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幸せ世界の一つ星

作者: 紅雨 霽月

 今よりも幼い私の世界は幸せだけで満たされていた。

 優しい両親。姉のように接してくれる従姉。一緒に遊んでくれる友達。

 それから、把握しきれないほどに多くの美味しい食べ物。きらきらと輝く世界!

 不幸なんてお話の中だけのもので、実際には皆幸せなんだと信じて疑わなかった。

 でもそれは、子供じみた幻想でしかなかったのだけれど。





「ゆかねえ!」


 おうちから飛び出ると、いとこのゆかねえが玄関の前で待ってくれていた。中学生になったゆかねえとまだ小学生のわたしは同じ学校に通えない。でも、ゆかねえはこうして毎日一緒に登校してくれる。

 朝日に照らされる世界みたいに、わたしの心は嬉しさできらきらと輝いている。大好きな人といられるのは、それだけでしあわせなことだ。


「おはよう、あかりちゃん。そんなに走ると危ないよ?」


 ぴょんぴょんと跳ねたい気持ちで駆け寄るわたしに向かって、ゆかねえがちょっぴり呆れたように注意してくる。


「だいじょうぶ!」

「転んでも知らないからね……」

「へーきへーき!」


 自信を持って答える。

 それに、もし転んだってへいっちゃらだ!


「もう……。ほら、手繋ご?」

「はーい!」


 ゆかねえがこっちに伸ばしてくれた手をぎゅっと握る。少しひんやりと冷たい。

 夏はそれが気持ちよくって、冬はあっためてあげなくちゃって思う。今日はわたしの温度をわけてあげる。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


 にぎにぎと位置を調整して、しっくり来た所で左手を上げる。

 かけ声は大きな声で元気よく!


「あかりちゃんは今日も元気だね」

「でしょ!」


 大好きな人と笑い合って、温かいもので胸が満たされる。

 今日もまた楽しい一日でありますように!




「〜♪ 〜♪」


 今日の音楽の授業で習った曲を鼻歌で歌いながら放課後の帰り道を歩く。友達と学校で遊んでいたから、周りはすっかりオレンジ色だ。

 夕日の中を歩いているとちょっぴりだけさみしい気持ちになる。でも、それ以上に明日はどんな一日になるのだろうかと楽しみでしかたがない。

 きっと楽しい一日になるに違いない。それが、今日よりももっと楽しいならずっとずっと良い。


「ん?」


 すべり台とブランコ、後はベンチがあるだけの小さな公園。通学路の途中にあるその場所にゆかねえがいた。

 一人でブランコを揺らしている。でも、遊んでいるようには見えない。

 きぃきぃという音はなんだかさみしげだ。

 それは地面を見つめている横顔もおんなじで、わたしの胸にいやなものがわき出てくる。

 もしかしたら、ゆかねえじゃないのかもしれない。

 そう思って観察するけど、どこからどう見てもゆかねえだ。毎日会ってるんだから見間違えるわけがない。

 じゃあ、なんであんなにさみしそうにしてるんだろうか。ブランコに乗れば、絶対に楽しくなれるのに。


「ゆかねえ!」


 とててててっとゆかねえの方を目指す。考えててもわかんない。だったら、突撃あるのみだ!


「……あ。あかりちゃん、今帰り?」


 地面の方を見ていたゆかねえが顔を上げてわたしを見る。

 その顔に浮かんでいるのは、いつも通りに見えるやわらかな笑み。 

 わたしの大好きな顔。


「うん!」

「結構遅いね。友達と遊んでたの?」

「そうだよ! いーっぱい遊んだの!」

「そっか。楽しかったんだね」

「うん! とっっても楽しかった!」


 にこにこ笑顔を浮かべたゆかねえがわたしの頭を撫でてくれる。それが嬉しくってわたしももっと笑顔を浮かべる。

 ゆかねえがさみしそうな顔をしていたのは、気のせいだったのかもしれない。

 花のような笑顔を見て、わたしはそう思う。


「よし、遅くなるといけないし、帰ろっか」

「うん!」


 立ち上がったゆかねえに手を引かれておうちを目指す。

 夕日の中に残されたブランコはきぃきぃと音を立てていた。





「先生、今日はごめんなさい」


 次の日の放課後。

 わたしは先生に謝る。ここにわたしたち以外には誰もいない。

 今日は朝から気になることがあったせいで、授業をちゃんと聞くことができなかった。そのせいで、気づけば今の時間。


「偶に周りが見えなくなるのは紲星さんの悪い所だけど、普段はちゃんとしてるし、そこまで気にすることはないよ。やらないといけない事に集中出来なくなるっていうのは誰にでもあるしね」


 そう笑って許してくれる。

 でも、授業をちゃんと聞かないのは悪いことだ。明日はしっかりしないといけない。


「それで、紲星さんの悩み事って? 良かったら僕が聞くよ」


 先生はわたしの前の席の椅子をくるりと反転させて、わたしと向き合って座る。


「はい、ゆかねえ……、えっと、わたしのいとこのことなんですけど——」


 一人でわからないなら、頼りになりそうな人に相談に乗ってもらえばいい。

 そう思ってわたしは、昨日の公園でのこと、それから、今日の朝のことを話し始めた。





 今日もいつもどおり、ゆかねえと登校した。

 玄関で顔を見たとき、変わりはなかった。だから、公園で見た姿はやっぱり気のせいだったんだろう。そう、思っていた。

 だけど、通学路の途中。横を見てみたら、ゆかねえはどんよりと暗い顔をしていた。


「ゆかねえ? どう、したの……?」

「え? あ、ううん。大丈夫だよ!」


 慌てたように手を左右に振る。暗さを誤魔化すように笑顔を浮かべている。

 うそを、つかれた。

 今までそんなことをされたことがなかったから、どうしていいのかがわからない。なんで何かあるみたいなのに、教えてくれないんだろうか。

 ぐるぐると考え込みそうになる。でも、このまま何もしないなんていうのも違う気がする。

 ゆかねえに何かをしてあげないといけない。


「うー……」


 もやもやとしたものは、なんの助けにもなってくれない。できるのは、変な声を出すことくらいだ。


「あかりちゃん? 大丈夫?」


 今度はこっちが心配された。

 そうじゃないの!

 でもそう言ったところで、反応が変わる気もしない。だから、意味もなく声を上げていることしかできなかった。

 何かを隠しているゆかねえに慰められながら。





「――ということがあったんです」


 話している間に、ゆかねえに何もしてあげられなかった時のもやもやが胸の内からまた湧き出てくる。いつの間にか、手にぎゅっと力がこもっていた。

 一回深呼吸して、暴れたい気持ちを抑え込む。たぶんこれは、誰にもぶつけちゃだめなもの。


「先生はゆかねえに何があったかわかりますか?」


 何もわからないから、こんな気持になってしまうんだ。このいやなものをなくすために質問をする。


「紲星さんはその従姉に何があったと思ってるんだい?」

「……全然わかんないです。昨日の朝まではいつものゆかねえだったのに、放課後にはちょっと変な感じになってたんです」

「あー……」


 先生がなんだかよくわからない声を出す。でも、笑顔を浮かべているから悪い意味ではないんだろう。眉が少し下がってるから、ちょっと困ってるみたいだけど。


「多分、君の従姉は学校で嫌な事があったんだろうね」

「いや、なこと……?」


 学校という言葉と、いやという言葉がどうしてくっつくのかわからなかった。

 学校は楽しい場所だ。時々、授業がつまらないなって思うこともあるけど、いやだと思うことはない。


「そう。具体的に何があったかは想像するしかないけど、授業に付いていけないとか、何か失敗して怒られたとか、友達と喧嘩したとか」

「むー……?」


 どれもぴんと来なかった。特に、優しいゆかねえが誰かとけんかするなんて想像ができない。誰とでも仲良くなれるはずだ。


「誰にだって嫌な事はいくらでもあるものだよ。時には逃げられないことだってある」


 わたしは子供で、先生は大人だ。

 だったらそれは正しいことなのかもしれない。

 ……そんな世界いやだ。

 いやだけど、ゆかねえがいやなことであんな顔をしてるなら、見ない振りをしちゃいけない。ゆかねえにはいつものように優しく笑っていてほしい。


「……いやなことって、隠すようなことなんですか?」


 いやなものがあるとして、どうしていいかは結局わからない。だから、聞いていく。

 ゆかねえを助けるのに必要なことを知っていかないといけない。


「それは人によるかな。すぐに周りの人に言う人もいれば、一人で抱えるような人もいる。多分、紲星さんの従姉は後者側の人なんだろうね」

「……そうなんですね」


 すとんとわかったわけではない。でも、何をすればいいのかは、ぼんやりと浮かんできた、かもしれない。

 だったら、とにかく一直線!

 わかるところから解決していくだけだ!


「先生! ありがとうございました! ゆかねえから話を聞いてみます!」


 立ち上がって頭を下げて一気に駆け出す。


「転んだりぶつかったりしないように気をつけて!」

「はーい!」


 先生の注意にぶんぶんと手を振りながら返事をした。





 たったかと走って、ゆかねえのおうちへ。

 でも、ゆかねえはまだ帰ってなかった。だから、おばさんに部屋で待っているようにと言われてしまった。

 クッションの上にじっと座って、ゆかねえを待つ。いやな目にあってるならすぐに助けてあげたい。でも、帰って来るまでは待っているしかない。

 よくわからない感覚が胸の中にあって落ち着かない。それでも、自分を抑えてじぃっと待つ。


「あかりちゃん? 何か用事?」

「ゆかねえ!」


 待ってましたと勢いよく立ち上がる。

 いつものように飛びつくとしっかり受け止めてくれる。でも、今日は真面目な話をしにきたのだ。

 一歩下がって、ゆかねえから離れる。


「ゆかねえに、聞きたいことがあるの」

「うん、なあに?」


 柔らかな笑顔を浮かべて、しゃがんでくれる。目の前にゆかねえの顔がやってくる。

 わたしが質問したら、あの表情になってしまうのかな?

 ふと、そんないやなことを考えてしまう。でもわたしはもう見なかったふりをできない。

 わたしが何も言おうとしないからか、ゆかねえは不思議そうな顔をしている。

 深呼吸を一回。


「……ゆかねえは、何かいやなことあったの?」


 おそるおそる昨日からのなぞを言葉にする。

 最初、ゆかねえは驚いてるみたいだった。それから、少しの間だけ困ってるような顔をした後――


「ううん、大丈夫。嫌な事なんてなんにもないよ。あ、そうだ。私、飲み物取ってくるから、あかりちゃんはここで待っててね」


 笑顔を浮かべて部屋から出ていく。

 その笑顔は、にせものだった。

 そのことがショックで、しばらく動くことができなかった。





「……先生、ゆかねえがなんにも教えてくれませんでした」


 次の日の放課後。また、先生に相談に乗ってもらう。

 今日の私の心はどんより曇り模様。ゆかねえが浮かべたにせものの笑顔が頭からずっと離れない。


「ゆかねえはわたしのこと……」


 それ以上声にするのは怖かった。

 まだそうだと信じたくないという気持ちもある。だって、わたしが質問するまでは大好きな表情を浮かべるゆかねえだったから。


「嫌な事を話せるかどうかは色んな要素が混じり合ってくるから、嫌われたとか思うのはまだ早いと思うよ」


 昨日と同じように向かい側のいすに座った先生が、わたしの想像を否定してくれる。


「そう、なんですか……? でも、それならゆかねえはなんで……」


 あの態度はまるで近づいてくるなと言っているかのようだった。

 だからわたしはショックを受けて動けなくなってしまっていた。


「僕が思いつく限りになるけど、人に自分の弱味を話すのが嫌い。人に頼るのが苦手。後は、年上としての意地とか?」


 やっぱりどれもわたしにはよくわからない。

 だから、それらを理解するのは後回しにして、今必要なことを聞く。


「どうしたら、話してくれるようになりますか?」

「この人なら何を話しても大丈夫な人だと思われるようになる、かな。例えば紲星さんなら、そう言われて誰を思い浮かべる?」

「知ってる人みんな?」


 誰かとお話するとして、話したくないことなんてない。

 自分の好きなこと、やったこと、感じたこと。わたしは全部まとめてお話ししたい!


「そっかそっか。じゃあ質問を変えよう。何か相談しようとして、最初に誰の所に行く?」

「お母さんかお父さん……? んー、でも、ゆかねえに聞いてもらいたいって思うかも。それとも、先生……?」


 今思い浮かべた内の一人の所に最初は相談しに行くと思う。でも、そこから一人選ぶとなると決められない。

 今先生に話を聞いてもらっているのも、昨日話しかけてもらったからだ。そうじゃなければ、お母さんかお父さんに聞いてたと思う。


「まあ、無理して一番は決めなくてもいいよ。そこまで絞れたら十分だから。というわけで、その人達は、紲星さんにとってどういう存在なんだい? 好き、以外で」


 ぱっと浮かんできた言葉はだめだと言われてしまう。

 でもたしかに、好きな存在にしてしまうと、とにかくお話したい人たちと同じになってしまう。

 すぐにそういうことがわかる先生はすごい!

 もう一度、どういう人たちだろうかと考えてみる。

 友達との違いは年上だということ。でも、それだけで真っ先に相談する人になるわけじゃない。通学路の途中ですれ違った大人の人に相談しようとは思わない。

 そうなると――


「頼りになる人……?」


 この人なら受け止めてくれる。もしくは、何か答えをくれるだろう。そんな安心感をくれる人。

 そこが、他の人たちとは違う。


「……もしかして、わたしが頼りないからゆかねえは話してくれないんですか?」

「その辺りは僕が紲星さんの従姉のことを知らないからなんとも」


 わたしの答えは正解だとも外れだとも言ってくれなかった。


「僕よりも詳しい君がそう思うんなら、多分そうなんじゃないかな」


 授業の時とは違って、先生は答えを一つもくれない。それでもやっぱり頼りがいがあると思えてしまうのはなんでなんだろうか。

 不思議な感覚に首をかしげながら、口を開く。


「もう一個質問です」

「うん、どうぞ」

「どうすれば頼りになれますか?」


 頼りないなら頼りになればいい。簡単な話だ。

 ただ、どうすれば先生みたいになれるのかがわからない。


「それは僕も知りたいなぁ」


 ちょっと困ったように笑う。

 わたしにとって頼りになる人である先生がそんなことを言うなんて、とっても意外だった。

 信じられないという気持ちをこめて先生をまじまじと見つめるけど、気づいてないのか話を進めてしまう。


「でもまあ、それっぽく見せる方法くらいは教えてあげよう」


 何かのいたずらの準備をするみたいな顔をして話し始める。


「話をしっかり聞く事。狼狽えずに冷静でいる事。感情的になりすぎない事。それを意識的に出来るようになればいくらか頼りがいがあるように見えるよ」

「……うそをつくってことですか?」


 最初のはわかる。でも、後ろの二つは自分の思いを隠してしまうということ。それは、うそをついているのとおんなじだ。


「まあ、そう言う事だね。実際に頼り甲斐があるならともかく、それがないなら自分自身を騙すしかない。それが嫌なら、自分の事を信じて、時間をかけて、なれるかどうかも分からない本物の頼りになる人を目指すしかないだろうね」

「む……」


 うそをつくのは悪いことだ。でも、本当のわたしではゆかねえに頼ってもらえない。ちゃんと頼ってもらえるようになるのもいつになるかわからない。

 その間もゆかねえはあの顔を浮かべるのかもしれない。その裏で一人苦しむのかもしれない。

 それは、絶対にいやだ。

 ……だったら、わたしは悪い子になろう。

 それで、ゆかねえのことを守るのだ!


「わかりました。うそをつくのも難しそうだけど、がんばってみます!」


 胸の前でぐっと手に力を入れて気合を込める。こうすれば、難しいことでもがんばれる気がしてくる。


「一個アドバイスするなら、紲星さんが頼りになると思っている人たちの真似をしてみればいいと思うよ。見本がある方がやりやすいだろうから」


 ゆかねえや先生のまねをすればいい、ということらしい。

 ちゃんとできるかな?

 不安になるけど、やらないといけないんだ!


「はい! 今日もありがとうございました! 今すぐゆかねえのところに行ってきます!」

「うん、頑張っておいで」


 先生に見送られながら、荷物を背負って教室から飛び出た。

 ゆかねえの笑顔を取り戻すと強く強く決めながら。





 今日もまた、ゆかねえの部屋で帰りを待つ。

 うまくやるため、頭の中でゆかねえや先生の動きや喋り方を思い浮かべ続けていた。


「あかりちゃん、今日もまた来たの?」


 ゆかねえが帰ってきた。今日は飛びつきたいのも我慢して、ゆかねえの顔をじっと見る。

 わたしが頼りにしている人たちはきっとここで笑みを浮かべてくれる。

 ……だけど、今のわたしは上手に顔を動かせなかった。

 落ち着いて、わたし。

 先生は、誰かのまねをするのはそっちの方がやりやすいからだと言ってた。だから、大切なのは慌てない、感情的にならないこと。

 ゆっくりと息を吸う。思ったままに走って行こうとする気持ちを、何もさせないまま吐き出す。


「ゆかねえ。ときどきさみしそうな顔をする理由があるなら、わたしに教えて。むずかしいことはわかんないから、頭をなでたり、おいしいものをわけたりとかしかできないかもしれない。でも、ゆかねえに何があったのか知りたい! 幸せじゃない人がいるのはいやなの!」


 しゃべっているうちに、吐き出したはずの気持ちがまた出てきてしまう。感情が言葉になってしまう。

 やっぱり今のわたしでは、ゆかねえを助けることはできないんだろうか。

 真っ直ぐ向けていたはずの視線も下がっていってしまう。

 思い通りにいかなくてくやしい……。


「……ありがとう、あかりちゃん」


 落ち込んでいるとゆかねえがわたしを抱きしめてくれた。

 声はとても優しい。なのに、なぜだかわたしはそれを素直に受け入れたくなかった。


「でも、特に何かが起きてるわけじゃないから、そんなに気を遣ってくれなくてもいいよ?」

「……うそ」

「嘘じゃないよ」


 そんなうそをつかれてしまう。


「うそ。うそだよ。……うそじゃないなら、なんで昨日さみしそうにしてたのか教えて。今日も登校中におんなじ顔してた理由も教えて!」


 喋るたびに必死になって、感情的になる。なんとしても聞き出したいのだと気持ちが勝手に走り出してしまう。

 ゆかねえの顔をじっと見上げる。逃げられないようにぎゅっと抱きつく。

 そんなことしかできない。


「わたしが頼りないから、ゆかねえにむりさせちゃうんだよね……。でも、見ないふりなんてしたくないの! だから、しゃべってくれるまで帰らない!」


 泣きたくなんてないのに涙が出てきている。

 ほんとうに泣きたいのはゆかねえのはずなのに。


「う……」


 ゆかねえがわたしから離れようとする。でも、逃がさない。引きずられてしまうかもしれないけど、最後までしがみつき続ける。


「……楽しい話じゃないよ?」


 しばらく見つめ合っていたら、ゆかねえはそう言ってくれた。


「わかってる」


 本当は全然わかってない。今でもゆかねえにいやなことが起こってるなんて、何かの冗談なんじゃないかって思ってる。

 でも、わたしはうそをつく。

 ゆかねえの話を聞いてなんとかできるかどうかなんてわからないけど、どっちなのかを判断するために聞き出す。


「……友達に嫌われちゃったんだ」

「え?」


 ゆかねえが誰かから嫌われるはずがない。でも、暗い声にうそを言っている感じはない。

 わたしがぽかんとしている間も、ゆかねえは続きを話し続ける。


「私ね、その子が恋をしてる人に告白されちゃったの。私はその人とそんなに関わりなかったし、友達が好きなの知ってるから断ったんだ。わざわざ話さなくてもいいかなって思って、告白された事を話さなかったんだけど……」


 ゆかねえが腕に力を込める。そこからゆかねえの感情が伝わってくるみたいで、わたしの胸が苦しくなってくる。


「……どこかから話が漏れてたみたいで、友達にもそのことが伝わってたんだ。それで、私がその人を取ったみたいに思われちゃったみたいで、嫌われちゃった」

「ゆかねえは全然悪くないのに……」

「……でも、気持ちはちょっと分かるから」


 さみしそうな、悲しそうな声でそんな何かをあきらめたみたいなことを言う。


「ゆかねえは怒っていいと思う! ゆかねえばっかり損する必要なんてない!」


 顔も知らないゆかねえの友達にむかついてくる。それと同時に、わたしがこうして誰かに怒ることもあるんだと驚く。


「……ありがと」

「お礼を言われるようなこと、何もしてないよ……?」


 思い通りにいかなくて泣いて、ゆかねえの話を聞いて怒っただけだ。

 ほんとうに何もできていない。


「代わりに怒ってくれる人がいるのって、意外と嬉しいみたい」

「うーん……?」


 そう話す声は確かにちょっと嬉しそうだ。わたしに向けられるほほえみもにせものには見えない。


「よくわかんないけど、ちょっとは元気になった?」

「うん、すごく元気になった」

「……ほんとに?」


 ゆかねえは起きたことを話してくれただけだ。友達から嫌われてしまったということは何も変わっていない。

 それだけで、大きく変わるだろうか。


「うん」

「ほんと?」


 じぃーっとゆかねえの顔を見上げる。


「……ごめんなさい、嘘吐きました。元気になったのはちょっとだけです」

「うん、そうだよね。……ごめんなさい、あんまり役に立たなくて」


 しょんぼりと落ち込んでしまう。まだまだわたしはだめだめだ。


「ううん、そんなことない。あかりちゃんが頑張ってくれなかったら、私一人で抱えて苦しんでただろうから」

「そっか。それなら、よかった、のかな……? でも、いつかはゆかねえにいやなことがあったら全部解決できるようになるからね!」

「うん、楽しみにしてる」


 嬉しそうな声を聞いて、わたしはもっとがんばろうと決めるのだった。





 苦しいことは現実でもあることなのだと知った。

 だから幼い私は、世界の全てを幸せにしてやろうと思った。

 でもまあ、成長して道理を知るにつれてさすがにそれは無理だと理解した。

 それでも、手の届く範囲の人たちの幸せは諦めない。

 それが、私の幸せに繋がるのだから。


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