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9月3日

 朝が来る。また一日が始まった。いつも通り高校に行く。中身もろくに確認せずにリュックを掴んで家を飛び出した。四十八分に来る電車に乗るつもりだが、遅れそうだと腕時計を見て焦った。マンションのエレベーター内で鍵を掛けてないかもしれないという不安にも襲われる。大丈夫だろう。施錠していないときは、したかどうかなんて考えられないほど慌てているはずだ。早歩きで駅に向かった。人混みの中、定期を手に入構する。階段を経由して一番ホームにたどり着く。電車の来る一分前だった。電車は平常運行だ。僕のルーティンも平常通り反復されている。どこかで安堵する自分を確認して、ルーティンの効果に感心した。

 電車に乗ると張り詰めた空気に押し潰されそうになった。今日初めてしんどいと思う。今日は夏休みが明けた始業式の日だった。約一カ月積み重ねた怠惰のしっぺ返しを食らっている。夏休み明けの寂寥感が何とかならないかと思わない年はなかった。新幹線や飛行機なんかを使って遠出した旅行の帰り道に近い気分がする。言葉にできない寂しさがあるという点で似た感じだ。そういう憂鬱もこの空気中では容易くかき消される。隣の老けたサラリーマンに肩がぶつかる度に睨まれていたらどうでも良くなってくる。社会では感情に引き摺られていたら置いていかれると思えてくるのだ。世間一般の皆が同じなのか知らないが、この寂しさは誰しも持ち得る感情だと片付けようと思った。

 スマホを体の前面に抱えたリュックから取り出す。目的がある訳じゃないけど、することがないときはとりあえず手に取る。本当にしたいことがないので一番時間潰しになりそうなネットニュースを開いた。幾多の記事が整列される中、僕は適当なものをチョイスしていく。他県での電車の計画運休とか、正確な位置がぱっと浮かばない国での災害とか、およそ僕には馴染まないものを読んだ。面白いとも後学になるとも思えず閉じようとしたとき、自殺のニュースに手が止められた。長期休み明けには学生が自ら命を絶つということがよくあると聞く。これもどこかで高校生が飛び降りたというニュースだった。これを見てわからなくもない、と感じる自分がいる。まさか僕も同じ選択肢を取らないだろうけど、今の気分はどうしても除去できなそうだ。まあ今のところ死ぬほど悲観論者でもない。

 勝手に感傷に浸っていた。それがかなりの悪手だったと思う。僕は高校の最寄り駅に着いていたのに車内で突っ立っていた。まずい、と焦りが沸き上がる前に足が動いていた。

 結果を言えば間に合った。ドアの向こう側から乗り込んで来た人々に逆らってホームへ飛び出した。息をふっと吐いて、まだどくどく鳴る胸を右手で押さえる。邪魔にならないようホームの壁側に移動して。危うく新学期早々一駅多く電車に乗るところだった。とりあえず並の陸上競技者に負けないくらいの瞬発力を称えながら登校しようと歩き出そうとしたとき、制服の左袖をくいと引っ張られた。

 背後にいたのは女子高校生。見たことある制服。見たことある顔。知り合い。同級生。名前は、すぐに出て来ない。

「おはよう。これ」

 その子は躊躇いがちに僕を見上げた。手にはスマホが握られている。これは僕のものだ。驚愕で固まっていると、その子は不安を顔で表現した。

「君の、で合ってるよね?」

 僕は頷いて受け取る。

「……ありがとう」

 僕が状況を飲み込めていないのを悟ってだろう。その子は笑顔を作って言った。視線は合わない。

「君が電車で落としてたよ。降りないのかなって思って見てたら慌てて降りて、そのときスマホが手から滑り落ちたから拾ったんだ」

そう言えばスマホをしまったり、降車後に触れたりした記憶がない。落としていたのか。

「ありがとう。助かった」

 僕は感謝のつもりでお辞儀をした。立ち去ろうとしたのだが、その子は呼び止めた。

「待って。同じクラスの常盤ときわくんだよね。一緒に登校しようよ」

 それが帯刀栞たてわき しおりとの会話のきっかけだった。

「帯刀さん? がいいならまあ」

 ちなみにこのとき僕は帯刀の読み方に自信が無い。帯刀は笑顔で了解を示した。

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