×月×日
やはり会えずに帰途につく。帰りは来た道を引き返すだけなので行きより必然的に時間は短くなる。駅前の喧騒でも帯刀を考える。僕はわからない。これから先どうしたらいいか。帯刀はどうして欲しいのか。電車では持っていた『地獄変』を読んだ。やけに描写が鮮やかに思えた。
大方会えないんじゃないかと思っていた。帯刀は会いたいと思っているとは考えがたい。座席で揺られて思うのは帯刀が会いたいと言ったってお姉さんはそれを許すはずないということだ。帯刀は精神が不安定だと言っていた。ご家族はきっと余計な刺激を与えたくはない。気を悪くしないように一度誘ったのかもしれないがお姉さんは断りたかっただろう。
どちらにせよ帯刀とはすぐに対面できる状況ではない。帯刀を治療するには全く任せるほかないのだ。僕が関与する余地は無い。
だがひとつだけ思うことがあった。あの監獄に見えた空虚な外装の病棟、あれは帯刀を本当に救えるのだろうか。帯刀を閉じ込めておいて何ができようか。もちろん傷は治してくれるはずだ。実際、体は持ち堪えているとお姉さんは話していた。しかし、帯刀が抱えた心の傷は同様に取り除けるのか。薬を投与して無理やり精神を矯正したら心の痛みは綺麗さっぱり消え失せるのか。
そうかもしれない。薬で強制的に苦しみも何も忘れ去ってハッピーになれるかもしれない。だが僕はどうしてもそれが正しい解答と思えない。耗弱状態の帯刀を前に科学は無力だと証明したい、とぼんやり感じる。
帯刀は何で傷付いたか? 帯刀を傷付けたのは刃物だ。鋭利な刃物が彼女を切り裂いたんだ。気が付いたら家にいてよくわからないうちに眠ってしまっている。目が覚めても何も考えたくないと思って、また眠ろうとする。