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Thousand Blitz



「…ぅ、くっ……」


じめっとした、肌に張り付くような嫌な空気を感じながら、天王洲暮人は目を開ける。安定しない視界にスポットライトの強烈な光が差し込んで酷く眩しい。


「所長、目を覚ましたようです」


声が聞こえた。他にもキーボードを叩く音や心電図のような電子音。広さも分からない空間の様子は暮人からはよく見えず、だが数人の気配を感じる。


「んふふふ、おはようございます。君にしては遅い目覚めだ。やはり『強壮鋼(フルシュタル)』の二つ名を持つ君でも、私の開発した神経ガスは堪えたようですね」


また別の声。老人のようなしゃがれた男の声。覚えのある声。それを聞いて、朦朧としていた頭が徐々に覚醒していく。

迂闊だった。電車の脱線事故に巻き込まれた神代ちゃんと通信を試みるのに必死で、天井の空調機を通じて入ってきたガスに気付くのが遅れた。ほんの少量吸い込んだだけで身体に力が入らなくなり、そのままあっという間に意識を刈り取られたのだ。そして今は椅子に鎖で拘束されている。自分は捕らえられたのだとすぐに理解した。


「君達は作業に戻りなさい。もうあまり時間が無いのですから」

「御意」


男がそう言うとすぐに数人の気配は消え、一人分の足音と共に男は目の前までやってくると、スポットライトが消えて部屋全体を照らすものへ切り替わる。そこは想像していたより広い部屋だった。PC等の機器や机は端に設置されていて、中央のスペースが空けられているので余計に広く感じるのだろう。そして孤島のように真ん中で拘束されている暮人の元にやってきた男もはっきりと目に映る。皺のない白衣を羽織り、小柄でやや腰の曲がったシルエット。そして皺だらけの老人の顔。


「……壱崎、玄治……!」

「久しぶりですなぁ。元アマデウス参謀本部所属第一諜報部隊隊長、天北クロード大佐」


現れたのはやはり知っている男。かつて同じ組織に属し、今もなおアマデウスの研究開発部門のトップにいる男だ。ニタッとした笑みを浮かべ、怒りを滲ませている暮人を見下ろして壱崎は続ける。


「いや、今は天王洲暮人と呼ぶべきかな?」


何もかも解っているといった表情で、壱崎はポケットからリモコンを取り出し操作し始めた。すると壁に設置された大きなモニターに静止画が写し出され、スライドショーのように次へ次へと、見覚えのある写真が写し出されていく。


「確か今の顔は探偵でしたか。腕利きの部下数人を従えた探偵事務所のオーナー。指導、統率のカリスマ性は民間(おもて)でも変わっていませんな」

「あの写真は、アタシを捕らえるためにあんたが寄越したってわけ」

「私も多少は警察に顔が利くのでね。事件の捜査に時々協力しては有力な情報をもたらしてくれる探偵社があると伺っていたので、今回もそちらに仰いでみてはと提案してみたのですよ」

「……」

「しかし流石です。君が関わっているのは解っていたのに、つい最近まで全く居所を掴むに至らなかった。君の得意な『霧人迷彩(ステルストレイル)』も現役の時から全く衰えていないようだ。いやぁ久々に心焦がれましたよ。逢いたい人に逢えないのは、切ないものですなぁ」

「はっ。随分とアタシに執着してくれていたみたいね。全っ然嬉しくないけど」

「以前から私を警戒していた君だが、それはこちらも同じということ。あの写真を見れば君は必ず動いてくれると踏んでいました。実際、残りの石の所持者をすぐに把握し、お気に入りの部下とやらを尾行につけた。全てはこちらの思惑通り。君を探し当てるには、先ずはその子らが必要でしたのでね」

「まさか、あの子達のGPSから私の位置を…」

「キーホルダーやピアス、形状は様々でしたが、君なら身に付けさせていると思いました。今も昔も部下思いなのは変わっていませんね。しかしそれが仇となった。単一では霧人迷彩の刻印(ルーン)で逆探知が逸らされる。しかし五ヶ所から探知して方角を辿れば、君がいるエリアは大体絞れた。そこから君を拘束するのは簡単でしたよ」

「くっ…目的はなに?」

「無論、君を始末するためです。そして君の育てた有能な子達も、今後私の邪魔になり得る逸材ばかりだった」

「まさか、殺したの!?…ただの民間人を!」

「その民間人を巻き込んだのは君でしょう?それに殺したのは溢れ出た魔族達。君の指示で現場に居なければ、助かっていたかもしれませんねぇ」


巻き込む。そうだ。

お気に入りといいながら、あくまでも民間人のあの子達を勝手に巻き込んだのは自分だ。

写真を見た時にすぐ分かった。被害者達の惨状は、人間によるものではないと。それに被害者達が所持していたのは、トリプルクロスなんていう紛い物ではない。

あれはアスタリスクと呼ばれる、壱崎玄治が造り出した、アマデウスが魔族と渡り合う為の、石を模した能力増幅媒体だ。組織に所属する隊員が各々の適性に合わせて支給される特別な装備品。外見は半透明のオレンジに近い黄色。最近流行していたトリプルクロスと偶然にも似通っているが、決定的に違う危険な特性がアスタリスクにはあることを暮人は知っている。それは写真から簡単に読み取れたが、その危険性を上手く説明できず、結局、何も知らせないまま調査に巻き込んでしまった。


「長年私の実験を非道だと言っていた君が、自身が求める真実の為に、関係のない民間人を利用した。お互い様ですなぁ」


相変わらずニヤニヤと汚い笑みを浮かべてくる。


「世界をめちゃくちゃにしたあんたと一緒にしないでちょうだい」

「んふふふ、めちゃくちゃとは酷いですねぇ」

「否定しないってことは、やっぱり血継陣(ディストラクション)で地脈の結界を破壊したのはあんたなのね」

「あの術までご存知とは、さすがです。やはり答え合わせの時間を作って正解でした」


あの時、七ツ星の刻印(ルーン)を囲む六芒星の陣が皇居を中心に展開されていた。構成となる十三の基点は被害者達が死んだ現場。壱崎が開発した輝石(アスタリスク)を身に付けていた、無関係な人達が殺された場所だ。

気付いたのは偶然だった。調査中の万が一の危険に備えて、普段から部下の子達にはGPSを持たせていた。トリプルクロス所有者六人の調査の日、PC画面に表示された東京都内のマップに反映されているそれぞれの位置情報が、何故か綺麗に六方向へ広がっていくのに妙な違和感を感じたのだ。すぐに暮人は他の被害者七人の現場をマップ上に打ち込んだ。『違和感』はすぐ『嫌な予感』に格上げされた。地図に浮かび上がったのは明らかに魔法陣で、GPSの位置情報は一点を除いて綺麗な円を描くような位置で止まっている。唯一欠けているのは北西部分。神代大希の場所を示していた。だが、池袋にあったGPSの反応が凄い速さで移動し、皇居を中心にした巨大な陣が形成される位置で止まった。それから間もなく、魔族達が一気に溢れ出したのだ。


「昔目を通した過去の戦闘記録に載っていたわ。結界や封印も破壊する強力な術式解体(ディスペル)の一つとして記されていた。地脈の封印結界を破壊するには恐らく唯一の方法ね。あんたが民間(おもて)に流した輝石(アスタリスク)は陣構成の目印ってところかしら」


壱崎は何も言わない。やはりにやけたまま、黙って聴いている。感心するように暮人を見るその眼は不快に感じたが、構わず暮人は続ける。


「遺体はどう見ても人間による犯行じゃなかった。あの石は、適正のある装備者に加護を与えると同時に、何故か魔族を惹き付ける効果もあることをアタシは知っているわ。それに血継陣(ディストラクション)は膨大な魔力を持つ、それこそ、高位の魔族でなければ扱えないはず」

「んふふふ、やはり君は油断ならない男だ」

「答えて、いつから裏切っていたの?」

「裏切ってなどいませんよ。何よりこれは世界の為」

「ふざけないで!魔族と手を組んで世界を崩壊させておいて何が世界の為よ!」

「言い方を変えましょう。世界は在るべき姿に戻るのですよ。裏も表もない、本来の姿に。その新世界を統治し導く最高機関となるのが、我々アマデウスなのです」

「な、何を…言って…」

「さて、私が魔族と契約を結び、石の特性を使って人間を殺害させ、血継陣という大規模な禁術の発動に協力した、と。君の推理は半分正解と言ったところか」


壱崎は淡々と話を続ける。


「血継陣の術者はこの私なんですよ」

「っ…!?」


バカな?だってこいつはただの人間のはずだ。


「勿論私には行使に必要な魔力はない。魔族のように、大気中のマナを魔力に変換することもできない。ですから、陣の構成と平行して、発動に必要なマナを直接組み込んだというわけです。その準備の為に、少々魔族を利用させてもらった、というところですかね」


だらだら垂れ流すように、言い逃れる気など微塵も感じさせずに、さらに壱崎は吐き出していく。先程自分で言った通り、答え合わせをするように。


「マナとは万物の根源にして、全ての生命にとって力の源。マナそのものを有効に利用すれば、魔力などなくても応用が効くということ。人類の進歩の為に、多少の犠牲は付き物ですから」


下衆野郎の言葉は、暮人の怒りを爆発させるのには十分すぎた。

要するにこの男は、世界を破滅させるほどの魔術を自分の意思で発動させた。魔力の代償にしたマナは、十三人分の人間の生命力。そして、地脈の結界を破壊し、更に大勢の人間を殺した挙げ句、以降も魔族に脅かされる地獄を造り上げた、ということだ。


「この外道が!!」


全身の血が沸騰しているように激しく脈打つ。鍛え上げられた筋肉が隆起し、体を椅子に拘束していた鎖を軋ませ、一気に破壊した。


「世界を守るアマデウスでありながら、よくも人間を犠牲に!!」

「そんなに怒らないで頂きたいですね。これは必要なことなのですよ。世界を変えるためにはね」


意識は完全に覚醒している。身体も動く。もうアマデウスを出て大分経つ今、『強壮鋼(フルシュタル)』と呼ばれていた時の力には劣るが、目の前でほくそ笑む老害をぶちのめすには十分に事足りる。


「戯れ言を!人間の命をなんだと思って!!……っ!?」


左手の拳に力を籠め、渾身のストレートを放った。並みの人間であれば、一発でノックアウトするであろう一撃を、壱崎の顔に打ち込んだつもりだ。しかし拳からは狙った鼻先を捉えた感触は伝わってこない。確かに拳は当たった。だがその部分は風に流される煙のように崩れ始め、やがて壱崎の体全体に及んでいくと、蜃気楼のように完全に消え失せてしまう。


ま、幻……!?


「おやおや、少なくとも数人の若者は君が殺したようなものでしょう?」

「っ!?」


たった今消えた壱崎の声。背後からだ。振り向くと確かにそこに奴は立っていた。


「君が巻き込まなければ、運良く結界の中で生きていられたかもしれないのに」

「黙りなさい!!」


また別方向からの声。そちらにも壱崎は立っていて、暮人を見ている。身体を捻り、そのにやけた顔に裏拳を放つ。が、やはり実体はなく、拳が通りすぎた顔から靄になって消えていく。


「君の方こそ、命を何だと思っているのです?」

「黙れ!!」


また現れた一体を消すが、気がつけばまた新たな幻影が現れている。そして部屋の奥の暗闇から、足音が近付き、四人目の壱崎玄治のシルエットが現れた。


くそ、どういうことなの……!?

まさか幻覚を見ている?

吸わされたガスのせい?それとも幻術の類い?

本体はどこ?


「んふふふ、今の表情、懐かしいですなぁ。かつて部下を大勢死なせた時と同じ顔だ」

「黙れぇ!!」


逆撫でするような壱崎の言葉。煽りだと分かっているのに簡単に乗ってしまう程、暮人の思考は怒りと殺意に呑まれ、余裕がなくなってきている。

暮人は胸元に意識を集中させると、服の内側からオレンジ色の光が漏れだす。普段から身に付けている、刻印(ルーン)を刻んだロケットペンダントの中に埋め込んでいた輝石(アスタリスク)の光だ。これに頼るということは、開発した壱崎の力を借りるような気がして使いたくはなかったが、もう出し惜しみしている場合じゃない。大気中のマナが加護によって暮人の生命力と同調し、力が増幅されていく。


数は四体。一体ずつ相手にしてもキリがない。どれが本体かも区別はつかない。なら、まとめて消して本体を炙り出してやる。

(ベオス…ソウェイル…カノン…イサ…ラグズ!)

輝石の加護を受けて初めて扱える刻印術。全部で二十四ある(スペル)から、技発動に応じた組み合わせを両手で結ぶ。まるで忍者が印を結ぶが如く、目で追えない程の速さで。暮人は高まるマナを更に練り上げながら属性付加を与えていく。豪快な格闘技に刻印術を上手く混ぜ込む戦い方を暮人は当時から得意としていたのだ。高まったマナを右の拳に集約させ、床に向かって振り下ろした。


牙流拳舞(がりゅうけんぶ)……剛破衝(ごうはしょう)!!」


瞬間、轟音が響き、叩き割られて砕けた床と共に激しい衝撃波が広がる。暮人の放った一撃によって壱崎の幻は次々に靄となって消し飛んでいくが、一体だけ、衝撃波を避けるように後方にかわしたのを暮人は見逃さなかった。回避したということは実体がある。つまりそいつが壱崎の本体。

低い姿勢のまま、身体を捻りながら一気に間合いを詰め、そのムカつく顔面を狙って回し蹴りを繰り出した。輝石による身体能力の上昇に、回転の威力も加わった強力な攻撃。回避も許さない速度。

だが……。


輝石(アスタリスク)、やはり隠し持っていましたか」

「っな……!?」


暮人の蹴りは壱崎には届かなかった。防がれたのだ。蹴りが当たる直前、突如現れたものに。それを目の当たりにした暮人の全身に、一気に緊張が走る。

固いが弾力のある壁のような感触。それは確かに手だった。鋭い爪が伸び、外側は青白い毛で覆われていて獣の様。人間の頭くらいなら簡単に鷲掴みできてしまう程の大きい化物の手が、突然現れて暮人の脚を掴み、攻撃を阻んだ。


「ちょっとぉ、私の叔父様(おじさま)になんてことするのよ!」


少女のような幼い声で誰かが言った。奔放に育てられたお嬢様のように不遜で、可愛らしいが重々しく耳の奥に響く声。その主は、歪んだ空間からゆっくりと現れると、浮遊しながら壱崎に寄り添うように、左肩の辺りに座っている。艶やかに光る銀色の長い髪から覗く二つの耳、額から伸びる一本の角は熱をもったように真っ赤で、同じく深い緋色の瞳は見下すように暮人を捉える。後ろから細く伸びている尻尾のようなものの先は大きな手になっていて、まさにそれが壱崎へ放った蹴りを止めたのだった。


「こらこらフェイリス。勝手に出てきてはいけませんよ」

「だって退屈だったし、叔父様が危ないと思ったんだもん」

「たしかに今のは焦りました。よくやりましたね」

「えへへ、もっと褒めて~」


フェイリスと呼ばれた女は、真っ白で細い腕を壱崎の首に絡めながら、甘ったるい声を発する。猫が、大好きな主人にベタベタと甘えるように。暮人はそれをただ見る。違う。目を離すわけにはいかない。何せ今この瞬間も強烈な殺気が暮人に向けられているのだ。しかもそれは、こいつが現れた直後から周囲の空間を包むように広がって、呼吸をすると殺意の混ざった空気が喉をぴりつかせる。今この空間は、魔族の『領域』に包まれているのだと瞬時に悟った。久しぶりのその感覚は一気に危機感を増大させる。

『領域』を展開できる程の魔族、つまり高位、或いはそれに近い力をもっているということになるからだ。

だとすれば、一人でまともに対峙したら勝ち目は薄い。

とにかく距離をとらなくては。だが、物凄い力で掴まれたままの脚は、強引に動かそうとしてもびくともしない。


「ねぇ叔父様ぁ、これ食べちゃってもいい?」

「っ!?」


重い殺気を鋭い針のように暮人に注ぎながら、猫の魔族は口を開く。


「ダメです」

「どうせ殺すんだからいいでしょ?」

「いけません。彼にはまだ用がありますから」

「え~、じゃあ遊ぶのは?それならいいでしょ?」

「まったく、困った子ですね」

「うふふ!」


脚を掴む力が急に強くなると、動けずに焦る暮人の体がふわっと浮く。瞬間、凄まじい速さで空気を切り、壁に投げ飛ばされた。


「ぐぁっ!!」


受け身をとる間もなく、コンクリの壁に巨体がめり込んだ。身体強化と筋肉でダメージは軽減されているとはいえ、背中から全身に衝撃が伝わる。


「まだ殺してはダメですよ」

「だってさ。簡単に壊れないでね?おじさん」


まずい、追撃が来る!

暮人を投げ飛ばした尻尾が先端の鋭い爪を立て、追い討ちをかけるように目の前まで迫っていた。それを壁を蹴って体を捻りなんとか避けた。避けたはずだが、ザシュッと刃で裂かれるような痛みが背中に走る。


「ぅくっ!」


なんですって…!?

たしかに爪はかわした。だが暮人を背中から襲ったのもまた同じ爪だった。それもやはりフェイリスから伸びている。尻尾は一本ではなかったらしい。


「厄介な……」

「あはは!頑張って楽しませてね~」


尻尾の爪による強烈で高速の攻撃が二つ、いや、更に複数に増える可能性もある。それもそれで厄介だが、それ以上の脅威に今、暮人は包まれている。それがまさに『領域』だ。部屋全体を厚く重く覆う、魔族の殺意と欲望にまみれた支配空間のせいで、攻撃に乗ってくる殺気の気配が紛れてしまう。今さっき受けた背中への攻撃に気が付かなかったのもその為だ。

さらにフェイリスの攻撃が続く。さっきよりも速く、激しく暮人を襲う。


「くそっ!」


背中の傷は浅くないが動きに支障はない。回復は後回しだ。輝石の力で身体能力を上げ、今度は二本ともしっかり視界に捉えながら爪をかわしていく。回避だけならなんとかなるが、攻撃の気配が上手く読めない分、迂闊な攻めは逆に隙を与えてしまう。

一定の間合いを保ちつつ、攻撃をかわしながら、素早く(スペル)を刻む。

属性は風。練り上げたマナを左手に溜めて、暮人は待つ。

チャンスすぐ訪れた。空中で回避して着地した瞬間、次の動作までの一瞬の硬直。そこを狙っていたかのように、同時に爪が迫る。

避けられない。いや、わざと避けない。

狙っていたのは暮人の方。体勢を低くし、技発動の標を組む。


風迅廻帰(ふうじんかいき)


直後、風が舞う。右回転の風が、暮人を中心に吹く。

初めは緩やかな空気の流れ。迫っていたフェイリスの攻撃が触れると、その軌道をずらして受け流し、さらに攻撃の威力を風に乗せる。これは言わばカウンターだ。相手の攻撃を利用して次の自身の攻撃に、威力を吸収した風を乗せて増幅させる技。

戦う程に実感する。この化物は相当強い。やはりまともにやり合えば勝ち目は薄いだろう。向こうがその気なら、きっと一瞬で殺されてしまう。しかし、まだ勝てる可能性は残っている。

フェイリスは遊ぶと言った。

つまり、まだ本気じゃない。

嘗められている今こそがチャンス。

受け流したフェイリスの尻尾は後方に伸びきっている。暮人と化物の間に阻むものはない。このたった一瞬の隙を逃しはしない。一気に距離を詰める。

間合いに入った。輝石が光り、体内で練り込んでおいたマナが左手に集約する。さっき刻んだ刻印(ルーン)は二つ。風迅廻帰から繋ぐ一番相性の良い技。

牙流拳舞……奥義!


「烈風掌!!」


がら空きになったフェイリスの胴体へ、迅速の掌底を繰り出す。

魔族を倒すには二通り。一つは頭部の破壊、或いは首を堕とすこと。他の生命体と同様で生命維持を断つことができる。だがこれは低級の弱い魔族に限られる。高位やそれに匹敵する魔族の体内には魔核(コア)が存在しており、それを破壊しない限り、ダメージを与えたところで半永久的に肉体の再生を続ける。一時的に弱りはしても完全に消滅させることはできないのだ。

だからこそ暮人は胴を狙った。

魔族の硬い表皮を破り、その奥の魔核(コア)を一気に破壊する為に。

連打はいらない。寧ろ隙を生む。

ここは一点突破、最大火力の一撃に賭ける。

掌底がフェイリスの鳩尾を捉えた。


「あは!ざ~んねん」

「っ!?」


攻撃は当たった。だが手応えはない。フェイリスは笑ってそう言うと、楽しそうな表情を変えないまま揺らめき、あっという間に煙になって消えてしまう。それは先程の壱崎の分身とと全く同じだった。


まさか…さっきの分身もコイツの……!?




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