第14話
工藤さんを控え室に連れて行くと堀田さんがコスチュームの上からTシャツを着ただけの姿で待っていました。え、もう復活したんですか!回復力がハンパないですね。
「まあ私だからね、っていうより工藤さんと比べても大技を食らったわけじゃないから、まだ色々と痛いけどね」
ということなので工藤さんの介抱をお任せして赤コーナー側のセコンドへと向かいます。
控え室に入ると松本さんがえらく気合を入れたウォーミングアップをしています。今か今かと待ちきれない感じですね。反対に宇野さんはいたって普通に準備をしています。ところで松本さん、コスチュームってまた変わってません?
宇野さんの曲が流れてくると、まず立野さんと山田さんが入場してきます。リングに上がった様子を見てから松本さんと宇野さんに「お願いします!」とリングへ誘導します。
松本さんはリングまでの通路でお客さんにアピールしたりハイタッチを交わしたりといつもの明るい様子でしたが、リングに上がりガウンを脱ぐと真剣な表情になりました。立野さんもそうだけど特に山田さんをじっと見ているようです。先週の試合で立て続けに負けちゃったから先輩の立場とかプライドとか気にしてるのでしょうか。
立野さんと山田さんはデビューしてから活躍し始めているのでマニアなお客さんから注目されてるらしく、先週のこともあってもしかしてこの試合でも?とか思っているのかもしれませんね。とはいえ松本さんも後輩に負けっぱなしっていうわけにもいかないでしょうからね。控え室にいた時やガウンを脱いでからの表情に表れているんだと思います。
「本日の第三試合、30分1本勝負を行います!」
ボディチェックを受けてお互いに握手をしてから各コーナーに下がる両者。青コーナーからは山田さんが先に出てくるみたいです。赤コーナーは、松本さんが宇野さんを下がらせて自分から先に出てくるようです。
「レディー、ファイっ!」「カーン」
試合内容としましては、どちらも一歩も引かずに戦っている印象ですが、宇野さん以外の3人には技術的な差はほとんどないように見えます、私の目線で恐縮ですけど。ただ、元の競技ではタッグマッチなんてやったことないであろう立野さんたちがどうしても遅れをとるようです。いい感じで攻めていても途中で邪魔(※1)されたり2人同時攻撃(※2)でダメージを受けたりレフェリーの見ていない間を作りその時にもう1人が技を掛けたりと、タッグマッチの経験の差があからさまに出てしまっている感じがします。うまく説明ができないんだけど、これ以上攻められたら危ないとか立野さんたちに勢いがついちゃうちょっと前にとか、とにかく邪魔をするタイミングが絶妙なんですよね。
第一、第二試合と堀田さんたちのデビュー戦を見てたからでしょうか、新人が頑張ってるのに邪魔をするんじゃないよ!と、お客さんからは「ブーーー」とか「新人相手にやりすぎだぞー」とか「おとな気ないぞー」とかの声が聞こえてきます。そんな声に宇野さんは淡々と、松本さんは最初は気にしないようにしていましたが、だんだんイライラしてきているみたいです。そんななか、山田さんが攻められていてやっと反撃してにタッチしようと戻ったら、赤コーナーに控えていた宇野さんが青コーナーから手を立野さんに体当たりしてタッチをさせなかったときなんかは一番大きな「ブーーー」という声が聞こえてきました。そうしたら、とうとう松本さんが大きな声を出し、イライラを爆発させちゃました。
そんな状況の中でレフェリーの制止を無視して2人同時攻撃を山田さんに集中しているのを見ていると、納得いかない反面こういう戦い方も有効なのかとか、タッグマッチって難しいなーとか、あ、山田さんを応援しなくちゃ、でも今は赤コーナーのセコンドだからダメだったとか色々複雑な心境になってしまいます。
やっと立野さんにタッチができて反撃していきますが、ほど良いところで宇野さんが目のあたりを手で払う(※3)と勢いが止まってしまい、今度は立野さんが攻められていきます。立野さんは長い時間攻められていくなか宇野さんと松本さんは少しの時間だけ攻めてすぐに
タッチするのを繰り返していくので疲労が少ないんじゃないかしらね。一方で立野さんはダメージが溜まってそうです。
そんな状態を見かねてか、立野さんがピンチの時に、まだダメージが残っていそうな山田さんがコーナーにいた松本さんにドロップキック、続けて宇野さんにもドロップキックを放つと会場が盛り上がり「いけいけいけー」と声援が飛びます。そこで立野さんが山田さんとタッチしてコーナーに戻ってきます。よほど疲れたのかダメージがあるのかリングの下に転げ落ちてしまいました。
そのあと山田さんも頑張りましたが松本さんがリングに入ってきて邪魔をして、宇野さんとブレーンバスターを決め
るとコーナーに戻り宇野さんとタッチ、そのまま2人で山田さんをコーナーに投げて、そこに向かって宇野さんがラリアット、松本さんが体ごとぶつけるようなエルボーを当ててから1人でブレーンバスター!カウント2で返されると髪の毛を掴んで立たせると背後に回りジャーマンスープレックスホールド!
「フォール!ワン、ツー、スリー!」「カンカンカン!」「22分36秒、22分36秒、ジャーマン・スープレックスホールドにより松本ひな子、宇野愛菜組の勝ち」
レフェリーに手を上げられている途中も山田さんから目を離さず睨んでいるところに堀田さんが介抱にリングに入ってきて、少しして立野さんが戻ってきました。すると今度は立野さんを睨んでいるようです。これはきっと先週の負けを取り返すぞっていうことなんでしょうか。いつもの可愛らしい松本さんと違ってちょっと怖いです。すると松本さんは宇野さんに両手でがっちりと握手をしてお辞儀をしてからリングを降りました。そういえば松本さんがあの技を使っているところ初めて見たかも。
松本さんたちを控え室に促してから山田さんたちが控え室に戻るところを見ながら思ったのですが、今日の宇野さんはあんまり目立つような活躍をしてなかったような気がします。そして松本さんが普段見られない宇野さんへのお辞儀も気になります。あれ?これってもしかして、宇野さんは松本さんを勝たせるためにフォローするように動いてたってことじゃないかしら?と試合が終わってから気づくのでした。もし本当ならタッグマッチって対戦相手だけじゃなくて味方のことも考えなくちゃいけないのかって思うと余計に難しく感じてしまいました。
第四試合は大森さんと渡辺さんの試合です。私は引き続き赤コーナー側のセコンドに付きます。音楽が鳴りそれぞれの選手が入場しリングに上がると、お客さんの雰囲気がさっきまでの試合とちょっと違うように感じました。どうやら渡辺さんのシングルマッチは対戦相手によっては、試合というよりも”渡辺教室が開催される”と思われているらしく、誰を応援するというよりも渡辺さんがどう攻めて相手がどう対処するかをじっくり見てみよう、みたいな感じになるそうです。例えるなら、練習風景をそのままお客さんに見られちゃうってことなのかな?それはちょっと恥ずかしいかもね。
「本日の第四試合、20分1本勝負を行います!青コーナー、120パウンド〜、大森〜、ゆ〜、う〜〜〜」「赤ーコーナー、115パウンド〜、渡辺〜、せり〜か〜〜〜!」
ロックアップからハンマーロックへ、それを切り返してから腕の取り合いとか、ロックアップからヘッドロックへ、そこからヘッドロックホイップ、袈裟固めをヘッドシザースで切り返してとかの一連の基本技はほぼ互角の様に見えましたが、大森さんは得意な蹴り技で自分のペースにしたいように見えます。しかし、渡辺さんはしばらく耐えていくと、そこを上手くついて大森さんの足を中心に攻めていきます。蹴ってきた足を捕まえるとそこにエルボーを当てて、その足を折りたたんでバックドロップのように持ち上げてから自分の足に打ち付け(※4)て、両足を絡ませて膝を曲がらない方向に折り曲げよう(※5)としたり、単純にひねったり体を載せてみたりとあらゆる方法で攻めていきます。足を攻めるのにこんなに種類があるものだと感心しちゃいますが、攻められてる大森さんはそれどころじゃないですね。悲鳴や唸り声を出しながら必死にロープへ逃れていきます。
所々で大森さんが得意の蹴ることで渡辺さんの攻撃を止めてはいるのですが、同じような技や攻め方が原因なのか、その後に続けて攻めていけないみたいです。いつの間にか形勢が逆転して渡辺さんが攻めています。それも執拗に同じ足ばかりを痛めつけています。
そういえば、堀田さんは背中や腰を中心に攻められていたし大森さんは足を攻められてるし、一カ所を集中的に攻めているのはプロレスの戦い方の基本なのか渡辺さんの教えなのかな?今までの試合を思い出してみると、皆さんそういうことをしてたような。ってことは昔から脈々と受け継がれているテクニックのひとつということなのかもしれませんね。
大森さんがちょっと攻め方を変えたようで、その場でドロップキックをしましたが渡辺さんは手で払いのけて、仰向けに倒れている大森さんの痛めている足を掴むと、それをひねってうつ伏せにするのと同時に自分の足を絡めながら背中に乗り腕を顔に絡ませてフェイスロック!(※6)頭と足を同時に極めています。必死にロープに逃げた大森さんでしたが渡辺さんはリングの中央まで引きずり戻し、さっきと同じように足を持ってバックドロップのように持ち上げてから自分の足に打ち付け…と思ったら直接マットに叩き付けたぁ?これは痛いってもんじゃないですよ、しかもその足を離さないですぐに4の字固め!大森さんはたまらずにギブアップです。
「15分47秒、15分47秒〜、ギブアップにより渡辺芹香選手の勝ち」
大森さんが足のサポーターをずらして足を冷やされている姿を見ながら思いました。一カ所を集中的に攻めるのがいかに有効なのか分かりますね。私だったら同じところばっかり攻められたら嫌だし、なんでまたそこ攻めるのよ、もういいよ(泣)って諦めちゃうかもしれません。もしかしてそこまで計算に入れてるとしたらなんだか怖いです。少し前に「渡辺さんの試合を見ておけば勉強になる」みたいなことを言われたのはこういうことだったのかと今更気がつきました。
レフェリーに勝ち名乗りを受けた後、渡辺さんは介抱している堀田さんたちをどかすと自ら手を伸ばし大森さんを起こそうとしています。試合が終わったら敵も味方も関係なく手を差し伸べる優しい先輩だなって思ったつかの間、大森さんの首根っこを掴み勢いよく走り出し、ロープの一番上から投げ捨てるかのように外に出しました!いきなりのことだったので堀田さんたちが慌てて大森さんの方に向かっていきます。お客さんからは「今日のあれじゃあなー」とか「そりゃ先生も怒るよな」なんて声が聞こえてきました。そんな姿を一瞥しリングを降りて控え室に戻る渡辺さんをなんとか誘導できた私を自分で褒めてあげてもいいと思います。そのくらい怖かったです。
※1 カットプレーみたいなことだと思ってください
※2 ツープラトン攻撃みたいなことだと思ってください
※3 サミングみたいなことだと思ってください
※4 ニー・クラッシャーみたいな技だと思ってください
※5 ヒザ十字固めみたいな技だと思ってください
※6 S.T.F(スピニング・トーホールド・ウィズ・フェイスロック)みたいな技だと思ってください
誠文堂新光社 プロレス語辞典を参考にしています
次話は10月5日を予定しています




