第7話
「トントントン、え〜、本日はご来場ありがとうございました。どうでしたか?今日は楽しんでいただけたでしょうか!」
横田さんがお客さんに向かって話しだしました。それで席を立とうとしたお客さんが座り直し、これから何があるんだろう?とリングに注目が集まります。お客さんからはたくさんの拍手が送られてきたので満足してくれたんだと思いますが、私たちはリングから降りるタイミングを失ってしまいました。すると松本さんが青コーナーの下までやってきます。
「セコンド陣は試合した二人を残してすぐにリングから降りて」
と小声で言われたので氷のうとかを渡して目立たないようにリングから降ります。一体何が始まるんでしょうか。
「え〜っと、今日デビューを果たした、立野選手・山田選手の戦いはどうでしたか?」
またもやお客さんから拍手が起こります。頭を抱えながらもなんとか座っている立野さんにも聞こえてるでしょうか。
「いや〜、私もショウ子さんもびっくりしたのよ。二人はこちらが思った以上の実力と仕上がりで、途中から本気で当たらないと危ないところだったわよ」
おおおー!というお客さんの反応は期待以上のことだったんでしょうか。「よかったぞー」なんて聞こえてきます。
「まずは良かったところから誉めましょうか。立野選手のレスリング技術は当たり前に良かったわね。初めてにしては二人の連携もできてたと思う。そしてアレよ、あそこは勝負所だったんでしょ?ショウ子さんをリングから落として分断して、ボディスラムからブレーンバスターを前に落としてサイドスープレックス?この連続攻撃はなかなかできるもんじゃないわよ。あの連続攻撃は今日のために考えてきたようね。新人の技だからあえて受けたって訳じゃないけど何度も受けたくないわね」
あれ、これって最高の褒め言葉じゃないですか?お客さんからも賞賛の拍手が送られます。
「ただね、技の順番は少し変化をつけた方がいいと思うわね。ダメージとしてはサイドスープレックスが一番低かったわ、私的に。決められるときで焦ったか昔のクセが出ちゃったかわからないけど、そのあたりが今後の課題かな?」
うおっ、いきなり反省会が始まっちゃいました、しかもお客さんの前で。私だったらこれはちょっと恥ずかしいんですけど、でも試合のすぐ後に良かったところと今後の課題が聞けて逆にいいことなのかな?お客さんも一緒に聞いてて頷いたりしてますよ。
「次に山田選手、あなたがプロレスの序盤の動きをしてくるとはね。ちょっと拙い動きになると思ってたけどなかなかのスピードだったじゃない。うん、驚いた。デビュー戦であそこまで動けるなんて大したものよ。私のデビュー戦よりも良かったんじゃないかしら。あと腕の攻め方、あれは柔道だけじゃないでしょ?よくあの技を探してきたわよね」
おおー、山田さんも高評価です。
「ただね、ギブアップを狙うつもりなら、右手、左手どちらかにしないとダメージが分散するわよ。あと最後の飛びつきで決めたかったんでしょうけど似たような技が続いたから私も対処しやすかったかな。その技に行く前にもう少し打撃をいれるとか違う技にするとかした方がいいんじゃないかしらね」
えーーーっ!あの試合をしている状況で、お二人がどう戦って何をしたかったのか分かっちゃうんですか?私が立野さんと山田さんの方を見ると、何か悔しそうな見透かされてるよー、みたいな表情をしていたから当たらずも遠からずってところなのかしらね。
「あとね、スタミナが圧倒的に足りないわね。初めての試合で自分たちが知らないうちに緊張してて、思ってた以上に体力を使ったかもしれないけどもっとペース配分を考えないと。貴女たちはプロレスに転向するまではその辺の駆け引きはできてたんじゃない?」
そういえば横田さんも上田さんも息を切らしてないですよね。立野さんたちはぐったりと言うか座ってるのもやっとって感じです。
「貴女たちのキャリア、今日の試合内容を見てちょっと厳しいことを言ったり要求しちゃったけど、それだけ期待値があるってことでね。あ、まだあったわ」
え、まだ何かあるんですか。
「コーナーは休むためだけの場所じゃないからね。ちゃんと休みながら味方を見て相手を見て、次に何が起こりそうなのか、何を求められてるのかをいくつも考えておかないとリングの外に吹っ飛ばされたりするんだから。あの時こっちを少しでも気にしてたらあそこまでにならなかったんじゃないかしらね。まあ、こういうのは実践を経験していかないと鍛えられないかもしれないけど、日頃の練習からでも周りを気にしてみるのもいいかもね。私からはこんなところかしら。ショウ子さんからは何かありますか?」
さっきまで試合をしてたのに息を切らすことなくお二人に今後の戦い方をアドバイスできるなんて、どれだけスタミナがあるんでしょうかこのお二人は。
「はい、二人ともお疲れ様。横田選手の指摘と今日の反省は今後の課題として、明日からまた頑張っていきましょう。上の選手に追いつき追い越すつもりで練習を重ねたら、いずれ貴女たちならドリームファクトリーの、いいえ、日本の女子プロレス界を代表する選手になれるかもね。そして他の選手はうかうかしてるとすぐに追い抜かれちゃうかもしれないわ」
うおおおー!っとお客さんからもどよめきの声が上がります。上田さんが言うんだから今日の試合はすごく良かったってことでしょうね。
「ちょっと長くなっちゃったけどこの辺りで。体をケアをしっかりね」
そう言ってリングを降りました。立野さんと山田さんはリングの四方におじぎをしてからリングを降ります。私が立野さんに肩を貸して、山田さんが氷のうを立野さんの首あたりに当てながら控え室に戻ります。すると、お客さんから今日一番ってくらいの拍手が送られました。
「業務連絡、業務連絡〜、練習生の堀田選手と工藤選手は至急リングに上がってください」
ん?なんだろう。お客さんもまた何かあるのかと注目しています。私は控え室からダッシュで戻ってきました。
首をひねりながら堀田さんと工藤さんが待っていると、上田さんがマイクを持ってリングに上がってきます。
「はい、二人ともお疲れ様。えー、いきなりですが、今から三ヶ月後、来年の1月の最後の大会で二人のデビュー戦をすることにしました!」
またもやお客さんからのおおおーっと言う声が上がります。堀田さんは大きく目を開いたあとよしっ!みたいに小さくガッツポーズを、工藤さんは口を押さえて驚いているようなので本当に何も聞かされてなかったようです。
「二人は今日の試合を見て何か感じるモノがあったと思います、ずっと一緒に練習してきた同期のデビュー戦だもんね。あと三ヶ月、長いと思うか短いと思うかは貴女たち次第。いい?失敗しても構わないから今からしっかり準備しておいてね。それじゃ頑張って」
三ヶ月あるといってもね、心の準備ってものがあるじゃないですか。堀田さんは大丈夫そうだけど。
再び上田さんがリンクから降りると堀田さんたちも戸惑いながらもおじぎをしてからリングを降りてきます。お客さんも「頑張れよー」と声をかけてくれました。堀田さんは不敵な笑みを浮かべながら、工藤さんは「どうしよう〜どうしよう〜」と独り言を繰り返しています。上田さんがデビュー戦のOKを出したってことは工藤さんはもう大丈夫ってことじゃないですか。だからそんなに不安にならなくてもいいと思いますよ、私が言うのもなんですけど。
「以上をもちまして本日の全試合終了でございます。お帰りの際はお忘れ物などないように今一度身の周りをご確認のうえご退席ください。ゴミはロビーに用意してございますゴミ箱をご利用いただき、ゴミの分別にご協力ください。本日のご来場、誠にありがとうございました〜」
次話は8月5日を予定しています




