飛仙の蔵
蜀への帰途に向かう前に、華鳥と潘誕は、再び飛仙の屋敷に立ち寄った。
帰途に必要なものを整えた後、華鳥は成都に向けて連絡の早足を手配した。
支度を終えた華鳥は、潘誕の姿を探した。
「何処に行ったのかしら….。まさかまた狩に行ったなんて事はないわよね….」
そう呟きながら、ふと料理場に立ち寄った華鳥の耳に、女中と話す潘誕の声が聴こえた。
「こんな所で、何をしているのですか?」
華鳥から問いかけられた潘誕は、悪戯を見つけられた子供のように、大きな体を竦めた。
「申し訳ありません。もう出立の時間ですか….?」
「未だ慌てる必要はありませんが…..。料理場で何か探し物ですか?」
すると潘誕は、決まりが悪そうにがしがしと髭を掻いた。
「調味料の材料を探していたのです。実は手持ちの調味料を全て使い切ってしまって….。このままだと、帰りの旅で、華鳥様にお出しする料理が作れないので….」
それを聞いた華鳥は、大きく眼を見開いた。
「それは、大変ではありませんか!! 帰りの旅路で、貴方の料理が食べられないなんて…..。それで材料は此処にあったのですか?」
すると側にいた女中が、華鳥を見上げた。
「潘誕様がお求めになっているものは、この台所にはありません。いずれも此処では使ったことのないものばかりで…..。」
それを聞いた華鳥は、思わず天を仰いだ。
「どうしましょう…..。困ったわ….。」
そこに、華鳥の母親が顔を覗かせた。
「どうしたのです?貴女のそのように狼狽える姿は珍しいですね。」
華鳥の母親は、女中から事情を聞くと、直ぐに番頭の老人を呼び出して何やら指示を与えた。
潘誕は華鳥と共に、番頭の老人に案内されて、飛仙の店から少し離れた場所にある大きな蔵屋敷を訪れた。
番頭は、蔵の扉に付けられた大きな錠前を外すと、扉を開けて潘誕を中に誘った。
「潘誕様がお探しなのは、いずれも乾物と薬草の類ですから、こちらの蔵で見つかるのではありますまいか。飛仙が各地から集めた物産が、多く収められております。西域より取り寄せた珍しい物も多くあります。お好きなものをお選びください。」
蔵の中をあれこれ物色する潘誕の表情に、次第に興奮の色が強まっていった。
棚に整然と並べられた乾物を一つ一つ手に取っては、匂いを嗅いだり、一部をちぎって口に入れたりしながら、潘誕は時に小躍りするように足を踏み鳴らした。
そんな潘誕の姿を背後から見つめる華鳥が、くっと笑いを噛み殺した。
まるで好きな玩具を探す子供みたい……。
やがて傍の籠が一杯になった時、潘誕は棚の一番奥に、見慣れない植物を見つけた。
干からびた赤い実で、ちょっと齧ると、刺すような辛味を覚えた。
「これは、初めて見ますが、何なのでしょうか?」
番頭の老人は、その赤い実を一瞥すると、直ぐに答えた。
「それは、遠い西域から渡来したもので、トウガラシという名前だそうです。香辛料として色々使えそうなのですが、何分にも入手した量が少ないので、、棚に眠ったままになっています。興味がお有りなら、お持ちになって頂いて構いませんよ。」
籠一杯の乾物と薬草を手にして、飛仙に戻って来た潘誕は、ほくほく顔を隠さない。
その横で、華鳥も嬉しそうに声を弾ませた。
「これで、また美味しいものが頂けるのですね。」
そんな二人の姿を見た母親は、思わず笑みを漏らした。
「楽しそうなこと。これからまた危険な旅路に向かう人達には、とても見えませんね。」




