第10話
12月になると商店街もクリスマスの飾り付けなどでにわかに忙しくなると、私たちも試合と練習の合間をぬってお手伝いをしていきます。今年は飾り付けのコンテスト的なものはあったのかな?
そして今日のクリスマス大会に初参加となりました。これはハロウィン大会の時に言われたんですけど、試合で使用する仮装コスチュームや小物などは自前ということだったので何もできませんでした。駅の向こうの驚くほど安い殿堂のお店で揃えてもよかったんですが、せっかくなら力の入ったものがいいかなーって思ってまして。商店街の協力があるとはいえ私がやってみたいコスチュームは相当なお金がかかりそうなので何も用意することもなくいつもの格好で試合に臨みました。一応キャンディーがいくつか入った小袋を投げ入れるくらいはしましたけどね。今日もそんな感じにする予定です。コスチュームが赤だったらサンタっぽくなれたんですけどね。緑ならモミの木になって100円ショップでオーナメントや電池式のイルミネーションが使えたし、茶色ならツノのカチューシャを付ければトナカイになれたんですけど黄色だからなー。おとなしくサンタ帽と小さなプレゼントを入れる白い袋にキャンディーを入れて配ることにします。
あら、松本さんはドレッドヘアーをやめたんですね。やっぱりいつものショートボブの方がお似合いですよ、見慣れてるだけかもしれまでんけど。それにしても今日のコスチュームはお金がかかってそうですね。パーティグッズとは素材も作りも違うのが素人の私にも分かりますよ。襟と裾に白いふわふわのついたケープにミニスカート、シューズまで白いボンボンのついたお揃いです。赤じゃなくてピンクなのが松本さんらしいです。
その他の先輩たちや同期の皆さんもそれぞれコスチュームを変えたり変えなかったりしましたがコミカルな試合を繰り広げ、来てくれたお客さんも終始楽しく過ごせたんじゃないでしょうか。普段はシリアスで激しい戦い方なので、そのギャップが凄すぎて出場していた私もびっくりです。
大会終了後は動画の上映会が始まります。今回は昨年と違って道場、事務所、合宿所などの関係者以外立ち入り禁止の区域を探検風に紹介するものでした。なんと!堀田さんがサファリルックにヘルメットというイデタチで張り切っていました。「おーっと!ここは何があるんだ?早速入ってみましょう!」なんてオーバーな表現で案内していますが、こんなの(と言ったら失礼でしょうけど)見てて楽しいのかな?と人ごとのように見ていましたが、どこかの扉を開けるたびに「おおーっ!」とか「こんな風になってるのかー」とか普段見られないところを見ることができて良かったみたいです。そういえば私のデビューまでしかやらない予定だった公開スパーリングを続けてほしいっていうお客さんでしたね、どれだけマニアックなのよって思っちゃいましたよ。
その後は商店街のお正月の準備のお手伝いを中心に忙しく過ごし、31日にはCS放送で年越しプロレスを観戦します。去年は「この大晦日の深夜に試合をするなんて、皆さん頑張ってるなー」くらいしか思ってなかったのでしたが「あの選手のあの技はなんだろう」「ああいう風に動けたらいいなー」「おおー、そのタイミングでその技を出しますか!」「この選手は地味だけど基本ができてますね」(←お前が言うな)みたいに思いながらの観戦です。そっくり真似をする訳じゃありませんが、私の今後の戦い方に活かせたらいいなと思います。
年越しプロレスを見終わると同期の皆さんと初詣に出かけます。上田さんに許可を取り、堀田さんの辛口ファッションチェックを受けながらもわちゃわちゃしながら神社へ向かいます。途中の屋台の誘惑的な匂いに負けないように頑張って本殿までやってくると、すでに大勢の方々が並んでいます。順番を待って私たちの番になると、この一年ケガもなく過ごせた事、無事にデビューできた事を報告してから、今後の試合でもし、万が一、もうちょっとで勝てそうってなったら、ちょっとだけ力を貸してください、背中を押していただけると嬉しいかなーとか、お願いにならないように気をつけてお祈りをします。『おう、その時になったら任しとけ』もちろんそうなるように毎日頑張っていきますけどね。他の皆さんには内緒だけど、たまに神社まで走りに来てたりするんですよ?
そして一月の年初め大会の次の大会の時に、団体の皆さん、お客さん、商店街の皆さんに成人式のお祝いをしていただきました。大会の始まる前にリングに上がるようにスタッフの方に伝えられると、その日のお昼に撮影された晴れ着姿の写真を引き伸ばして額装されたものと花束を用意してくれたようで、渡された時にお客さんから「おめでとー、これからも頑張れよー」「早く1勝できるようになー」などの声援をいただきました。
そんな事聞いてないよー!かなりびっくりしちゃいましたよ。オタオタしている私をリングの下で上田さんや同期の皆さんがサプライズ成功!みたいに笑っています。テレビのバラエティ番組で「こんな事、途中で気付くんじゃない?」なんて思っていましたけど、いざ自分の事となったら分からないものですね。ちなみにカメラマンさんは他の人も撮影してたので何にも疑ってませんでした。リング上でなぜか胴上げを3回されて、4回目に落とされるというありがたくないおまけ付きでしたけど。
その日以降の試合でも相変わらず負け続けていますがギブアップするまでの時間がちょっとずつ長くなり自分からも攻撃がてきてくるようになると、お客さんからの声援がだんだんと変わってきているように思えます。今までは「新人頑張れー」みたいな応援がほとんどだったのですが、近頃は「今だ、ガンガン攻めろー」とか「そのまま離すな、決めろー」とか「ロープ近いぞ、逃げて逃げて!」とか「ロープにすぐ走るな!カウンターが!ああーーー」とか。なんだか声援というよりも試合のアドバイスのようなセコンドに言われるような言葉が聞こえてきます。ただ応援してくれているだけでなく私が頑張ってちょっとずつ成長しているところを見てくれているんだな、なんて思ってしまいます。これからもお客さんの声に応えられるようにならないといけませんね。
1月が終わる頃、ドライバー兼通訳を務めるスタッフさんと一緒にジャスミンさんを迎えに空港へ車で向かいます。私とスタッフさんとジャスミンさんしか乗らないのになぜかミニバンていうんですかね、6人くらい乗れる大きな車です。そしてなぜか私が同行するのも不思議なんですけど。堀田さんが非常に悔しがっていましたが、堀田さんには外せない用事があるらしくて泣く泣く諦めてもらいました。そんな同情を誘うような下から目線で私を見ないでくださいよ、道場に来たら会えるんだからいいじゃないですかと思ったんですけどね。
空港の入場ゲート近くで待っていると、大きめのカメラを担いだ人たちが外国人の方にインタビューをしている姿を見かけます。あれ、もしかしてテレビの”日本に来た理由を教えて?”かしら。もしそうだったら面白そうだなーなんて思いながらジャスミンさんが到着するのを待っています。本当に空港で取材してるんですね、びっくりしました。合宿所に入ってからは見なくなったけど好きな番組だったのよね、外国人がノープランで日本中を旅行したりヒッチハイクで目的地まで移動するのをただ密着取材するだけなのに妙に気になって面白かったなー。あら、もしかしてインタビューを受けていたのはジャスミンさん?二重にびっくりです。さすがアジアを代表する女優さんだけあってテレビの人は黙っていませんでしたね。
何かのやり取りが終わったようで、しばらくするとジャスミンさんがこちらに気づき向かってきました。一緒に来日してきたお連れの方(?)と軽く挨拶します。それにしてもこの荷物…何人分の何日分ですかってくらいの旅行カバンとひときわ大きな箱があります。(お連れの方の荷物は1コでした)結局、テレビの密着取材はいろいろなところに許可を取らなければいけないということで、後日相談ということになったようです。何やら中国語と英語と日本語でスタッフの方と打ち合わせっぽいことをしているとジャスミンさんが私に気づきます。慌てて挨拶をすると「オー!キューティー5の子ね、今もポーズ決める、デキマスカー」い、いや、ここではちょっと…と言っても道場でもやりませんからね。
それにしても覚えていてくれたんだ、嬉しいなー。しかもこんな有名人に。お兄ちゃんに自慢したらなんて言うかなー。驚くかなー。信じるか信じないかはお兄ちゃん次第ですけどね。
荷物を車に積み込み道場に戻ろうとするとお連れの方が見当たりません。ん?どこに行ったんでしょう?
「彼はここまでデスネ。道場へ行くハ私だけデスヨー」
ここからは別行動ですか、この後はアキハバラかシンジュクかどこかですか、そうですか。これだけの荷物を下ろすの大変だなー。
車中、ドライバーさん経由でときどき通訳をしてもらいながらカタコトの日本語が混ざりながらでもアニメとか日本の食べ物とかの話をしていきます。どうやら前回の来日から今日までに日本語を勉強してしてきたようで、語尾とかアクセントが微妙だけどなんとか会話は成り立っていましたよ。日本語って勉強するのに世界一難しいって聞いたことあるけど、それを2年ちょっとで日常会話がなんとかでもできるようになるなんてすごいなー。私は小・中・高と英語を勉強してきたのに読んだり書いたりはちょっとできるくらいで会話はできないもんなー。スターになる人は私みたいな普通の人とはどこか違うんでしょうね。なんて考えていたらあっという間に道場に到着です。
次話は3月5日を予定しています