第4話
そういった感じで公開スパーリングを何回か繰り返していくうちに、以前よりお客さんの前に出てもあまり緊張しなくなったというか目線が気にならなくなってきました。きっと慣れてきたんでしょうね、これでお客さんがいるリングの上でも練習に身が入るようになりました。
先日の横田さんとの練習から打撃技が何とかできるようになり、いよいよデビュー戦!ってことになったんですげど、以前堀田さんに言われた「お客さんを気にしないでどうするのよ」的なことがちょっと気になってしまいまして、思い切って上田さんに相談して見ることにしました。
「彼女の言うことは確かに大切だけど、今のあなたに何かしてみたいことはあるのかしら?」
そういえば何も考えていませんでしたね。かといって何ができるかすら分かりません。
「今はリング上でできることを一生懸命やっていけばいいと思うわよ?そこから毎日・毎週と少しでも成長しているところを見せることができたらそれで十分よ。逆に試合よりもお客さんの方ばかりを気にして変なアピールをしてたら、何だあの新人、実力もないうちから何やってんだ!そんなことしてるヒマがあったらすぐにフォールに行け!ドロップキックのひとつでも打てってんだ!なーんて言うお客さんもいるからね。そこまで気にしなくていいわよ」
と声色を変えて誰かのモノマネをしながらアドバイスをいただきました。そういうのは自然と出てくるものだから、それまでは大丈夫だそうです。
そしてゴールデンウィークの最終日の大会が始まります。ここでやっとプレデビュー戦が組まれることになりました。ちなみにプレデビューとは、本格的にデビューする前にちらっとお披露目をして世間の様子を見ることらしいんですが、私の場合はお客さんの前に出して、私がどうなるかを確認すること、かもしれないですね。
「本日はプロレスリング・ドリームファクトリー、ゴールデンウィーク大会にご来場いただきまして誠に有難うございます!本日はゴールデンウィークの最終日ということで、メインイベント終了後に全員参加のバトルロイヤルを執り行ないます。その試合で練習生の佐藤晴子選手がプレデビューでございます。昨年入団してから一年とちょっと、厳しい練習に耐え今日という日を迎えることができました。一部のお客様はご覧になっていたかと思いますが、このところの試合開始前にスパーリングをしていたあの選手でございます。スポーツや格闘技の経験がないながらも先輩選手たちに揉まれ、先にデビューした同期の背中を必死に追いかけながら、セコンドの業務と並行して厳しい練習を積んでてきた佐藤選手ですが、やっと、本日やっとのおもいでプレデビュー戦を迎えることができました。皆様、より温かい声援をよろしくお願いいたします!」
ちょ、ちょっと!妙に熱と力がこもった語り口調のリングアナウンサーの横に立っている私はものすごく恥ずかしいです。かなり前の演歌じゃないんですからそんな苦労したような風に説明しなくてもいいじゃありませんか!確かに他の同期の皆さんと比べたらデビューが遅くなりましたけども。控え室の近くで見ている先輩たちがニヤニヤしながら私のことを見ていますよ。もう、何をやっちゃってくれたんですかこの人は!恥ずかしいなあもうっ。
そんなことを思いながらリングに立ち、お客さんに向かってお辞儀をしていきます。お客さんからは「頑張ってなー」なんていう声をいただけましたので頑張るのはもちろんですが、お客さんの温かい声援や拍手が何だかくすぐったいです。
第一試合が始まり、いつものようにセコンドも仕事をしていると「デビューおめでとう」とか「試合前のやつ見てたよ」とか声をかけていただくのは嬉しいんですが、試合中はちょっとだけはご遠慮願いたいなーと思ったりしています。前に上田さんだったかな?渡辺さんだったかに言われたことが間違いじゃなかったようですね。まさかこんなに声をかけてもらえるなんて思ってもみませんでしたよ。うちのマニアさんて本当にプロレスが好きなんだなー。
メインの試合が始まる少し前に、第一試合で頑張っていた堀田さんと工藤さんにセコンドを代わってもらい、試合会場のはじっこの方を、お客さんの邪魔にならないように走りながらウォーミングアップを始めていきます。熱戦が繰り広げられ、多くのスポットライトに照らされてキラキラと光輝いているあのリングへ、いよいよ私も選手として上がれるんだと思うとドキドキ、ワクワク...それと同じくらいの不安がよぎってきます。何とか失敗しないようにと思うと緊張してしまいそうなので、とにかく自分のできることを精一杯やろうって事だけに気をつけていこうと思います。
うっすらと汗が出てきたところで控え室に戻り、まっさらな黄色いリングコスチュームに着替えてサポーターをつけていきます。まっさらと言っても合宿所の部屋で何回か試着したんですけどね。リングシューズは早めに慣らしておいたほうがいいっていう事で公開スパーリングを始めた時から履き始めていたので、今では違和感なく足に馴染んでいます。
着替えが終わり準備万端で待っているときは、居ても立っても居られない変な感じがしますね。そこへ立野さんと山田さんがやって来てくれました。
「さあ、いよいよね。落ち着いて頑張っていこうね」
「今日が私たちの野望のための第一歩ですね、ワクワクします!」
そんな感じで激励されました。
「どお?あら、よく似合ってるじゃない。やっとプレデビューな訳だけど、ここまで来られた自分に自信を持って思いっきりやってきなさい。少ししたら私たちも参加するからそれまで負けないようにね。それが今日の課題よ」
メインイベントを終えた渡辺さんまでやって来てくれました。まさかこのタイミングで声をかけてもらえるなんて思ってなかったのでちょっと感動しちゃいました。
場内が薄暗くなり団体のテーマソングが流れ始め、リングアナウンサーの声が聞こえて来ます。このタイミングで私の入場です。
控え室から出てリングに向かう通路に出ると、そこには堀田さんと工藤さんが待ち構えていています。お客さんの手拍子に合わせて、私の右手に堀田さんが、左に工藤さんが腕を組んでリングに向かって行きます。
「それでは本日の特別試合、全員参加のバトルロイヤルを行います!110パウンド〜、佐藤〜、はるーこーーー!」
リングに上がり中央まで来てからお客さんに向かってお辞儀をした後にニュートラルコーナで先輩たちが入場してくるのを待ちながらボディチェックを受けます。リングの下まで一緒に来てくれた堀田さん、工藤さん、後からすぐに入場して来た立野さん、山田さんとアナウンサーに呼ばれながらリングに入って来ます。同期の選手の次は松本さん、大森さん、宇野さんと次々と入場してくるとリングの中がぎゅうぎゅうになってきました。スパーリングの時はあんなに広く感じたリングだったのに、なんか変な感じがします。
ここで音楽が止まり照明が明るくなりました。メインイベントで試合をしていた萩原さん、渡辺さん、中野さん、横田さんは後から入場してくるそうです。どのくらい後か分かりませんが、渡辺さんが入場してくるまでは負けられないですね。とは言われましたけど、百戦錬磨の先輩たちや同期の中にポツンと1人だけ素人が紛れ込んじゃったような状況の中で私はどうすればいいんでしょうかね、不安な気持ちが強くなって来ましたよ。ロープに寄りかかったり近くにいる人とおしゃべりしてたりと余裕そうな態度を見るとますます不安になって来ます。そんな私の元に松本さんがそーっと近づいて来ました。
「いい?ゴングがなったら誰でもいいから突っかかりなさい。そこから試合が動くから大丈夫。みんな晴子のことを気にかけてるからどうとでも対応してくれるわよ」
というアドバイスをもらいましたけども、誰でもいいからって言われてもですね、突っかかってってこの人数の中からどうすればいいんでしょうか。
「工藤さーん、どうしましょう」
「晴ちゃん、松本さんのいう通りにしましょう。最初は私と戦かって、あとのことは先輩たちがどうにかしてくれるっていうんだから、それまではね」
工藤さん、ありがとうございます。そのくらい具体的に言ってくれると助かります。
レフェリーがリングの上と下と2人体制で試合をさばくようです。リングアナウンサーが改めて色々説明していて、優勝者にはブランド豚のお肉を一頭分プレゼントさせるとか、ルールは3カウントフォール、場外20カウントでリングアウトの他にオーバー・ザ・トップロープというものがあるそうです。レフェリーは私以外の選手のボディチェックはしてないみたいです。
「レディー、ファイっ!」「カーン!」
あっと、いきなり試合が始まってしまいました。えっと、とにかく私は工藤さんに向かっていかないと。他の先輩たちも近くにいた選手と戦いを始めたようです。それを気にしながら工藤さんに向かいロックアップ、ロープまで押されてから反対側のロープまで投げられ、返って来たところに力強いショルダータックルを受け倒されたと思ったらすぐにフォール!
「ワーン、ツー!」
うわっ、ビックリしたー!そんなに早くフォールされるなんてもみませんでしたよ。慌ててリングを降りて一旦落ち着いて、なんて思ってたら乱暴に起こされてボディスラム!腰から背中にかけて叩きつけられました。実戦で受けた技は練習で受けた時よりも痛いです。そこに堀田さんが私を起こしてボディスラム!いやちょっと!腰を押さえながら立ち上がろうとする私に山田さんが笑顔で近づいて来ます。いやーな予感がしましたがその通りになりやっぱりボディスラムです。もう何ですかこれは、私ばっかりボディスラムばっかりなんて。
「晴子、大丈夫?」
立野さんが声をかけてくれて私を優しく起こしてくれました。試合中ですけど助けてくれるなんてありがたいですね、感動して泣いちゃいそうです。
「これもデビューに向けての通過儀式だと思ってね」
ん?なんか不穏なことが聞こえたんですけど?助けてくれたのは本当だったけど結局立野さんも私にボディスラムをかけてきました。
腰を押さえながらも立ち上がるもやっとっていう状態のところに大森さんと中野さんまでやってきて、またもやボディスラムをかけられました。もう一体何なのよ!立野さんの言葉じゃないですけど何かの儀式なんですかね。
「5分経過、5分経過〜」
そうしてる間に渡辺さんたちが入場してきてさらにリング上の人数が増えてきます。これで今日の課題はクリアできたってことでいいのかな。すると豊田さんが人をかき分けるように私に近づいてきます。やっぱりアレですかね。私を担ぎ上げ、たっぷり時間をかけてタメを作ってからドスーンという音と共にマットに叩きつけられました。今日一番の衝撃です。
お腹あたりが重くなった感じがありながらも何とか立ち上がると今度ま松本さんが近づいてきます。またかー、今日何回目のボディスラムよって身構えていると、うわっという間にくるっと丸め込まれ、スモールパッケージホールド!ワタワタと体を動かしても足を掴まれて身動きが取れません。
「フォール!ワン、ツー、スリー!」
わー、負けちゃったかーって思ってたらくるっとひっくり返され、またもや「ワン、ツー、スリー」あれ?何で2回もカウント取ったの?
「6分21秒、6分21秒ー、佐藤晴子選手、松本ひな子選手退場」
私だけだと思ったら松本さんも一緒に負けちゃったみたいです。誰かが私の体をひっくり返してそのままフォールしたようです。
とにかく、これで私のプレデビュー戦が終わりました。練習してきたことが出せたのか出せなかったのかすら分からないのは残念でしたけど。でもバトルロイヤルのルールのこともっと調べておけば良かったなーって思ったりしています。
それにしても腰が…
次話は12月25日を予定しています




