第6話
「レディー、ファイっ!」「カーン!」
ゴングが鳴ると気合いを入れるように「ッシャー!」と声をあげ、気合をいれるように両手で頬を叩きながらリングの中央へ向かう立野さん。それを待ち受け見定めるようにしている上田さん。両選手ともに時計回りにリングを一周すると上田さんが右手を上に、左手を下に、立野さんを迎えるようにどっしりと構えます。立野さんはその動きに合わせないように動き、不意に左足に掴みかかろうとしますが上田さんにかわされます。距離を取り体勢を立て直すと、上田さんはまた同じ体勢で待っています。そこへまた同じように左足を掴もうとしましたが今度は上田さんが覆いかぶさります。そこから自分の体を立野さんの背中の上で上下回転させて腰のあたりを抱え込もうとします。それを嫌がってか立野さんも色々動き回っていますが上田さんはその動きについてきてなかなか離せないでいます。すると上田さんは体をずらしながら移動すると首に手を回してきます。何か技が極まる直前に体を入れ替え立野さんが上田さんにハンマーロックをかけています。技が極まっているように見えるんですが、上田さんは何事もなかったようにゆっくりと立ち上がりロープに足をかけてました。
「はいロープ、手を離して」
レフェリーに言われて手をはなし、一旦距離を取るんですが、今の動きは何?何が起きたの?私の記憶が確かなら、テレビでしか見たことがないんですけど、さっきまでの動きってレスリングそのものだったような気がするんですよ。?立野さんはできるのはいいとして上田さんもレスリングやったことあるんですか?
ロープブレイクでお二人がリングの中央に戻ると、場内からは軽いどよめきと拍手とともに「ショー子さーん」とか「いいぞー新人!」声援が聞こえてきます。お客さんの反応も良さそうです。
「立野さん、いいですよ!」と私も声をかけます。
ちらりとこちらを見て軽く頷いてくれたようです。よかった。
その後は道場で毎日のように繰り返し練習していた腕や背後の取り合いやフライングメイヤーからのスリーパーホールドを腕をとって切り返す、などの動きをいつもよりもっと難しく、素早く動いて上田さん攻撃をなんとかしのいでいます。
「5分経過ー、5分経過ー」
そうしていくと上田さんは赤コーナーに戻り横田さんとタッチ。それを見た山田さんは一番下のロープに足を乗せて身を乗り出すように体を伸ばして立野さんにタッチを要求しています。どんだけ戦いたいんでしょうかこの人は。
立野さんが青コーナーにとちょっと物足りなさそうな表情で戻ってきました。ほんの数分だったけど何か問題があったんでしょうか、お客さんは盛り上がってたみたいだけども。
立野さんとタッチした山田さんは横田さんに向かいいきなりロックアップ!そのままの勢いに任せてロープに押し込みます。あ、直前で体を入れ替えられて山田さんがロープに背中を当てています。横田さんは腕を外し綺麗にロープブレイク。離れぎわに山田さんの両肩をポンポンと軽く2回叩き両手を広げながら後ろに下がります。山田さんは肩を回しながらロープから離れて横田さんの方へ今度はゆっくり向かいます。さっきのはちょっとだけ先走っちゃったのかもしれませんね。
リングの中央で向き合いロックアップ、すぐに横田さんはヘッドロック。山田さんは横田さんの腰あたりにエルボーを当ててロープに投げて、返ってきたところにショルダータックル、山田さんは倒されるもすぐに立ち上がりロープに走った横田さんの足元に前受け身のように倒れ、それをまたがれてロープから戻ってきたところに山田さんのドロップキック!大きな音とともに倒れるもすぐに立ち上がりロックアップ、山田さんがヘッドロックからヘッドロックホイップ、そして袈裟固め。それをヘッドシザースで切り返すと両手で足を払いのけて体をはねあげるように者すぐに立ち上がります。今度は横田さんが山田さんに掴みかかり首投げから袈裟固めへ、山田さんはヘッドシザースで同じように切り返し横田さんは足を払いのけようとします。が山田さんは自分の腕でヘッドシザースを補助するように力を込めて横田さんを逃げられないようにしています!すごいよ山田さん!横田さんの動きをそのままやり返すだけじゃなくて一歩先を読んでたんですね!
しかし、横田さんは捕まったままでは終わりません。頭を挟まれながら三点倒立のように山田さんのヒザの上に手をつき、両足でピョンピョンと左右に体を揺らすように飛び跳ねるとあら不思議、勢いよく横田さんは技を外して髪の毛を整える余裕を見せるではありませんか!あんなスピーディな動きができる山田さんもすごかったけどやっぱり横田さんもすごいですね!
一瞬の静寂ののち、ワーッと驚きの声が上がり盛り上がりお客さんたちが拍手をしています。どこからか口笛も聞こえてきますよ。これは山田さんも受け入れられたようですね。
「山田さんもいいですよ!」
すると山田さんは横田さんの左手を攻め始めます。腕を取ると自分の体を一回転してひねり横田さんの上体を前に屈ませて肩口にエルボーを当てていきます。そこから腕をまたいで自分の体重と足を引っ掛けて前転するように倒すと、なんと腕ひしぎ十字固めの状態になってるではありませんか!横田さんは極められないように右手で左手を離さないようにしています。足をバタバタ動かしてその反動でなんとかロープブレイク。
横田さんを起こしロープに投げるところを反対に投げられ、戻ってきたところのラリアット狙いの右腕を掴みマットに倒れる!ただ倒れただけじゃなくて何か技になってるみたい(※1)で横田さんは必死になって近くのロープに足を伸ばします。
「ブレーイクっ!」
なかなか腕を離さない山田さんにレフェリーが腕を引っ張って技をほどきます。決められなかったのが悔しかったのかマットを叩く山田さんに立野さんから「もう一丁いけ!」と声がかかります。腕を抑えながら立ち上がる横田さんに対してゆっくり立ち上がる山田さんの雰囲気というか形相が怖いです。いつもはニコニコおっとり美人が鬼か修羅が宿ったような顔つきに変わっていますよ。
「10分経過ー、10分経過ー」
リング中央でにらみ合うお二人、山田さんは横田さんの胸元にエルボーを、横田さんは山田さんにチョップを交互に打ち合いを始めます。何回も打ち合っていますが、こういうのに慣れてない山田さんはだんだんと疲れてきたのかエルボーが出せなくなってきます。その度に横田さんは胸元を突き出しながら両手を広げたり「どうしたー、打ってこいよー」と挑発しています。それに応えるかのようにエルボーを打ちますがあまり力が入っていないようです。
横田さんが「なんだ、もう終わりかー」と言ってから大きく振りかぶってチョップを打ち込むと、山田さんは待ってたかのように両手でその手を掴み、ヒザを足場にして飛びつき、自分の体を回転させながら倒れると少し前に出したときよりももっと早く腕ひしぎ十字固めを極めました!そんな技を出した山田さんもすごいけどそれを極めさせることもなく反応してロープに逃げる横田さんもすごいです!私だったら何をされたか分からないままギブアップしてると思います。お客さんも「おおおーっ!」ってため息のような、もう少しで極まったんじゃないかっていう残念な感じの声をあげます。ロープブレイクと同時に拍手がわきました。
その後も技のやり取りを繰り返しながらなんとか横田さんを青コーナーに連れてくると立野さんとタッチ。山田さんはロープの外に出ないで二人で攻撃をしていくようです。
ロープに投げ返ってきたところに同時のショルダータックル!倒れたところに同時にエルボードロップ!そこから一人ずつの連続エルボードロップ!合計6回攻撃してから横田さんを立たせてます。上田さんはレフェリーに抗議していますが受け入れられずにいます。その間に二人でブレーンバスター!
「フォール、ワン、ツー!」
カウント2で肩をあげる横田さん。びっくりした表情で腰に手を当てています。ちょっと!ちょっとちょっと!なんですかいきなり!お二人の息がぴったりじゃないですか!いつの間にそんな練習してたんですか!私も参加したかったなあ。頼りないですけど同期なんですから少しくらいお手伝いさせてくださいよ、もう。
タッチした立野さんは練習で見たことのある技や多分レスリングの技などで攻めていってますが、横田さんは技が効いているのか効いていないのかわからない表情です。そのうちにだんだんと息が切れてきている立野さんのスキをついてドロップキック!転がるように赤コーナーに戻り上田さんとタッチ。立野さんも山田さんとタッチ。
上田さんはリングに入ると青コーナーに走り出し、これから入ってこようとする山田さんに体ごとエルボーをぶつけていきます。油断してなかったんでしょうけどモロにぶつけられた山田さんはリングの下まで飛ばされ、その勢いで鉄の柵に激突!大きな音を立てます。山田さんはリングの外に敷いてあるマットの上でころげまわっています。それはそうよね、多分人生初の痛みでしょうから。普段の生活でも練習でも鉄の柵にぶつかるなんてないもの。それにしてもホントに痛そう。そんな山田さんを心配しながらも鉄の柵を元に戻す私と工藤さん。
場外カウントは20まで数えられるからそれまでにリングに入れば大丈夫、痛みがおさまった頃あいをみてればいいのよ。なんて思ってたら横田さんがやってきて山田さんを無理矢理リングに上げちゃったので休ませてもらえませんでした。
そんな山田さんを赤コーナーまで連れていきボディスラムで叩きつけ腰にダメージを与えて横田さんとタッチ。横田さんは山田さんをうつ伏せにして背中にまたがりアゴを捕まえて上体を反らしていきます。(※2)山田さんは腕の力でなんとか動いて近くのロープを掴みブレイク。横田さんは背中を2回ほど踏みつけて上田さんとタッチ。上田さんは山田さんの腰にヒザを当てて右足とアゴを掴んで無理矢理ひっぱります。これもなんとかロープまで逃れると横田さんとタッチ。横田さんは赤コーナから少し離れ、ボストンクラブで腰を攻めていきます。攻められっぱなしの山田さんに思わず私は赤コーナーの近くまでやってきて「山田さん、ロープこっちです」と手を叩きながら声をかけます。山田さんは手を伸ばすも届かずに引きずられていきます。そしてタッチ。
上田さんは青コーナーを指差して何か言ってるようでレフェリーがそちらを見てる間に横田さんとショルダータックル、からのエルボードロップ、そして二人掛かりのブレーンバスター!さっきやられた技をそのままやり返していきます。さらに上田さんはその場でジャンプして背中から体当たり(※3)続けて横田さんがボディプレス!そしてフォール!
「フォール!ワン、ツー、ス…」「うおー、間に合ったーーー!」
カウントギリギリのところで立野さんが阻止!手を叩き山田さんを鼓舞しながら青コーナーに戻っていきます。
「15分経過ー、15分経過ー」
青コーナーに戻ろうとする山田さんをいつの間にかタッチした横田さんが捕まえて赤コーナーに連れ戻してしまいました。お客さんからため息が漏れます。「新人頑張れー」なんて声も聞こえてくるけど逃げられないんですよ。
横田さんが山田さんを立たせようと顔に手を添えた時、山田さんは横田さんのお腹をこぶしを作って殴ります。意表を突かれた横田さんはたまらずお腹を押さえながらロープまで下がりました。そこに山田さんはドロップキック!立ち上がったところに掴みかかり柔道の背負い投げみたいに投げました!横田さんが倒れている間にコーナーに戻り立野さんとタッチ!やっとタッチができたよ、お客さんからも安堵の拍手をしてくれてるよ、よかったー。
立野さんはコーナーから飛び出すと赤コーナーに向かい上田さんに体当たりでリングの下に落とします。そして横田さんに低い体勢でぶつかりニュートラルコーナまで突進していきます。コーナーに寄りかかるように倒れている横田さんを起こしてボディスラム!続けてブレーンバスターかと思ったらそのまま前に投げた!腹ばいに落とした横田さんをその状態から持ち上げ後ろに投げた!(※4)さっきまでコーナーにいた分、有り余った体力が弾けるように暴れまわる立野さん。合宿所ではあんまり感情を出さない印象だったんだけど今日は試合の最初の方から声が出てるのよ。試合になると人が変わるのかしら。そんな新人らしくない立野さんを見たお客さん興奮して声援を送り、それを受けて立野さんも自分の力以上のものが出てるのかもしれないです。
「フォール、ワン、ツー」
カウント2で肩をあげる横田さん。決まらないと見るや横田さんのコスチュームを掴んで立たせ、後ろから抱え込みバックドロップ!次はどうだ!
カウントは2で返されてしまいました。それを見てレフェリーに「ホントにカウント入ってない?」みたいに確認しています。それほど手応えがあったんでしょうか。
さあここからって時なのに、どうしたんだろう、なかなか立ち上がらずに肩で息をし始めました。さっきまでと違って体を動かすのが辛そうな、勢いがなくなったような感じがします。ってことはバックドロップで試合を決めようと無理をしたのかもしれません。
立野さんはなんとか力を振り絞って立ち上がり、片ヒザ立ち横田さんの方へ向かいます。そしてもう一度後ろに回りバックドロップをかけようとしています。必死にこらえる横田さんは立野さんの首にエルボーを落としてますが手を離しません。お客さんからも「意地でも投げろー」とか「イケイケー!」とかの大声援!なんとか持ち上げるまではできるものの技になりません。そんなところに横田さんが腕をほどくと逆にバックドロップ!髪の毛を掴み立たせると背中から腰のあたりを抱えてそのままジャーマンスープレックスホールド!
「フォール、ワン、ツー、」ってところで山田さんが割って入りカウント2!それに気づいた上田さんは山田さんをロープの間から外に投げ捨てるように出し、リングの中で立ちはだかります。それを見た横田さんはもう一度同じ技を出し、お手本のような綺麗なブリッジでフォール!
「ワン、ツー、スリー」「カンカンカンカン!」「18分48秒、18分48秒、ジャーマンスープレックスホールドにより上田ショウ子、横田未来組の勝ち」
「ああー」と落胆するようなお客さんの声の後に大きな拍手がわき起こります。まるで立野さん、山田さんのデビューを祝福するような、お疲れ様、頑張ったね、と言ってるような優しい拍手に思えてなりません。
私はリングの下から氷のうとタオルを持ちリングに上がり立野さんを介抱する工藤さんに差し出します。堀田さんは場外から入ってきた山田さんに汗を拭くようにとタオルを渡しています。山田さんは心配そうに立野さんに近づいて顔を覗き込むように何かを確認していますがどうやら意識はしっかりしているようです。
その横では横田さんと上田さんが勝ち名乗りをあげ、そして何かレフェリーとお二人が話をしています。しばらくするとレフェリーがマイクを持ってリングに上がり、お二人に渡しました。何?こんな状況で一体何が始まるの???
※1 脇固めみたいな技だと思ってください
※2 キャメルクラッチみたいな技だと思ってください
※3 セントーンみたいな技だと思ってください
※4 俵返しみたいな技だと思ってください
次話は7月25日を予定しています




