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第7話

そんなこんなで毎日のように練習を続けて一ヶ月後、すっかり梅雨に入ったこの時期に私はデビュー戦の日を迎えました。お天気は何とか雨は降らず、外で待ってるお客さんも濡れることなく待っていただいています。


その日は公開スパーリングに参加せずウォーミングアップをして控え室に戻り準備を始めます。

試合時間が近づくにつれてだんだんと緊張感が増してきます。同期の皆さんも最初はこんな気分になったんでしょうか。でも皆さんはそんなに緊張しなかったとか言ってたからなー。でも最初くらいはね、とか思ったりしています。まあ私と比べちゃいけませんね。


リングアナウンサーが今日の対戦カードを発表が終わると会場の照明が暗くなり、いよいよ私の入場する時間です。

宇野さんの軽快な曲が流れ始めるタイミングでリングに向かいます。1人でリングに向かう通路はとても不安になりますが、お客さんが「頑張ってねー」と声をかけてくれるとちょっとだけ不安がなくなっていく気がします。


リンクまで来ると青コーナー側には同期の皆さんが揃っています。次の試合もあるし宇野さんのセコンドもしないといけないのに何してるんですか?


工藤さんが私の手を取ると皆さんが集まって輪になります。

「晴子、本当のデビューね。当たって砕けてきなさい」

「佐藤さん、いよいよね。骨は拾って差し上げますわよ」

「あんたねー、今日は緊張してる暇なんてないんだからしっかりしなさいよね」

「まあまあ晶ちゃん。晴ちゃん、みんなで応援してるから精一杯頑張ってきてね」

「今できることを全力でやっていけば宇野さんが応えてくれるから。じゃあ、頑張るぞ、オー!で」

やだちょっと、これから試合があるっていうのにそんなこと言われたらウルっとくるじゃないですか。立野さんの時は素っ気なかったけど私の時にこんなことしてくれるなんて。山田さんがニッコリ微笑んでるのは狙ってやってくれたって事でいいんですよね。


「本日の第一試合、20分一本勝負を行います!」


円陣を組んで大きな声でオー!っと叫ぶと鳥肌が立つような感覚とブルブルっと体中が震えます。これが俗に言う武者震いっていうものかしら。

リングに上がる前に立野さん、山田さん、工藤さん、堀田さんの順で背中をバチんと叩いて気合を入れてくれて勇気をもらいました。そうだ、ウルっとしてる場合じゃなかったんだ。私も自分に気合をいれるようにほっぺをパンパンと叩いてからリングに上がります。


「青コーナー、110パウンドー、佐藤ー、はるー、こーーーっ!」


リングに上がるとお客さんにお辞儀をしてから青コーナーで待機します。その間にレフェリーのボディチェックを受けながらこれからのことを思い返していきます。


今日の課題は3つ。

その1 ぎこちなくてもいいから基本の動き、技が実戦で使えるように。

その2 宇野さんの動きに対応する事、難しそうならロープに逃げてもいい。

その3 どんな事でも、何でもいいから相手が驚くようなことをする。

その3に関しては無理にやらなくてもいいけどって言われましたけどね。


宇野さんはいつもの可愛いコスチュームで入場してきます。トップロープを両手で掴んだかと思うとひょいっとジャンプしてリングに入ってからお客さんの声援に応えています。


「赤コーナー、110パウンドー、宇野ー、まー、なーーーっ!」


宇野さんのボディチェックが終わりレフェリーから注意事項の確認が終わると、私から「お願いします!」と両手を出すと宇野さんは片手で握手をしてくれました。


「レディー、ファイっ!」「カーン!」


宇野さんは軽いステップでリングを時計回りに動くので私はそれに合わせて動き、リング中央でロックアップ、ヘッドロックから投げられて袈裟固めへ。押さえ込まれる寸前でヘッドシザースもすぐに外されてしまいます。休みなく立ち上がるとロックアップ、今度は私が宇野さんにヘッドロックから投げての袈裟固めをしようとするもすぐに切り返されヘッドシザース。極められる前に足を外すとスッと立ち上がります。


「おおー、パチパチパチパチ…」


同期の皆さんからもらった気合と勇気のおかげで自分の思った通りに動けてるんじゃないかしら。

そこから距離を詰めてロックアップをしようと構え、一歩前に出た瞬間に宇野さんに左腕を取られて背後に回り込まれます。うおっ、こういうハンマーロックのやり方もあるんだ。何とか動いて宇野さんとの距離を作るとわきの下をくぐるようにしながら腕を掴み返し背後に回ってハンマーロック!よしできた!と思ったら私の半分の手間と時間で切り返されてしまいました。

それでももう一度腕を取り返しハンマーロッk…あっという間に切り返されてしまい、さらにヘッドロックからサイドヘッドロックへ、そこからフライングメイヤーからスリーパーホールドへ。これはマズイと思ったらスリーパーホールドが極まる前に腕をとり返し体を入れ替えてグラウンド状態でハンマーロック!今までだったらああやって、こうやってって考えながらだったのが自然と体が動いて技をかける事ができた!おお!自分でもびっくりです。

そんな事を思ってる最中でも、宇野さんは私の技が効いてないかのように立ち上がってくるので思わず右手を掴み両方の手を上の方に絞り上げます(※1)

宇野さんは体を揺らしながらゆっくりと立ち上がると、急に頭が消えた!と思ったらお腹に何かぶつかったようです。痛いのとぶつかった衝撃で手を離してしまいました。どうやら前転しながら私をドロップキックのように蹴飛ばしたようです(※2)。なんて器用な、なんて身軽なんでしょう。蹴られた勢いでロープ側まで飛ばされた私は宇野さんを見ると、ちょっとだけ笑っているようです。次は何をしてくるのかちょっと怖いです。


リング中央でロックアップ、すぐにヘッドロックをかけると、ヒジで突かれながらロープまで引っ張られ、反対側のロープへ。返ってきたところにショルダータックル、倒された私はすぐに起き上がって宇野さんの足元に倒れ、それを飛び越えて反対側のロープへ。戻ってきた宇野さんをリープフロックでやり過ごし、次はドロップキックをと振り返るとすぐに宇野さんの姿が!首に何かが引っかかったように感じ、何かの勢いで振り回されたと思ったらヘッドシザースホイップで投げ飛ばされたようです。何とか体制を立て直し立ち上がろうとした時に、宇野さんが走ってきてお腹のあたりにドロップキック!(※3)その勢いでコーナーに背中を打ち付けてしまいました。お腹と背中を攻撃されて息が詰まってしまいました。


「5分経過、5分経過ー」



そこから急に体が思うように動かなくなります。何で?


ゼーー、ゼーー。


なんか体が重い、まるで泥沼を歩いているような…


ハーー、ハーー。


水中で息継ぎができずにもがいているような…

そんな私に構わず宇野さんは技をかけてきますがどうすることもできません。


ゼーー、ゼーー。


腕をとられても力が入らず、ふらふらと…


ハーー、ハーー。


バンバンバンと何かを叩いてるような音が聞こえてきますけど、私は何をしてるんでしょう


宇野さん、分かってますよ。そんなに叩かなくてもいいじゃないですか...


「ホラ!どうした!しっかり立て!!」



あ、そうだった、宇野さんと試合してるんだ…

痛いと思ったら髪の毛を掴まれて、無理やり立たされるとボディスラム!腰を打ち付けます。すぐに両足を掴まれてひっくり返されて背中を反らされる(※4)!苦しいけどロープが近い!腕の力だけで這いつくばって手を伸ばす。もうちょっと、もうちょっと…


「ロープ!ブレーイク!」


宇野さんは技をほどき、腰を押さえている私を強引に立たせてリング中央に連れて行き、ふたたびボディスラム、そして同じように背中を反らされます。今度はしっかり体重を乗せられて動くこともできません。思わずマットを叩いてしまいました。


「8分25秒、8分25秒ー、ギブアップにより宇野選手の勝ち」


痛いのと苦しいのと試合が終わった安堵感と諸々の何かから解放されてぼーっとしている私に、宇野さんが耳元で囁いてくれました。

「最後は自分の力で立って、お客さんに挨拶してから戻りなさい。それとデビュー戦にしては上出来よ」


こうして私のデビュー戦が終わりました。同期の皆さんと比べるとかなり地味だったんじゃないかしら。まあ仕方ないかもしれませんね。


挨拶が終わり何とか控え室に戻り息を整え、汗を拭いてから次の試合のセコンドの準備をしていきます。


デビューできた嬉しさよりも、最後の方は何もできなかったことが悔しいです。そして自分の実力がこんなものかと分かったので、これからもっと頑張らなきゃという思いがこみ上げてきます。

宇野さんはバトルロイヤルの時やルチャ・リブレのイメージが強かったけど、実は渡辺さんに似ていたような感覚がありました。私がいうのも大変失礼ですけど、道場でずっと練習してきた基礎がしっかりしていると、さらに上乗せでああいうことができるんだなと改めて思いました。



※1 サーフボード・ストレッチみたいな技だと思ってください

※2 カンガルーキックみたいな技だと思ってください

※3 ジョン・ウーみたいな技だと思ってください

※4 逆エビ固めみたいな技だと思ってください

次話は1月25日を予定しています

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