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再会

「───アヤ?」


なぜその声に振り返ってしまったのだろう。

二度と会うことはないと思っていた彼の姿を見て、綾恵は一瞬後悔した。

かっちりとしたスーツを着て佇んでいるのは、記憶の中よりも少し大人になって、想像していたよりもずっと精悍になった諒真だった。

お互い年齢を重ねているはずなのに、一瞬で高校生の頃の気持ちが戻ってくるのが分かる。

ずっと心の奥に押し込めていたはずなのに、何年もの間仕舞っておいたはずの恋情が溢れるように呆気なく綾恵の心のすべてを染めた。


「諒真?なんで…」

「あぁ、仕事先の、結婚式に呼ばれててね」

「そう…」


仕事はどう、とか、今もあの家に住んでいるの、とか梨香は元気にしているの、とか。

聞きたいことは止めどなく溢れてくるというのに、むしろ溢れてくるからか言葉にならず思考を上滑りするように流れていく。


「元気」

「葛城さーん」


元気だった?と問いかけようとしたその時、後ろから明るい声が綾恵を呼んだ。


「あ、若松くん」

「葛城さん、飯野さんが探してましたよ。二次会の受付するんですよね?」

「いけない!もうそんな時間?」


慌てて時計を見ると約束していた時間が迫っている。


「ごめんね。もう行かなきゃ。じゃあね」

「…あぁ」


連絡先は変えていないから。

そう続けたくなって諒真を振り返った綾恵は言葉を紡ぐことも出来ずに息を飲んだ。

綾恵を見下ろす諒真の目は、いつか見た何も写していないような暗い目だったから。

一瞬でもあの優しかった瞳が返ってくるのではないかと期待してしまった自分は、どこまでおめでたいのだろう。


───勝手に期待して、勝手に落ち込むなんてね。


居心地の悪さを誤魔化すように、綾恵はじゃあ、と諒真に向かって手を振るとその場を後にする。


「───名字、変わったんだな」


それを見送る諒真の呟きは、誰も拾うことなく落ちていった。


◇◇◇


「かっつらぎー。こっちこっち」


盛大に後ろ髪を引かれつつ、綾恵を探しに来た若松と二次会の会場へと急げば、綾恵たちに気がついた同期の飯野がヒラヒラと手を振る。


「新郎を待たせてごめん」

「全然、まだ時間前だし。これ出席者リストな。これ渡しておきたくてさ、急かして悪かったな。沙耶のほうは吉野に頼んであるから」


飯野の新婦である沙耶は綾恵の後輩だ。

当然、彼女の同期である吉野も綾恵と共に働いているため、気心も知れていて心配することはないだろう。

わかった、と綾恵が頷くと、飯野は頼むなー、と告げて早々に会場へと戻っていった。

何しろ今日の主役の1人だ、二次会とは言え開場前となれば忙しそうだ。


会場の入り口は、既に受付も設置されていて準備は済んでいるようだった。

早めにきた招待客を待たせずに済むよう、綾恵は早々に受付に入るとリストにざっと目を通す。

そのリストに載る一行に一瞬、綾恵は目を疑った。


《生島 諒真》


見間違いかと、先程の再会の衝撃を引き摺った幻覚かと改めて見直すも、その文字は消えることなく表示されている。


───諒真に、会える。


諒真は仕事先の結婚式に、と言っていたことを思い出す。

となると、飯野の招待客ということだろうか。

そこで綾恵は首を捻る。

飯野と綾恵は同じチームで仕事をしている。

飯野と仕事で繋がりがあるということは、当然綾恵も関わっているはず。

しかし飯野たちが担当している企業の殆どは都内ばかりで、綾恵の育った地元の企業を担当したことは無い筈だ。


「葛城さぁん。遅くなってごめんなさい」


ふと思考の波に飲まれそうになったところで、柔らかな声に現実に引き戻される。

はっと顔を上げると、くりくりとした可愛い瞳をした吉野が綺麗に整えられた眉を下げて綾恵を見上げていた。


「あ、ううん。時間前だし全然大丈夫よ。これ、飯野くんから預かった招待客リストだけど───」


◇◇◇


「飯野さんのお友だちって、格好いい人ばかりですねぇ」


開場時間が近くなるにつれ、段々と集まってきた招待客を案内しながら、吉野が呟いた言葉に思わず綾恵はそうね、と苦笑を洩らした。


「沙耶が、二次会は大規模な合コンだと思って来いって言ってた意味がわかりました」

「あはは。沙耶ちゃんそんな事言ってたの?」

「そうですよー。飯野さんの周りの有望な独身男性に声かけるから、張り切って来いって。でも納得です。さっきの、生島さん?カッコ良かったですよねー」


吉野から出た諒真の名前にギクリとするものの、そうね、と相槌を打つと特に気にした様子もなく吉野は会場に目を向けた。

既に二次会はスタートしており、二人は遅れてくる招待客のため未だに受付に詰めているが、あらかた招待客も到着しておりそろそろ受付は落ち着いて来ている。


「大体いらしてるみたいね。後は私が見てるから、吉野ちゃんは会場に入っちゃえば?」

「え。いいんですか」

「うん。あとはホテルのスタッフにお願いできるし、大丈夫だよ」


ひとまず現在集まった会費を確認すると、お言葉に甘えて、とソワソワしていた吉野は会場へと入っていく。

それを見送った綾恵は、受付のカウンターを簡単にまとめて片付けていく。

会場ではビンゴが始まったらしい。

司会が何か叫ぶ度に、会場からはどよめきのような笑い声が響いてくる。


───あの中に、諒真がいる。


そう思うと、胸の奥がきゅう、と締め付けられる。

先程、受付に訪れた諒真を対応したのは吉野だったが、その隣で綾恵は無意識に神経を尖らせてその挙動に集中してしまった。

しかし諒真はそんな綾恵に目を向けることもなく、吉野に柔らかく礼を告げると会場へと入っていった。

やっと薄くなった胸の痛みが、また鋭くなったことに綾恵は薄く息を吐いた。


ぱらぱらと遅れてきていた招待客の足も途絶えて、そろそろ受付は締めて良い頃あいだろうとホテルのスタッフに先程確認したばかりの会費を預けると、綾恵はそっと会場の壁際に身を寄せた。

披露宴と違って、親族や会社のお偉方もおらず同世代で集まる二次会は、どことなく学生時代の文化祭やその打ち上げを彷彿とさせる賑やかさがあった。

ビンゴも佳境を迎えたのか、賞品のテーマパークのチケットを当てた男性が高砂の側でガッツポーズを決めている。


「お、来たかー」


同じく壁際に若松の姿を見つけて近寄ると、彼の側には上司である芳賀の姿もあった。

綾恵と飯野の2期上の芳賀は、彼らの所属するチームリーダーだ。


「はい。あらかた来たようだったので。そろそろビンゴも終わりですかね?」

「あぁ。目玉賞品も大体捌けたみたいだな」

「芳賀さんは?」

「聞くな」


芳賀は苦笑いしながら殆ど穴の空いていないビンゴカードをヒラヒラと振る。

その隣の若松に至っては、もう諦めたのかビンゴカードを持ってすらいない。


「それにしても飯野さん、早業でしたよねー」


ビンゴ!という叫びに笑顔で賞品を渡す飯野と沙耶の様子を見ながら、若松はぼやくように溢した。


沙耶は入社2年目、綾恵や飯野たちのフロアに配属されて1年と少ししか経っていない。

しかし配属当日に沙耶に一目惚れしたという飯野は、その日を境に言い寄る女性を全て遠ざけ(爽やかな見目と資格職とあって飯野はかなりモテる)、3ヶ月ほどかけてなかなか頷かない沙耶を口説き落とし、交際を了承させた翌日には沙耶を連れてこの式場の予約を押さえたという。


「いずれ辿る未来なら早い方がいいだろ、って言ってましたけど、なかなか出来る決断じゃないですよねー」


躊躇いなくそう言いきった飯野に、若松は尊敬を滲ませた眼差しを送っている。


「それだけ本気なんだろ。逃したくないと思えばそれくらいやるかもな」


芳賀も目元を緩めて高砂の二人を見遣る。


「おぉう。じゃ、芳賀さんもいきなり結婚するタイプですか」

「はは。そうかもな。むしろ先に入籍を急ぐかもしれん」

「マジで逃す気無いやつじゃないですか」

「こいつだと思えばそうなるんだよ。…たぶん」

「そういうもんですかねー」


芳賀と若松のやり取りを聞くとも無しに聞いていると、ビンゴが終わり歓談となった。

会場をぐるりと見回した飯野と目が合うと、笑みを浮かべてこちらへと向かってくる。

途中、誰かに気づいたのか足を止めて一言二言交わすと、連れだって綾恵たちのもとへとやって来た。


「芳賀さん、ありがとうございます」

「おう。おめでとさん。───あぁ、生島さんもいらしてたんですね」


芳賀は飯野と共にやって来た諒真に体を向けてにこやかに挨拶を交わす。

すぐ側に、諒真がいる。

それだけで綾恵の心臓がバクバクと音をたてている。

どんな反応をすれば良いのかわからない。

そもそもこんなに心臓が煩く鳴っていて平静を保てるとも思えない。

にこやかに芳賀と挨拶を交わす諒真から目を離せずにいると、それを見ていた若松が、驚いたように目を丸くしていた。


「あれ、そういえば生島さん、さっき葛城さんといましたよね?」

「あ、そうです。高校の同級生なんですよ。こんなところで会えるなんてびっくりしました。なぁ」


諒真は綾恵に同意を求めるように視線を向ける。


「…あ、うん、そうなの。卒業以来だよね?…ビックリしちゃった」


突然話を振られて一瞬戸惑ったものの、慌てて取り繕って笑顔を張り付ける。

心臓はまだバクバクと跳ねているが、隣に立つ若松に聞こえてはいないだろうか。


「へぇ。じゃぁ二人は同郷なんですね。それなら打ち合わせに葛城も連れていけば良かったな」


芳賀が穏やかな笑みを崩さずに諒真と和やかに会話を進めている。

この様子を見るに、どうやら諒真はクライアントのひとりらしい。

しかし最近、綾恵の地元の企業を担当したことはなかったはず…。


「あー、業務では顔合わせたこと無かったな。生島さん、ご存知かと思いますが、こちらは私の部下の葛城です。普段は主にデータ分析などの後方支援にあたっています。何かの折りにお伺いすることも有るかと思いますので宜しくお願いします。

葛城、こちらは斎藤建築の生島さんだ。東京事務所の開設でご縁があったのは知っているだろう?」

「あ、斎藤建築…」


斎藤建築は、諒真が高校卒業と共に就職した建設会社だった。

社長の斎藤とは、高校生だった綾恵も何度か顔を合わせている。

最近東京に事務所を構えるにあたり、新規で請け負ったばかりのクライアントだった。

よくある社名だったのと、所在地が東京であることで全く気がつかなかった。


───ずっと、頑張ってたんだ。


綾恵が諒真と離れていた期間は長い。

勤め先が変わっていない

それだけでも綾恵が知っている諒真のままのような気がして、綾恵の心の奥が少しだけ暖かくなった。

紹介が済むと、諒真は再び芳賀との会話に戻った。

その瞳が綾恵に向くことはないことに、ホッとしたような寂しいような気持ちを押し込めた。

諒真を見つめてしまわないように、それでも視界の端にいる諒真の挙動に神経が向いてしまうことを止められずにいる自分に、回りに気づかれないようにそっと息を吐いた。

その時、そんな綾恵の様子に芳賀が何度か視線を走らせていたことに、諒真の様子に気を取られ過ぎていた綾恵は気がつかなかった。


ありがとうございました。

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