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志耀の決意

志耀しようは、陸遜りくそん呂蒙りょもうと共に、建業へと向かう旅支度たびじたくととのえていた。

「さて、華鳥かちょう姉様あねさま大見得おおみえを切ってしまった以上は、何が何でも呉をまとめねばならんな。....とは言っても、私一人ではどうにもならぬ。此処ここは陸遜と呂蒙爺が頼りだ。」

そう言った志耀は、陸遜と呂蒙の顔をを改めて見据みすえた。

「急がねばなりませぬな。今の呉王宮は、のこされた孫家の者同志がいさかいの真っ最中です。しかもあの孫休帝そんきゅうていの逃亡以降、王宮の求心力きゅうしんりょくは地にちております。」

陸遜の言葉に、志耀はうなづいた。



志耀(しよう)は、陸遜(りくそん)呂蒙(りょもう)と共に、建業へと向かう旅支度(たびじたく)(ととの)えていた。

「さて、華鳥(かちょう)姉様(あねさま)大見得(おおみえ)を切ってしまった以上は、何が何でも呉を(まと)めねばならんな。....とは言っても、私一人ではどうにもならぬ。此処(ここ)は陸遜と呂蒙爺が頼りだ。」

そう言った志耀は、陸遜と呂蒙の顔をを改めて見据(みす)えた。

「急がねばなりませぬな。今の呉王宮は、(のこ)された孫家の者同志が(いさか)いの真っ最中です。しかもあの孫休帝(そんきゅうてい)の逃亡以降、王宮の求心力(きゅうしんりょく)は地に()ちております。」

陸遜の言葉に、志耀は(うなづ)いた。


「その通りだ。蜀でも劉禅帝(りゅうぜんてい)が魏へと逃亡したが、その後の混乱を、宰相の姜維(きょうい)殿と華真(かしん)兄様(あにさま)が見事に収拾(しゅうしゅう)して、国の立て直しを(はか)っている。しかし呉には、あの二人のような智謀(ちぼう)()が居ない。孫権帝(そんけんてい)が私と母上の為に、陸遜と呂蒙爺を手放してしまったからな。」

その言葉に、呂蒙が首を横に振った。

我等(われら)にも、華真殿の持つ神のごとき智謀(ちぼう)は有りませぬ。華真殿には、あの諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)宿(やど)っているのですから..。」


「今更ながらだが…。孔明という人物....呂蒙爺がそれ程までに言う大器(たいき)という事なのだな。」

志耀の(つぶや)きに、陸遜が昔を回顧(かいこ)する口調で話し始めた。

(かつ)ての赤壁(せきへき)(たたか)いの(おり)に、諸葛亮孔明は、蜀より呉の地に派遣(はけん)されておりました。その時の私は呉軍では()()しの将校、呂蒙殿は水軍の将の一人でした。呉にやって来た孔明に向ける呉の眼差(まなざ)しは、冷ややかなものでした。『たった一人でやって来たとて、何が出来ると言うのだ。蜀は、我等(われら)が魏に蹂躙(じゅうりん)されるのを見物するだけの積りなのだ』と...」


すると呂蒙が、陸遜に続いて言葉を(つな)げた。

「陸遜殿の言う通りです。しかし孔明は、周瑜(しゅうゆ)宰相と智慧(ちえ)を合わせて、赤壁(せきへき)の地で魏軍を壊滅(かいめつ)させました。その時孔明が、『火攻(ひぜ)めに格好(かっこう)の東風を呼び寄せてご(らん)に入れる』と言って、長江の横に(しつら)えた祭壇(さいだん)の前にに座った時は、皆がこの男は詐欺師(さぎし)だと思いました。」

それを聞いた志耀が、目の前の二人に確認するように言った。

「ところが、実際に長江を吹く風は、一夜にして西風から東風に変わった....。そして作戦は(こう)(そう)し、魏の水軍は壊滅(かいめつ)したのだったな。」


それに二人が(うなづ)き、呂蒙が言った。

「あの時は、我等(われら)全てが驚愕(きょうがく)し、孔明とは鬼神(きしん)魔物(まもの)に違いないと戦慄(せんりつ)しました。今思えば、孔明は天文に通じており、その知識を持って風の変化を予知したのですが、その当時、そのような知識は我等(われら)の誰もが持ってはおりませんでした。」

その時の孔明の智謀(ちぼう)を思いながら、志耀はしみじみと言った。

卓越(たくえつ)した知識と、それを使った演出(えんしゅつ)に、呉の皆が(けむ)()かれたという事だな。しかもその(のち)、孔明の命を狙って派遣(はけん)された呉の軍勢をいとも簡単に振り切って、孔明は蜀に帰還(きかん)したと聞いている。しかし結果として、孔明のお陰で呉は魏の脅威(きょうい)()(かえ)した。孔明は呉の恩人(おんじん)だ。」


「その通りです。その孔明が、今度は華真殿に姿を変え、再び我等(われら)に力を貸そうとしてくれています。実は、華鳥殿が、姜維殿と華真殿から(たく)され、我等(われら)の元に届けてくれたのは、蜀の玉璽(ぎょくじ)だけではありませぬ。」

呂蒙の言葉に、志耀の(まゆ)がぴくりと動いた

「ほう...。他にも何か...?」

呂蒙は、大きな風呂敷(ふろしき)包みを取り出して来ると、その中身を志耀と陸遜の目の前に広げた。

それを見た二人の顔に驚愕(きょうがく)が浮かんだ。


()れは...紙ではないか...。蜀では、既にこのような物まで使い(こな)しているのか。しかも此処(ここ)()かれているのは....」

広げられた大きな紙に()かれた図面を(なが)めた志耀は、大きく眼を見開いた。

「これは、軍船の設計図だな。しかも(ただ)の船ではない。船の表面の(すべ)てに鉄板が貼られている...。此れは鉄甲船(てっこうせん)ではないか?...」

(かたわら)で図面を(のぞ)き込んだ陸遜の表情にも、驚嘆(きょうたん)の色が見える。

左様(さよう)ですな。これは…….単に強靭(きょうじん)なだけでなく、火攻(ひぜ)めを()(かえ)す為の工夫(くふう)がされていますな。このような船、初めて見る...。」


やがて志耀は立ち上がり、宣言するように言った。

玉璽(ぎょくじ)だけでなく、このような物まで我等(われら)に贈ってくれるとは。益益(ますます)手ぶらで蜀に出掛ける事など出来ぬな。前にも言った通り、与えられた(たま)輿(こし)只乗(ただの)りするだけでは、(おとこ)とは言えまい。()れは華真の兄様から私に向けられ問いだ。()れらを使って、自分の(あし)で立って見せよ...。そして(みずか)らの資質を見せてみせよという....。私は、その問いに答えねばならぬ。」

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