淡い思い出
高校を卒業して、何年か経ったある日。
突然実家に小包が届いた。差出人は須川美那子。小包の中には手紙と一冊の本が入っていた。
須川美那子。と聞いて思い出すのは、病的というしかない白い肌。昔の幽霊のような黒くて長い髪。それと文系な少女で、いつも本を読んでいたことだ。
ときには時代ものだったり、ときには推理もの。絵本だったときもある。でも大半は冒険もの、異世界ファンタジーの作品が多かった。
須川に話しかけたのは興味本位からだった。
「須川ってさ、いつも本読んでるよな。面白いか?」
本を持ったまま、上目遣いで俺をみてきた。
「……うん」
おどおど、と言うか戸惑いながらの頷き。
「本……好きだから」
「ふ~ん。そんなに本ばかり読んで面白いのか?」
自慢じゃないが本なんて漫画しか読んだことがなかった。 だから、文字だけの本なんて正直面白さがわからない。
「うん」
即答だった。本当に本が好きらしい。
「それに……私、作家になりたいから」
恥ずかしいことを言ったように、須川は頬を赤くした。
「だから……勉強にもなるし……」
俺がまぬけ顔で見ていたからか、須川の声は尻すぼみになっていった。
「……凄いな。それって将来の夢ってことだよな」
俺の言葉が意外だったのか。須川は驚いた顔をした。そして、
「うん」
と、気恥ずかしげに笑った。
あのときの顔は今でも覚えてる。
恥ずかしそうに赤くなった顔。真っ赤だったけど、嬉しそうに笑っていた。
それは魅力的な笑みだった。
ほとんど話したことがない俺に、なんで夢なんて語ったのだろうか、と今だから思う。多分誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。もしかしたら認めて欲しかったのかもしれない。でも、答えはずっとわからない。
ちゃんと話したのはあの時だけだった。
他愛のない会話は、二人の関係を変えるものにはならず、結局最後まで、あいさつを交わすクラスメイトのままで学校を卒業した。
そんな須川からの謎の贈り物。
手紙にはある賞で受賞したことが書かれていた。同封されていた本が受賞作らしい。
須川のデビュー作だ。
手紙の最後には、ありがとう、と書かれていた。
今も手紙は大切にしまってある。
新しく買った小さな本棚には須川の本が並んでいる。
きっと、これからも増えていくだろう。
了