第8話
前話にちょっとだけ追加しました。よろしかったらそちらもご覧ください。
デビュー戦が終わったからといっても今日はこれでおしまいってわけではありません。すぐにセコンドの仕事があり、試合終了後には会場の後片付けやその他の雑用なんかもいつも通りです。そしてまたおめでとう会を開いていただきました。そこでは私の試合の感想と、この後どうしていけばいいかを教わろうと思います。
「出だしは調子良かったけど、5分過ぎからバテちゃったわね」
「持久力を鍛えないといけませんね」
「ペース配分とか考えてなかったでしょ」
皆さんのお話を総合するとそんな感じですかね。ペース配分なんてしたことないからよく分かりません。どうすればいいんでしょうか。
試合開始から思った通りに動けたから調子に乗っちゃったのはあったかもしれませんけど、持久力は練習後にちょっと長めのジョギングとかを追加した方がいいのかな?この辺りは先輩たちに相談ですね。反省会と言った方が良かったんじゃないかと思うくらいのデビューおめでとう会がこうして終わりました。
翌朝起きると、体中が痛くてちょっとだるいです。同期の皆さんや先輩たちは試合の次の日はこんな体調になっても試合をしてるのかと思うと、本当にすごいなーって感心してしまいます。
そんなことを考えていた私にも試合が組まれていました。今日の相手は松本さんです。立野さん曰く、宇野さんよりもトリッキーで何をしてくるか分からない、と言うんですけど、試合を見ているとにわかに信じられないんですよね。でも実際に戦ったり前の競技でご一緒していた立野さんのアドバイスなので参考にした方がいいかもしれません。しかも新人に負けたのをすごく気にしているようなので、特に気をつけなさいよと念を押されました。これはちょっと軽く構えるだけじゃ危なさそうですね、私のできる範囲で気をつけたいと思います。
そろそろ試合が始まるという、まだまだ慣れない試合開始前の緊張感の中、控え室の外に出て準備をしていると会場が暗くなります。試合開始のアナウンスと同時に松本さんの入場曲が流れ始めたので私はリングに向かいます。今日は同期の皆さんの姿が見えません。これからが本当のプロレスラーとしての戦いが始まるんだなと、なぜかそんな風に思いながら気合を入れてリングに上がります。
曲に合わせていつものように通路からリングの周りからお客さんに手を振り、笑顔を振りまきながらリングに入ってきました。相変わらずフリフリの可愛いコスチュームです。
「赤コーナー、100パウンドー、松本ー、ひなーこーーー!」
ボディチェックの後、握手をするのに両手を出していると松本さんもそれに応えて両手を出してくれました。
「パチパチパチー」とお客さんから拍手。そしてゴング!
まずはロックアップから力くらべ、ぐっと力を入れると松本さんが下がるので、そのまま私はロープへ押し込むとロープブレイク。いったん下がってからまたロックアップ。今度は私がロープまで押し込まれてブレイク。離れ側に松本さんは私の頭をポンポンと撫でて後ろに下がります。ん?何ですかそれ。変な気分になりながらもリング中央まで戻ってからロックアップ、ヘッドロックから流れるように投げられて袈裟固めへ。私はヘッドシザースで返そうと足を伸ばすと松本さんはそれを避けたので足が掛かりません。そのままグイグイと締められていきます。それでも何とか体を動かして足をバタバタさせて袈裟固めから逃れてもヘドロックは外れません。そこから立ち上がり松本さんの腰にエルボーを当てながらロープへ。
「ロープ!ブレーイク!」
レフェリーの声を聞いた松本さんは体を入れ替えて私を反対側のロープへ投げ、返って来たところにショルダータックル、倒れた松本さんを見ながらロープへ走りもう一度ショルダータックルをしようとしたらドロップキックを受けてしまいます。受け身をとってロープ側に転がっていくと、松本さんはヘッドスプリングで起き上がりお客さんにアピールをしています。
私は頭を押さえながら立ち上がりロックアップをしようと手を伸ばすとワキの下をくぐられて背後に回られると、お腹のあたりでグッと両手で組まれたかと思ったら後ろに投げられそうに!ちょ、危ないじゃないですか!急いで松本さんの腕を掴みながら踏ん張って投げられるのを防ぎました。
いやー危ない危ない、あれってきっとジャーマンスープレックスよね。そんなので投げられたら今の私じゃ身動き取れなくなっちゃいますよ。松本さんは何を考えてるんでしょうか。
体勢を立て直しロックアップ、私がヘッドロックで捉え力を込めて絞り上げると、お腹の辺りをペシペシと叩かれ何をする?って思ったらまたもや両手でがっちり組まれて後ろに投げられそうに!ちょ!またですか!!足がちょっとだけ浮きましたよ!今度はバックドロップですか!なんて大技狙ってるんですか!!危ないなあ。
足をバタバタさせて技をしのぎ、その勢いでヘッドロックホイップから袈裟固めへ。これは掛かる前にヘッドシザースで返されました。足を外そうとすると余計に力を入れられるので外すことができません。ヘッドシザースってきっちり掛かるとヘッドロックと同じかそれ以上にキツいです。
そこから体を起こして足を伸ばして座った状態にしてから松本さんのヒザの内側を手で押してヘッドシザースから逃れるとそのまま首に手を回して袈裟固めへ。またヘッドシザースが来ると思ったので今度は掛からないように素早く足を払いのけてから立ち上がります。
「おおー、パチパチパチ…」
いやー、危ないったらありゃしない。大技だったり搦め手だったり、本当怖いわー。
何度目かのロックアップ、ヘッドロックからサイドヘッドロック、フライングメイヤーときたら次はスリーパーホールドかな?と思ったら背中にドン!!!と衝撃が!思いっきり蹴られてうぐっと息がつまるといきなりフォール!
「ワン、ツー!」何とか足の勢いを使って体を跳ね上げて肩を上げますがすぐにフォール!
「ワン、ツー!」今度は片足を掴まれながらだったので腕だけで肩を上げますがまたもやフォール!
「ワン、ツー!」今度はさっき上げた肩の方の腕を押さえてすぐにフォール!
「ワン、ツー!」何この連続フォールは!とにかく体をねじって肩を上げます。あーしつこかったなー。もう肩を上げただけなのに急に疲れを感じちゃいましたよ。松本さんは一体どうしたっていうんでしょうか。これが立野さんが言っていたトリッキーなことなんでしょうか。試合前にアドバイスをもらってなかったらもっと慌ててたかもしれないし試合が終わってたかもしれません。
「5分経過、5分経過ー」
もしかしたら少しでも早く勝負を決めようとしているんでしょうか。そういうことなら昨日の試合の疲れとか残ってますけど、まだまだスタミナも体力もありますよ。
それにしても今日の試合は日頃の練習でやってた事と違うところとあって大変ですよ。それでも何とか体が反応できてるみたいでちょっと嬉しいです。
今度は寝技で攻めてきます。首に手を掛けられたり腕を取られたり足を攻めてきます。自分なりに対応してはいるんですがどうしても技をかけられないようにするだけで精一杯で、技が決められそうになる度にロープに逃れていきます。そしてロープブレイクをするたびに背中や腰に蹴られたり踏みつけられたりします。こう言ったら失礼かもしれないですけど、基礎となる寝技はさすが先輩といったところでしょうか。逃げるだけで精一杯です。
そんな私を見かねてか、レフェリーが一旦松本さんを離して立つように促してきます。ちょっとだけ一息つけたけどまだ試合が終わったわけではありません。私の方から向かっていくと、またわきの下をくぐられて背後を取られると足を払われて前に倒されてしまいます。とっさに受け身を取ると両足を折りたたまれてしまいます。そこから片手で足を固定されたまま正座のように背中に乗られ、もう一方の手でアゴを掴まれてグイグイと引っ張られて背中を反らされてしまいます。アゴを掴まれた手を気にしながらロープまで逃げようとすると、松本さんがひっくり返って私が上に乗っかった状態になります!(※1)自分の体重と松本さんが引っ張る力で体が余計に反っていきます!掴まれたアゴも痛いけど腰が痛い!両手でアゴの手を外そうとしたりその技からから逃れようと暴れると、偶然にも技が崩れ、何と私が松本さんをフォールしちゃってますよ?
「ワン、ツー!」
私のフォールを返したあとしばらく呆然としていた松本さんは人が変わったかのように私に対してストンピング!そして腰にエルボーを叩きつけてきました。そしてフォール!
「ワン、ツー!」
休む暇もなくフォールされ、何とか返しますけど力が入ってるような入ってないような感覚です。
両足を掴まれてリングの中央まで引っ張られるとそこからボストンクラブ!ロープから離されてしまったところでこれはキツいです。そうか、さっきから腰を攻めていたのはこのためだったんですか。腕立て伏せの状態で這いつくばりながら手を伸ばしロープブレイク!
「10分経過、10分経過ー」
荒っぽく髪の毛を掴まれて無理やり立たされるとボディスラム!もう一度立たされてボディスラム!合計3回続けてボディスラムで叩きつけられてから片足を抱えられてフォール!
「ワン、ツー、スr!」
体をねじるようにギリギリで肩を上げることができたけど、それを狙ってたかのように体を回転させられてハーフボストンクラブ!体重を乗せられるより腰にヒザを当ててさらに背中をシャチホコのように反らされると、もう動くこともできずにたまらずギブアップ。
「11分03秒、11分03秒ー、ギブアップにより松本ひな子選手の勝ち」
レフェリーに手を挙げられている間も私のことをじっと睨んでいるようです。そしてレフェリーの手を振り払ってドサドサと戻っていきました。
私はゆっくりと立ち上がり、お客さんに向かって挨拶をしてからリングを降ります。それにしても最後の方の松本さんの攻め方って何だったんでしょうか、腰を押さえながら控え室に引き上げていきます。
※1 弓矢固めみたいな技だと思ってください
次話は2月5日の予定ですが、もしかしたら数日遅れるかもしれません。あらかじめご了承ください。




