第三章 詩穂、警察学校で一日教官する
数日後、警察学校とも打ち合わせをして一日教官をした。
私はレオタードが見えないようにコートを上から着て、格闘技の道場に貞一と校長先生と向かった。
一日教官の様子確認のため、校長先生も同行していた。
生徒たちは誰だろうとザワザワしていた。
「今日は、一日教官が来ると聞いていたが、あんなかわいい女性が格闘技の教官か?」などと生徒同士で話をしていた。
貞一が、「みんな、静かに。彼女は一日教官として来ていただいた杉山詩穂さんです。都合により自己紹介はあとにします。本日は、暴漢に襲われている女性を助ける訓練をします。最初に詩穂さんを襲ってください。現実により近くするために、詩穂さんも抵抗して下さい。詩穂さんは格闘技の教官として来て頂いた事からもわかるように強いぞ。」と指示した。
警察学校の生徒の一人が私を襲おうとしたので簡単に倒した。
「お前、何やっているんだ。最初に彼女は強いと説明しただろう。簡単に倒されたら助けられないじゃないか。交代だ。」と別の生徒が襲っても、簡単に詩穂に倒された。
女性の生徒が、「みんな、女性に遠慮してない?私が倒すわ。」と立候補したが、やはり簡単に倒された。
結局生徒は誰も敵わなかった。
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「それでは、本日の本当の授業内容を説明します。人は見かけによらない。美人に鼻の下を伸ばすから簡単に倒されるんだ。これが強盗事件の実践だったら、お前ら全員死んでいるぞ。見かけに騙されるな。ちなみに、彼女は私の格闘技のお師匠さんで、今でも彼女には敵わない。」と生徒たちに説教した。
一人の生徒が、「教官のお師匠さんは女性だったのですか?彼女はいったい何者なのですか?」と私の正体を知りたそうでした。
教官は私を見て、「詩穂さん、警察官には守秘義務があります。正体を教えてもいいですか?」と確認した。
「ええ、いいわよ。」と百聞は一見にしかずと判断して、ポケットから覆面を出して、コートを脱いでレッドデビルの姿になった。
「生徒たちは、えっ!?レッドデビル?」と驚いていた。
「教官、それだったら最初に言ってくださいよ。」と不満そうでした。
「お前は何を考えているのだ?現実により近くすると説明しただろう。強盗事件の犯人が警察官と争うときに自己紹介すると思うのか?」と生徒たちを睨んだ。
校長先生は、「確かにそうだな。」と笑っていた。
「犯人の様子から判断すると思うが、美人でスマートだったら乱暴じゃないとか強くないと判断すれば命取りになるぞ。今日はそれを教えたかったんだ。これで自己紹介をあとにした理由が理解できたか?最初に言ってほしかったとぼやいていたが、それだったら、今日は折角最強レスラーに来て頂いたので、彼女に挑戦したい人は遠慮なく挑戦して下さい。」と生徒たちに確認した。
一対一だと相手にならないので、「警察官は単独行動しないのでしょう?だれかとペアーを組んでいるのでしょう?誰かとペアーを組んで、二人で私を抑えられるかしら?」と条件を出した。
貞一は、「それだったら、元プロレスラーが強盗事件を起こして、そこへ駆けつけた二人の警察官との設定にします。二人で逮捕できるか?」と指示した。
「教官が現実により近くすると説明していたから、二人とも警棒を使って私を逮捕できるかしら?私は何も持ってないわよ。」と挑戦した。
「詩穂さん、そんな事をして大丈夫ですか?」とその設定にはさすがに心配していた。
「ええ、大丈夫よ。」と余裕でした。
その後、何人かレッドデビルに挑戦したが、手も足も出なかった。
最後に貞一は、「かわいい女性でも、一皮むけば狂暴な女性であるかもしれない。美人でかわいい彼女が狂暴なレッドデビルである事からもわかるだろう。今回は、それを身をもって体験しただろう。外観に騙されるな。二人でペアーを組んでいるから大丈夫だと油断すれば、命取りになるぞ。彼女が刃物を所持していれば、全員死んでいるぞ。美人だけじゃない。おばさんだったら、体力も衰えていると油断しても同じ事だぞ。レッドデビルの母親はピンクデビルで、レッドデビルより強いぞ。本日、コンビニで若い女性が刃物を持って人を刺す事件が発生したが、対応した警察官をよく見ろ。若い女性相手でも、馬乗りになっていただろう。若い美人女性だからと決して油断してないだろう。」と説明していた。
生徒が、「なぜ馬乗りなのですか?後ろ手に拘束するなど、色々と方法はあると思いますが・・・」と不思議そうでした。
教官は、「それは対応した警察官に確認しないとわかりませんが、恐らく、女性の体にむやみに触れると、セクハラだとかHなどと色々と問題が発生する可能性があるからではないでしょうか。」と想像していた。
「なるほど、抵抗が激しければ、胸や腰やお尻に触ってしまう可能性がありますね。」
「抵抗されたのではないでしょうか。本日の授業は、これで終わる。」とあいさつして終了した。
授業終了後、生徒たちは、「しかし、あの狂暴なレッドデビルがあんな美人だったとは驚いたよ。美しいバラにはトゲがあるとはよく言ったものだな。」などと雑談していた。
私は校長先生と校長室に立ち寄り雑談して帰った。
「しかし、君の格闘技のお師匠さんが女性だったとは驚いたよ。なぜ女性なのですか?」
「私たちは高校時代、同級生でした。今日の授業内容じゃないですが、不良仲間と男子生徒あこがれのマドンナを襲うと全員ボコボコにやられました。まさかお淑やかな彼女が狂暴なレッドデビルだったとは夢にも思いませんでした。それから毎日しごかれました。」と苦笑いしていた。
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一週間後、警察学校の校長先生から赤黒レスリングジムに着信があった。
千代子が電話を取った。
「お電話ありがとうございます。赤黒レスリングジム、事務の伊吹がお伺いします。」
「先日、レッドデビルさんに格闘技の一日教官をお願いした警察学校校長の今西です。レッドデビルさんをお願いします。」
警察学校から電話だと千代子から聞いて電話にでた。
「もしもし、レッドデビルです。」
「警察学校校長の今西です。先日は無理なお願いを聞いて頂いてありがとうございました。そこで相談ですが、生徒の有志数人が週末に赤黒レスリングジムでプロレスラーに挑戦したいと希望しています。挑戦を受けて頂けませんか?」と依頼した。
「一部の有志だけですか?選択科目か何かですか?」と正式な授業なのか確認した。
「いいえ、違います。週末は体を休めたい生徒もいて強制はできません。数名の有志から依頼されました。」とあくまでもプライベートだと説明した。
「わかりました。責任者と相談させて下さい。後日連絡させて頂きます。」と即答を避けて電話を切った。
今は母が責任者なので母に相談した。
母は、事務の伊吹千代子や、実際の指導は他のレスラーもする可能性があるので、ブラックデビルやデビル姉妹を集めて会議した。
いろいろと話し合い、最終的に母の、「警察官は柔道などの格闘技の他に、逮捕術という警察官独特の格闘技を使います。警察官出身のプロレスラーが逮捕術を使っても不思議ではないわ。どんなレスラーに遭遇しても対応可能なように引き受けましょう。」との意見に全員納得した。
引き受けるにあたって、私は先日の授業内容を説明した。
母は、「自慢じゃないけれども、うちのレスラーは全員美人だから、顔出しと二人一組を条件に引き受けましょう。千代子さん、授業料の交渉をお願いします。あくまでも正式な授業科目ではなく有志だけです。個人的に支払える金額は多くは望めないわ。警察学校の支援を引き出せるかどうかは、千代子さんの腕の見せ所よ。」と決まってしまった。
千代子は警察学校の校長先生にアポをとり訪問した。
名刺交換後、自己紹介から始まって、先日の授業内容の説明を聞いて、今後どのような事を希望されているのか話を聞いた。
格闘技の挑戦を受けるのであれば、指導なども含めると説明して、警察学校の支援を引き出そうとして交渉していた。
授業料や曜日や時間などもまとまり、正式に決まった。
土曜日の午後と決まった。
千代子ががんばり、警察学校の支援も決まり結構な金額になった。
警察学校は生徒に説明し、参加希望者は警棒持参の上、二人一組で参加するように説明した。
ブラックデビルが、「私はプロレスから入ったけれども、詩穂はケンカからプロレスに入ったのでしょう?ケンカの講義でもする気?」と笑っていた。
私は、「うるさいな、犯罪者は刃物をもって襲ってくるのよ。プロレスのわざがどうだとか言っている場合じゃないでしょう。相手を倒せばいいのよ。でも聞いたところによると、誰かさんもケンカから入って警察沙汰になったと聞いたわよ。」と反論した。
最初の授業で、二人で同時に私を襲ったが、二人とも簡単に倒してしまった。
その後、ブラックデビルが撮影していた動画を見ながら解説した。
「この時、詩穂の足払いをなぜ簡単に避けられなかったの?」と確認した。
「いえ、急だったので避けられませんでした。」とその時の事を思い出していた。
「そんな事を言っていると、また教官に怒られるわよ。詩穂から聞いたわよ。犯人は自己紹介しないってね。これも同じよ。犯人は今から足払いをしますと予告しないでしょう?犯人をよく観察しないと命取りになるわよ。詩穂の目を見て。別の一人と争いながらも、あなたをチラチラとみているでしょう?あなたが飛び掛かろうとした時に、詩穂の重心が左になっている事が、ここでわからなかったの?左に重心があるという事は、右足を浮かせる事が可能なのよ。この段階で、詩穂が右足で攻撃してくると見抜けなかったの?相手の目配りと体制をよく見れば、足で攻撃してくる事は予想できたはずよ。突然だとか急だなんて言葉を使っていれば、そのうちに死ぬわよ。」と説明した。
その後、警察学校では、プロレスジムで修行していた生徒の格闘技の成績が急にあがった。
教官は、「プロレスラーに鍛えたもらった成果か?」と確認した。
「いえ、鍛えてもらったというより、座学が大変役立ちました。動画撮影された映像を見ながら、私がなぜ詩穂さんに倒されたのか、レッドデビルより強いブラックデビルに解説して頂きました。このままだと、レッドデビルと互角に戦えそうです。」と喜んでいた。
「あれはあくまでも指導だから、あとで解説しやすいようにわかりやすく争ったそうだ。重心の事をブラックデビルから聞いたと思うが、わかりやすくというのは、重心を移してから足払いしたそうだ。あれで気付かないとは、よほど鈍感ねと呆れていたぞ。普通は同時にするから簡単にわからないそうだ。瞬時に体が反応する必要があり、これには修行が必要だそうだ。君の成績があがったのは、警察学校の生徒相手だから戦法がわかっただけだ。それも座学で教えてもらってな。実践では自信過剰になるな。ケガするぞ。実践でも、お前たちの戦法が相手に簡単に見破られるということだ。格闘技の達人相手では、君たちの格闘技は役に立たない。希望者には、赤黒レスリングジムのプロレスラーが指導を続行してくれるそうだ。」と忠告した。
私はしばらく指導すれば、警察学校の生徒もこなくなるだろうと考えていた。
そんなある日、千代子が、「詩穂さん、あなたのお母さんが警察学校ととんでもない話をしていたわよ。」と知らせた。
「とんでもない事って、何?」と確認した。
「ここに通っていた警察学校の生徒の格闘技の成績が急にあがり、生徒たちは座学が大変役に立った。と報告したらしく、毎年警察学校の生徒を受け入れて、将来的には正式な科目にするように説得していたわよ。その準備段階として選択科目にすれば、生徒たちは休みを潰してレスリングジムにくる必要がなくなり、生徒の負担も減ると説得していたわよ。」と話の内容を説明した。
「いまさら焦っても仕方ないよ。恐らく母は、定期的な収入があれば経営も安定すると考えているのだと思うわよ。」と母の事を考えていた。
次回投稿予定日は、7月22日を予定しています。