其の肆
子どもたちは約束の時間より少し早く来た。
二十人ほどの小学生が畑の細いあぜ道を一列になって歩いて来る。揃いのTシャツに同じ色の半スボンやキュロットスカート姿の子どもたちが歩いてくる様は、ベルトコンベアの上を流れて来るおもちゃのようだ。
桜子の所まで来ると「よろしくお願いします」と一斉に頭を下げた。
「はい、良くいらっしゃいました。みんなお行儀が良いわねえ」
桜子が嬉しそうにしている。
「交通少年団の子どもたちなの。そちらは引率の方よ」
桜子がトオルに紹介した。
デジタルカメラを構えた、しわの目立つ警官の制服姿の中年男がいる。少年団の団長で、本業は電気屋だという。一緒の婦警の方は本物で、交通総務の人間だった。
最初おとなしかった子どもたちは、芋掘りが始まると豹変した。
「汚れるから嫌だ」と言って尻ごみしていた女の子も、男の子を突き飛ばしそうな勢いで、他の子より大きな芋を掘り当てることに夢中になっている。純粋な競争心を見ているトオルの頬が自然と緩んでいた。
「だめですよ、喧嘩しないの」
引率の婦警が笑顔で、子どもたちを明るい声で叱ってから、
「こういうことも企画しないと、誰も少年団に入ってくれないんですよ。他にも餅つきとか、バーベキューとか、結構大変なんですよ、子どもたちのご機嫌をとるのが」
薄いブルーのワイシャツの上の濃紺のベストが、女の張りの良い胸と、細いが反発力のありそうなウエストのラインを際立たせている。
幅の狭い額が女の勝ち気を示しているのだが、鼻から唇にかけての脱力感は十分に女を感じさせる。アンバランスな造作なのだが、手の平の中に納めてしまいたくなるような容姿をしている。
一緒に来た中年の男は桜子に引っ張られるように連れて行かれ、壊れたというエンジンポンプの修理をさせられている。
やたらと動き回る子どもたちの面倒は、結局、トオルと婦警が見ることになっていた。
疲れもあって、ようやく落ち着いた子どもは、桜子の用意しておいたジュースを飲んでいた。土の上にじかに座ることも、もう気になってはいないようだ。
背が縮んだかと錯覚するほど低い目線での作業で痛んだ腰を伸ばしながら、ほうと安堵の息をついたトオルの傍らに、婦警が来た。同情している様子はない。悪戯っ子のような目になっている。
「改めまして。私は交通課の田所洋子といいます。桜子さんのお知り合いですか?」
メリハリの効いた口調がどこか交通検問を連想させる。
「いいえ、すぐ近くの、富士見荘に住んでいる学生です。初対面の桜子さんに、なぜか頼まれました。一方的に、です」
女は大きくうなずいてから、下を向いて肩を小刻みに揺らした。笑っている。
「桜子さんらしいわ」
洋子の目が、畑の隅で電機屋に身ぶり手ぶりで説明している桜子の方を向いた。少し開き加減の洋子の口元に見惚れている自分に気がついて、トオルは少し慌てたように洋子に言った。
「それにしても元気ですね。子どもたちじゃなくてね、桜子さん。コーラスとかヨガとかやっているんですってね」
「ええ、他にも手話の教室とか、民話や昔話の読み聞かせとか、ボランティアにも参加なさっていますよ、一生懸命に。本当に子どもが好きなんでしょうね」
桜子に結婚歴が無いことは、この時に洋子から聞かされた。
子どもたちが帰ったあとも、トオルは目の中がチカチカして、まだ何か動いているような感覚になっていた。
「ご苦労さまでした。はいこれ、アルバイト代」
二匹の子猫がじゃれ合っているポチ袋を差し出す。お年玉をもらった遠い記憶が蘇った。
ポチ袋をトオルが受け取ると、
「あと、これも」
と、横の地面に置いてあったザルを持ち上げた。いつの間に掘ったのだろう、張り付いた土がまだ乾いていない、両手でも抱えきれないほどの量の薩摩芋だ。
「食べて」
先日もらった芋をアパートの全員で食べたことを話したから、催促したようで気まずかったが、トオルは礼を言って芋を押しいただいた。
時間が早かったのでアパートに帰って焼き芋にした。学生たちが焚火を取り巻く。見方によっては犯罪の証拠隠滅を図る犯人グループのようで、あまり気持ちの良い光景ではないが、芋の量は全員に満腹感を与えるのに十分だった。