一話 異変
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ピコピコピコ
薄暗い部屋の中にテレビの画面だけが光っている。
その光に額を明るく照らされた矢代海斗は手にコントローラーを抱え、ギャルゲーに没頭している。
ギャルゲーとは、「ギャルゲーム」(Gal game)の略であり、主に魅力的な女性が登場することを売り物とするタイプのコンピュータゲームの俗称。(ピクシブ百科事典より引用)
ゲームの名前は「どぎまぎメモリアル」(ときめきメモリアル)
ギャルゲーという分類でのナンバーワンの売り上げを誇るどぎまぎメモリアルは、圧倒的な人気を抱え、続編も何本も出ている。その一番最初のどぎまぎメモリアル1をやっている。これを週に最低でも一日一回、つまり、一年に三百六十五回以上はやっていることになる。うるう年だと三百六十六回になるぐらいはやっている。
今、ちょうどクライマックスを迎えているところである。今回は、隠しキャラの攻略に挑んでいる。分岐地点が何度もあり、それによって主人公の結末が決まる。自分で主人公の結末を選べるのが、ギャルゲーの面白さだ。
一番好きなキャラクターを結末に持ってこれるから、俺はいつも、メインヒロインを怒らせて、この隠しキャラのルートに分岐するようにしている。やはりゲームの中でも毎回押しキャラルートに変更するのはまちがっている?ギャルゲーにもいろいろな楽しみ方をする人がいる。それを批判するなんてどうかしてるだろう。
クライマックスが終わり、エンドロールに入る。このエンドロールも何回も見た。主人公はいいよな。ギャルゲー主人公は。どういう判断をしても結局は、ハッピーエンドで終わるからな。最初はどんな状況でも最後は何とかなってしまう。選択肢で酷いことを選んだって、ハッピーエンドに持ってこれる。
はっ。
時刻は午前二時を回っている。
「明日は・・・いや今日か。今日は入学式か。寝よ」
今日は、高校の入学式がある。俺にとって高校の入学式だからといって何か特出したものはないのだが高校生になったらやりたいことでも考えてみようか。
新しい友達ができるかな?
そもそも三次元の友達がいたことがないので、「「新しい友達」」ではなく、そもそも「「友達」」を作りたいです。
部活に入って総体優勝目指すぞ~!
部活に入る気も、入ったこともなかったわ。
青春らしく恋をするぞ~!
これは良いかもしれない。いろんな、ギャルゲーをやってみたが、結局原点のどぎまぎメモリアルに戻ってしまう。この三年間で、いろんなギャルゲーをやってみて、新しい恋を見つけてみたい。・・・何か間違った気がする。気のせいなのか?うん、気のせいだ。
新しい恋?に希望を抱いた俺は、そのまま寝落ちしてしまった。
夢を見た。長い長い夢だった。
「なんでメインヒロインである私が一か月間で一度もハッピーエンドに持っていってくれないのよ!」
誰かの声がする。こっちに振り帰った彼女はどぎまぎメモリアルのメインヒロインの声だ。
「同期のほとんどは毎回ハッピーエンドで終わって幸せそうにしているのに私だけなんで、なんで幸せになれないのよ~」
確かに最近メインルートをやっていない。夢の中にも出てくるとは。今度いつか気が向いたらその気になったらやってあげよう。
「もう我慢ならないわ!毎回デートの時に一番怒る選択肢ばっかり選びやがって。もう許さないわ。こいつにギャルゲーらしい罪を与えてやるわ!」
何やら罪を与えられるようだ。別にこのキャラ嫌いではないため罪も快く受け入れよう。楽しみにしておこう。
「・・・それでどんな罪を与えるのだ?」
「それは・・・
ピピピッ ピピピッ ピピピッ・・・・
一定のリズムを刻む機械音が部屋の隅々まで鳴り響く。
中途半端なところで目覚めてしまった。俺に与える罪ってなんだったんだ?
まあいいや。眠りには、レム睡眠とノンレム睡眠があり、浅い眠りであるレム睡眠の時に夢を見る。そして、レム睡眠の時に起きると、目覚めがいい。今日はとてもすがすがしい気分だ。罪なんてどうでもいい。目覚めがすごくいいし、なんせしょせん夢の話だからな。
身体を起こし、妹の海美を起こしに行く。一昨年ぐらいから、海美の「美」はいらないと思っている。どうせ読みは「うみ」なんだし、美を付けたって人間そう簡単に美人にはならないのだから。
「起きろ、海美、今日も学校だぞ」
「むにゅう・・・ん・・・。起こさないでよ。私たちまだ結婚して三日目よ・・・。朝もやるの?」
中学三年生は思春期真っただ中らしい。夢の中で、誰と結婚して、何をしているんだ?変なことしたら許さないぞ!だいたいお兄ちゃんまだ紹介されてないぞ。
「おい。朝だぞ。結婚して、昨晩何かがあった人妻中学三年生」
「ん・・・。あれ?けいた君は?お兄ちゃん。なんで起こすのよ!けいた君といいところだったのに」
「ほら、夢ばっかり見てないで現実を見ろ。けいた君なんていないぞ」
「一番現実を見ていないお兄ちゃんに言われたくないわ」
その通りすぎて、ぐぅの音も出ないとはどういうことかよくわかった。言い返す言葉が出ない。
「とにかく今すぐ起きろ。今日から急にイケメン転校生がお前のクラスに来るかもしれないだろ」
「じゃあ起きる~」
「ちょろいな、おい」
ちょろいな。現実を見れてないのはお互い様だ。
そんなちょろい海美を引き連れ、リビングへ向かう。冷蔵庫から卵を二つ取り出し、熱して油を引いたフライパンに落とす。
朝ごはん自分で作るの?母親は?父親は?と思うかもしれないが、安心しろ。母親も父親もちゃんと生きている。ただ、ここにいないだけ、外国に旅行しているだけだ。
ただその旅行が、ここに一年続いているだけだ。もちろん今日の俺の入学式にも来ない。そのくせ、全員の生活費はどうやって賄っているのかはうちの家族の一番の謎だ。
白身が固まった目玉焼きをそれぞれお皿にあげ、塩コショウをかけ、「ごはん♪ごはん♪」と鼻歌を機嫌よさそうに歌う海美の前と俺の席の前に置く。海美が盛りつけたご飯と一緒に食べる。他にサラダやベーコンがあるわけではない。この目玉焼きとご飯の質素な朝ごはんが毎日のルーチンだ。
ご飯を食べ、制服を着替え、海美を先に送り出してから、ゆっくり家を出た。
別に高校に期待なんかを抱いていない。学校とは、勉学を解くための場所であり、クラスとは、ただの不特定多数が集まるコミュニティーであり、友達とは、マイナス方面に俺を連れていく、悪魔である。しょせん高校とはその程度のもんだ。
ギャルゲー好きな同志がいることを祈る。
道の両脇には桜が咲き誇っている。入学式、卒業式と言えば桜が思いつく日本人は多いだろう。しかし、新古今和歌集には、桜より梅に関する歌が多くなっている。なにが言いたいかっていうと別に何か伝えたいわけでもない。俺にとって、高校入学とはこの桜の話程度のものなのだ。
ちなみに俺の通うことになっている学校は、ここらへんだと一番頭のいい学校らしい。学力に関しては申し分ないくらいはあったため、家から近いかつ校則が緩い進学校、この高原高校にした。
しばらく歩いていると道の向かい側に人が固まっているのが見える。きっと入学式の看板の前で写真でも撮っているのだろう。ギャルゲーのクライマックスのように幸せに満ち溢れた顔をしている。
「おはようございます」
校長か教頭だろうか、校門の前で挨拶をしている。親御さんに。
親がいない俺は無視されたよ。おい。
俺を空気扱いしてくる校長教頭と写真を撮っている親子の隣を通り抜け、壁に貼られたクラス分け表を見る。
この学校は普通科四クラス構成らしい。それが多いのかはたまた少ないのかは分からないが、とにかく四クラスある。律儀に一組から見ていく。すると、すぐに一組の一番最後の出席番号に俺の名前が入っているのを発見した。そのあと、クラスメイトの名前を「「一応」」確認した。名前に見覚えがあるやつがいない。
しいて言うならギャルゲーで見たことのある苗字と名前がちらほら。それくらいしかいない。繰り返し言うがこの学校はまあまあな進学校なため、同じ学校の人は多分そんなにいなくて、下手したら市外から登校してきたり、県外から引っ越してくるような人のほうが多いかもしれないぐらいだ。誰が同じ学校だったか覚えていないため「「多分」」とあいまいな答え方しかできないのだが。
ギャルゲーにヒロインの名前変更機能追加されないかな。そうすれば、俺の名字に・・・
そんなことを考えながら教室へと向かった。
教室の窓からちらっと教室の中が見えたが、まだちらほらとしか生徒が見当たらない。きっと写真撮影やら、クラス分けやらでまだ校舎の外にでもいるのだろう。
ガラガラガラ
教室の扉を開ける。
教室の扉が開いた。
教室に入・・・れない?
身体が動かない。だが身体が動かないだけで、頭は回るようだ。
これは金縛りの一種なのだろうか。しかし、金縛りは睡眠時随伴症という病気の中の睡眠麻痺という症状であり、決して起きている間で急に起こるようなものではないはずだ。どういうことなんだ?
何かヒントを探して、目を上に動かす。身体が動かなくて、声さえ出ないものの目だけは動く。目を上げてみるとと・・・
アナタハコノ後、少女トブツカリマス。ドウ声ヲカケマスカ?
・1 すまん・・・
・2 ごめんね。けがはない?(こけた彼女に向かってハンカチを渡す)
・3 ・・・(無視してやり過ごす)
なんだこれ。俺の前には見知らぬ少女と三つの選択肢が現れている。
(選べってことか?)
ギャルゲーなのか?現実が止まって、俺に会話の選択を与えるなんて。長い長い夢でも見ているのだろうか。今は体が動かせないから、ほっぺをつねれないけど、これは夢に違いない。これは金縛りどうこう睡眠麻痺どうこうの話ではなく、ただの夢なんだろう。あせった~。やっぱり夢だよな。時が止まるなんてありえないしな。
俺は、妙にリアルな夢の世界を楽しむことにした。
(ここはどの選択肢を選ぶのが正解なんだ?1のすまん・・・は失敗こそしないものの、ヒロインの好感度を上げるのには向いていないだろう。3の無視も一回評価落としてから上げていくとそれはそれで道中にどんどん惹かれていく場面が見られていいのだが。いや、始まりだし、ここで少しでも好感度上げておくほうがいいだろう。3だ3にしよう)
そう思った瞬間、世界は動き始めた。
「うわっ」
「うおっ」
宣言どおり、俺と少女はぶつかった。ここで、あのセリフを言えばいいのか?
「ごめんね。けがはない?はいこれハンカチ」
俺はぶつかった少女にハンカチを差し出した。
決まったーーー。もうこれで初期評価がウナギのぼりだ。ここでいい感じになって、「名前は何て言いますか?」とか、「連絡先教えてもらっていいですか?」い言ってもらえて・・・。
「ちゃんと前見て歩け!バカ!」
彼女はそう言い残してどこかへ行ってしまった。
なんでこの選択をしたのにこんなに怒られないといけないんだ?いや、待てよ。ここではそっけないことを言われるが、後から席が隣になって、帰り際に、「さっきは、バカって言ってしまってごめんなさい。ハンカチ出してくれてありがとう」とか言われるんだろう。よし、ここはいったん待機だ。
この時、ぶつかった反動で打ち付けられてできた左ひじのあざがじんじん痛むことに気づくことはなかった。
「よくできた夢だな~」
吸湿の黒板に張り出されている座席表を見て、窓際の一番後ろ側に座った。 夢なんて適当で自分自身の思いどおりになると思っていたがそうでもなかった。
窓際の一番後ろは、スマホを持ち込んでも遠いからばれないだろうと思っている人が多いだろうが意外とそうでもない。そもそもその考えのせいで悪いことをしそうだから重点的に見ようなんてことを教師たちはしないが、それでも多少はほかの席よりかは気にしている。さらに、学校に来る来賓は誰かを重点的に見ずに、全体を見るせいで、目線はいつも奥側にある。結果、意外とこの席はギャルゲーをスマホでするのに適していないのだ。
逆に、廊下側の一番後ろの席は教師たちがあまり気にかけず、しかも来賓からは、窓のすぐ下が死角となるのだ。よって、最適解は廊下側の一番後ろだと言える。Q.E.D.照明終了。
さすがに矢代で廊下側の一番後ろの席はないだろうと脳が思ったのだろうか。矢代という苗字は全体的に見れば出席番号の最後というイメージがあるが、意外とそうでもないんだ。そう、山なんとかさんの存在だ。山下とか山口とか山田とかそういうやつらだ。山の読みが「「やま」」だった時点で折れの敗北は決定する。
苗字がア行の人なら良くわかるだろう。一番で何かすごいことでもないが来年も一番になりたいという謎のプライドが。
それと一緒で最後は最後で最後争いをしているんだぞ。まさか親の七光りさんもこんなところで使われるとは思っていなかっただろう。ほんとに苗字って親の七光りだよな。
そういえばギャルゲーの中に出席番号が一番になりそうなメインヒロインって知らないな。何か縛りでもあるのだろうか。
こんなくだらない苗字トークに貴重な一ページを使っていると、クラスには少し活気が付いた気がする。人も俺が付いた時よりかは明らかに増えている。
女子たちは一つに固まってライフを交換している。ライフだからと言って、命とかそういうたぐいのやつではない。ただの連絡ツールだ。
「ライフ交換しましょう」
そう、近所のおばさんたちが言っていたのを聞いたときは、ゲームと現実の世界の分け目が付いていないのかよ(笑)って思ってしまったが、最近世界的に大ブームを迎えていて、ダウンロード数は二十億を超えているから、そんな声が日常的の聞こえるのもおかしくない。
ある意味、ライフは若者の生活の一部となっていて、【ライフの友達の数=リア指数】の公式が成り立っている。
俺の友達は母さんと妹の二人しかいないから、必然的に俺のリア中指数は2。最底辺レベルだ。しかし、最近のギャルゲーにはライフを想像させるような連絡アプリが出てきているから、連絡先を聞かれることも聞くことも十分にシュミュレーション済みである。と、友達なんて別の必要なんかないが、相手からどうしてもと頼み込まれたら、しょうがない。俺にも人の心がある。しょうがなく、ライフの連絡先を教えてやろう。しょうがなくな、しょうがなく。
「ねえ。ライフ教えてよ」
来た。もう、俺にライフを聞くのには五十年早いけどしょうがなくおしえちゃうぞ(はーと)
「しょうがな・・・
「いいよ。はいこれ」
いつの間にか前の席に座っている子がスマホの画面を開いた。
俺じゃないの?ねえ、俺じゃないの?
「ねえ、君。なんか言いかけてたけどどうしたの?」
悪気のなさそうに無邪気な声で聞いてくる。無邪気は時に人を傷つけるものだ。
「いや・・・なんでも・・・」
「ふ~ん。そう」
そっけない返事が帰ってくる。
そういえば、これは夢だった。ここでどれだけ失敗しようと現実には関係ない。これは・・夢・・・なのか?
左ひじにできたあざがズキズキと痛む。夢って、痛みを感じるものなのか?あれ?これ現実なの?
そんなわけないはずだ。だって、確かに俺の時が止まって三択が俺の前に出た。そして、俺が選択すると時が流れ始めた。
人間、怖い時や何もすることがない時は、時間を意識することで時の流れをゆっくり感じるものらしい。逆に時間を意識しない場合は、時の流れを早く感じるものだ。でも、あんなにもゆっくりと気が流れることは絶対にありえないはずだ。走馬灯の類だって、意識は速くなるものの体までは速くなることはない。しいて心当たりがあるのは、アクセルワールドのポイントの九十九パーセント消費するあれだけだ。もちろん俺に加速できるわけがない。
「なに小難しい顔してんだ?私の話を始めていいか?」
機嫌を悪くしたような顔をした大人の女性が立っている。担任だろうか。
「あっ・・・はい」
クラスにどっと笑いが起こる。入学早々さらし者とか勘弁してくれよ。中学の時と同じじゃねーか。
「それではさっそく始めさせてもらうがいいか?」
「は~い」とか「いいよ~」とかバカげた返事が返ってくる。ああ言う調子がいい奴だって、俺よりリア充指数が高いから世界は不公平だ。
「私の名前は児島あかりと言う。え~っとまあ、早速だが今から入学式が始ま・・・
その後、児島あかりという担任は俺たちのクラスを体育館に連れていって、入学式が行われた。入学式が終わると、クラスメイトの親が教室に入ってきて、担任からのあいさつを行い、自己紹介をして、今日のところは解散となった。
その間、ドアの前で起こったタイムストップは起こる事はなかった。
ドアの前でぶつかったあの少女の名前は真野沙耶というらしい。俺に見せたような顔をすることはなかったし、愛想のよい、いわゆる「「いい子」」というやつだった。
ただ、帰り際に謝られることも、連絡先を聞かれることもなかった。
「今日のは何かの間違いだろうな。そうだ、きっと」
世の中にはまだ人が解明しきれてない超常現象があるのかもしれない。あの現象は、その中の一つなのかもしれない。何かの間違いだ。忘れよう。
来る途中に見つけた牛丼屋でお昼を済ましてから、朝来た道をたどって帰る。そんなある日の昼下がり。
4月10日 本日の成果
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ギャルゲー:現実 100:0
一話【完】二話に続く………
どうも、天野河太陽です。
この作品は、熱を出したある日の夜にパッと思いついて書き始めました。
昔からなんですが、なぜか、熱を出したときは頭がさえるんですよね~。なんででしょう。
あんまり書くことがないのでここでもう締めようと思います。
これからの、矢代海斗にご期待ください。
閲覧ありがとうございました。