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変わらぬ想い

諒真の両親を見送る告別式は、諒真と梨香、真鍋と綾恵の家族だけで質素ながらも滞り無く行われた。

身内だけの気安さのせいか、諒真も昨晩よりも幾分か緊張の解けた様子で、それでも喪主として気丈に振る舞っていた。

昨晩の諒真はあの後、綾恵に抱きつくようにただ頭を綾恵の肩に押し付けて暫く肩を震わせていた。

綾恵は何も言わずにただ諒真の背中を擦ることしかできなかったが、やがて諒真は憑き物が落ちたかのようにスッキリとした表情で起き上がると、小さくありがとうと呟いた。


無事に両親の葬儀を済ませた諒真は、その翌日から登校した。

随分と憔悴していた梨香が、家にいると落ち込んでしまうからと早々に小学校に通うと宣言したためだ。

事故の原因となったトラック会社との折衝や、両親の死による相続の手続きなどは、代理人となった真鍋が当たることとなり、諒真ができることはそう多くないから、と梨香と同様に登校することにしたのだった。

遺された諒真も梨香もまだ義務教育中の未成年ということもあって、綾恵の母は二人の今後を随分と心配したが、諒真は父も安心するだろうから、と真鍋に後見人を依頼した。

諒真の父親からも頼まれていただろう真鍋ももとよりそのつもりだったらしく、葬儀の後、既に用意されていたいくつかの書類を取り出すと、一枚ずつ丁寧に説明していった。

真鍋という後見人を得た諒真と梨香は、ひとまずこれからの生活の目処はつけることが出来たのだった。


◇◇◇


「おはよー」


綾恵は合鍵を使って諒真の家の鍵を開けると、慣れた足取りでキッチンへと入っていった。

手には味噌汁が入った小鍋を握っている。

コンロに小鍋を置くと、冷蔵庫を開けて卵とハムを取り出す。

迷うことなくフライパンを出すと、コンロを点火し、ハムと目玉焼きを焼いていく。

ハムの焼けるいい香りがキッチンに満ちた頃、カチャリとドアが開いて梨香が顔を出した。


「アヤちゃん、おはよう」

「梨香ちゃんおはよ」


にこにこと笑顔で挨拶を交わすと、梨香は慣れた手つきで炊飯ジャーからご飯をよそう。


「お兄ちゃんは?」

「まだ起きてきてないね。遅くなっちゃうから、梨香ちゃん先に食べちゃおう」


梨香を促して席に座らせると、温めた昨日の晩御飯の残りの煮物と焼き上がった目玉焼きを並べる。

持ってきた味噌汁を椀に盛り付けて焼きのりを出せば、朝御飯の完成だ。


「いただきまーす」


綾恵と梨香は、胸の前で手を合わせると、揃って朝食を食べ始めた。

朝食を済ませてランドセルを背負った梨香を玄関で見送ると、綾恵はキッチンに戻って食器を洗う。

ひと通り片付くと、お湯を沸かしてコーヒーを淹れた。

まだ熱いコーヒーを一口、二口とゆっくりと飲んでいると、カチャリと戸を開けた諒真がキッチンに入ってきた。

起きたままのスウェット姿で、まだ眠そうにその瞳はぼんやりとしている。


「おはよ」

「…おはよ。ごめん、寝過ごした。梨香は?」

「もう学校行ったよ」


諒真はそっか、と呟いてラップがかかった目玉焼きを電子レンジに入れると、ご飯をよそって綾恵の正面に腰かける。

暖め直した味噌汁を置くと、目を細めて美味しそうにすする。


「ありがとう」

「どういたしまして。春休み中は私が朝御飯係りね」

「そんな。悪いよ」

「…私が、諒真と一緒にご飯食べたいから」

「…ありがとう」

「食べたら早めに行こう。教科書販売、午前中までだって」

「わかった」


時計をちらりと確認した諒真は、心なしか少し急ぐように食事をする。

それをコーヒーを飲みながら、綾恵はぼんやりと眺めていた。


諒真の両親が事故に遭ってから、半年以上が過ぎた。

諒真は真鍋や綾恵の母の力を借りながら、なんとか梨香と二人で生活を送っている。

両親を亡くした直後、諒真は進学先を夜間の高校へと変更すると言い出した。

昼間は働いて梨香を養い、夜に高校に通うつもりだったらしい。

しかしそれは周囲の猛反対に遭い、結局真鍋が両親の遺した財産で二人の生活が問題なく送れること、高校の夜間部は卒業に4年はかかるため、却って社会に出るのが遅くなると説得し、進路はもともと志望していた県立高校に落ち着いた。

諒真は思うところもあったようだが、結局は真鍋の説得に折れ、無事に受験も卒業式も終えて、二人は入学式を待つ早めの春休みに入っていた。

綾恵ももともと諒真と同じ県立高校を第一志望にしていた。

二人は腐れ縁よろしく、また同じ高校へと進学することになっていたのである。


「行こうか」


手早く支度を済ませた諒真に声を掛けられて、綾恵は慌てて玄関へと向かった。

鍵を締めて歩き出すと、諒真はごく自然に綾恵の手を取り指を絡める。

それが嬉しくて、思わず笑みが零れる。

この手を離したくない。

今はまだ出来ることなんて殆ど無いけれど、いつかは諒真の力になりたい。

綾恵の肩に顔を埋めて震えていた諒真を、ただ抱き締めることしか出来なかったあの日からずっと心に抱いている気持ちを注ぐように、綾恵はきゅっと握られた指に力を込めた。


◇◇◇


「行ってくるね」


朝食の片付けを共に済ませると、諒真は時間を気にするように立ち上がった。


「うん。帰り、遅くなる?」

「多分時間通り、かな。わかんないけど」

「そっか。気をつけて行ってきてね」


財布とスマホをいれただけの小さな鞄を背負うと、諒真は綾恵を振り返る。


「アヤは?夏期講習何時から?」

「私ももう行かなきゃ」

「じゃ、一緒にいこ」


一緒に玄関を出て、駅へ向かう。

自然と手が触れあい、指が絡まる。

今日の夕飯は何がいいかとか、他愛もないことを話しているうちに駅に着くと、二人は名残惜しげに手を離して改札を抜けてそれぞれの行き先に向かった。


綾恵と諒真は、高校3年生になった。

高校入学前の春休みに、綾恵が諒真と梨香に朝食を作るようになると、それは自然と高校入学後にも続き、やがて朝食の準備と共に弁当も作るようになり、綾恵が諒真に毎朝弁当を渡すのも毎朝の風景となった。

中学生になった梨香は、部活にも入り朝練に午後練にと忙しくも楽しそうに通学している。


受験を控えた綾恵はこの夏休みには毎日のように予備校に通っている。

一方の諒真は、早々に就職先を決めていた。

諒真の父親のかつての取引先の社長が、諒真が高校卒業後は就職すると聞くなり是非にと声を掛けられて、その社長の経営する建築会社に随分とあっさり採用が決まってしまったのだ。

諒真はそのまま働く気でいたようだが、社長は勤務時間を考慮するから、と夜間の大学への進学も勧めていた。

諒真は考えてみる、と返事をしたまま夏休みに入り、受験の準備をする様子のない諒真に、綾恵は何となく聞くに聞けないまま、予備校の夏期講習へと向かったのだった。


「橋上」


予備校の教室で、綾恵が授業の開始を待っていたところに声を掛けられて振り仰ぐと、クラスメイトの高橋が立っていた。

高橋は中学校からのクラスメイトで、唯一綾恵と諒真と同じ高校に進学していた。

特に諒真とは中学時代に同じバスケットボール部だったこともあって仲が良い友人だった。


「珍しい。ひとり?生島は?」

「諒真はバイト。就職先に頼まれて臨時で通ってるの」

「ふぅん、ホントにあいつ進学しないの?」

「まだ決めかねてるみたいだけど…。就職も決まってるし」

「地元の国立大なら二部あるじゃん」


あいつなら余裕だろ、と高橋が続けたところで講師が登壇し、始まった講義に二人の会話は中断した。


「ただいま」


1日集中講義を受けて、綾恵が家に帰りついたのは、夕方遅くになってからだった。

夏至も既に過ぎて、少しずつ早くなった夕暮れに帰り道を焦るように足早に帰り、母親に梨香と晩御飯を作ってくると声を掛けるとすぐに玄関にとって返す。

その時、いつもならこんな時間にいるはずのない父親が、リビングで新聞を読んでいる姿が視界の隅にチラリと映る。

珍しいなと思うも、お盆休みの時期なのだから本来なら家に居ることに何もおかしなことはない。むしろ仕事にばかり追われているのが異常なのだと、己の感覚がおかしくなっていることに苦笑を浮かべて、綾恵は隣家へと向かった。

この時間、特に何もなければもう諒真はバイトから帰ってきているはずだ。


「アヤちゃん、今日餃子にしよ、餃子!」

「諒真はまだ帰ってきてないの?」

「ううん。アヤちゃんが来るちょっと前に帰って来たよ。部屋にいる」


生島家に上がると、梨香が嬉しそうに材料を取り出していた。

今度皮から作りたいね、などと話ながら二人で夕飯の支度を進めながら、ふと綾恵はキッチンにもリビングにも諒真の姿はないことに妙に胸がざわついた。

しかし諒真が部屋に籠るのは珍しいが、食事の支度の慌ただしさに、綾恵はその違和感を思考の隅に押しやった。


「───アヤ」


夕飯のあと、片付けも済ませて帰ろうと靴を履いた綾恵を引き留めたのは、静かな諒真の声だった。

夕飯の用意ができるまで、諒真は部屋から出てこなかった。

食事中も、どこか心あらずと言った様子で言葉少なに済ませると、またしても早々に部屋に戻ってしまっていたが、ようやく出てきたかと思って振り返るとそこには暗い目をした諒真が立っていた。

いつにない諒真の様子に、ずっと胸に蟠っていた違和感が質量を増した気がした。

何か言わなきゃ、そう思うのに何も言葉が見つからない。

焦るような気持ちで言葉を探していると、それを遮るように諒真は口を開いた。


「いつも、ごめん」

「え」

「アヤも勉強に集中しないとマズイだろうし、もうこういうの、いいよ」

「諒真?」


ドクンと胸が波打つ。

聞きたくない。

もう何も言わないで。

そう言いたいのに、まるで金縛りのように動けない。

しかし諒真は、そんな綾恵に動じた様子もなく淡々と告げた。


「今までありがとな。もう、終わりにしよう」

ありがとうございました。

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