怒りの理由
俺は、黙って話を聞いていた。聞かなければならないと思った。俺が佐藤の体を「寝かした」のだから。
「私は運動、特に走るのが好きで、陸上部に入っていた。将来の夢は、オリンピックに出ることだった。親友もいた。オリンピックに出たいって言ったら笑わず「頑張れ」って言ってくれた。その一言でどんなに頑張れたことか。だけど、私はすべてを失った。あんたに分かる?将来の夢や、人生の苦楽を失った私の思い。近くにいるのに話せない、目も合わせてくれない。認知すらしてくれない私の気持ちが!分かるわけないよね。あんたの体は「起きて」いる。話かけることもできるし、物を食べておいしいとも思えるから!」
俺は、後半部分が聞き取れなかった。一言一句聞き洩らすものかと思っていたが、佐藤は咽び泣いていた。
言葉とは、火だ。正しい扱いをすれば、人を温めることができる。だが間違えば・・・
俺は、間違えた。だがまだやり直せるはずだ。大火事にまだなっていない。そう言い聞かせる。
「ごめん。俺は、酷いこと口走った。もうダラダラするとか言わない」佐藤は、話せない。認知もされない。俺のせいで自由ではなくなったのだ。だが俺には自由がある。佐藤は、独りぼっちなのだ。佐藤にとって自由がある俺が羨ましのと同時に、何もしない俺が憎いのだろう。






