活躍(ごかつやく)だったそうですね。」

潘誕は、華鳥の手を取って(ふところ)へと()()せると、その体温を感じながら、(しばら)く身動きを止めた。


そして(ようや)く華鳥の身体から身を離した潘誕は、早口(はやくち)(まく)()て始めた。

「実はな。お前の御父上(おちちうえ)に、御目(おめ)にかかったのだ。市場街でな…。魏の兵達が市場街を攻める事を耳にされて、様子を見に来られたと(おっしゃ)って…..」

それを聞いた華鳥が眼を(みは)った。

「まぁ、お父様が….。それで、どうでしたか?その….、変な人だったでしょう?」

返答の言葉を考えるように視線を彷徨(さまよ)わせてから、潘誕はごしごしと(ひげ)(こす)った。

「まぁ….想像していたのとは、まるで違ったな。まず姿形(すがたかたち)がどう見ても大店(おおだな)当主(とうしゅ)らしくなかった。派手(はで)な色合いの羽織(はおり)髪飾(かみかざ)り。最初は旅役者(たびやくしゃ)見間違(みまちが)えた……。」

潘誕の言葉に、華鳥は(うなづ)いた。


「それと、べらんめぇ口調で話をされるのには面喰(めんくら)らった。国でも指折りの蔵書(ぞうしょ)の数々を自分の眼で見ていたから、学者然(がくしゃぜん)とした(おだ)やかな方であろうと思い込んでいた。」

華鳥がくすりと笑いを漏らした。

「それならば、実際の父を()()たりにして、さぞ驚かれたでしょうね。」


「あぁ、でもお話を(うかが)って、御父上(おちちうえ)豪胆(ごうたん)さには度肝(どぎも)を抜かれた。実はな。市場街の防衛(ぼうえい)に必要な木材(もくざい)の切り出しに、(えら)難儀(なんぎ)をしていたんだ。ところがある日突然、大量の木材が市場街に運ばれて来たんだ。木材を運んで来た者達の人数は、二百を越えていた。その連中(れんちゅう)は、木材を運び入れると、次は何をしたら良いかと俺に尋ねて来た。木材の組み立てに人手(ひとで)が欲しかった俺は、それこそ歓喜(かんき)した。実は、(すべ)てが御義父(おちちうえ)手配(てはい)によるものだった。市場街の様子を、中にいた商人達から聞いて、直ぐに決断(けつだん)をされたと言う。これにはたまげた。」


しかし華鳥は、そんな潘誕の話にも驚いた素振(そぶ)りは(まった)く無かった。

「お父様らしいですね。何時(いつ)即断即決(そくだんそっけつ)の人でしたから。でも一仕事(ひとしごと)は終えた(あと)なのに、どうして市場街に姿をみせたのかしら。いつもだったら、直ぐに別の所に飛んでいってしまうのに….」

「それがな…..。俺の料理が目的で来たと、そう(おっしゃ)った。何でも、今回の仕事の見返(みかえ)りに華鳥の亭主(ていしゅ)となった俺の料理を食べさせろと、華真(かしん)様にねじ込んだらしい。」


すると華鳥が不思議そうな顔になった。

貴方(あなた)料理上手(りょうりじょうず)な事を、なぜお父様は知っているのかしら?…」

「お前のお祖父様(じいさま)とお母上(ははうえ)から聞いたと(おっしゃ)っていた。お前と共に飛仙に最初に行った時、猪料理(いのししりょうり)を作っただろう。その時の話を聞かされたと…。自分一人だけがそれを口に出来なかったと、たいそうご立腹(りっぷく)であった。」

それを聞いて、華鳥が笑い出した。

「それも、お父様らしいですね。そういう時には、直ぐに()ねるのです。」


すると潘誕は、こほんと一つ咳払(せきばら)いをした。

「それとだな…..。御義父(おちちうえ)はこうも言われた。華真と華鳥に(まか)せているだけでは、いつになったら俺の料理を口に出来るか分からぬ。だから市場街で宴会(えんかい)が行われると聞いて、足を運んだのだと….」

それを聞いた華鳥が眼を丸くした。

「まぁ…。兄も私もずいぶんと信用がないのですね。それで….私が貴方と一緒(いっしょ)になった事については、何か言っていましたか?」


すると潘誕は、表情を(あらた)めて、華鳥の前に(すわ)り直した。

「何があっても、お前を守り抜け…..。そう言われた。自分の子供達が自ら求めた道を(きわ)める為には、多くの試練(しれん)克服(こくふく)しなければならない。それには危険(きけん)も降り掛かる。それらの危険(きけん)から華真様と華鳥を守り抜け….。そうお言葉を(たまわ)った。」

それを聞いた華鳥はふと涙ぐみ、その後改めて潘誕の顔を見つめた。


「実は、私からもお話すべき事があるのです。」

華鳥の言葉に、潘誕が顔を挙げた。

「何です?(あらた)まって…..」

すると華鳥は、何か思い当たった様子で潘誕に尋ねた。


「そう言えば...今回の働きに対しての褒美(ほうび)は頂いて来たのですか?」

それを聞いた潘誕は、思わず天を(あお)いだ。

褒美(ほうび)?....。しまった…..すっかり忘れていた。」

それを見た華鳥は、声を挙げて笑った。

貴方様(あなたさま)らしいですね。それでは...私が御褒美(ごほうび)を差し上げましょう。お待ちしていたのは私一人ではありませんよ。」

そう言って華鳥は、自分の下腹(したはら)をそっと()でた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ