第4話
「次の試合は渡辺さんをよぉ〜く見ておきなよ。じっくり見て学んで盗めるところは盗んで自分のモノにするくらいの気持ちでな」
そんな松本さんに促されて会場に戻ると第3試合が始まるアナウンスが流れていました。まずい、急がないと!
「ちょっとー、あんた何してたのよ。今日はセコンドが3人なんだから早く帰ってきなさいよー」
「すみません、松本さんのダメージが凄そうだったのでそれが心配でして」
「もう、しょうがないわね、次の試合の選手入場よ!すぐに赤コーナー側に行って」
と堀田さんに怒られてしまいました。
おっと?流れてきたこの曲は?…まさかのあのKING OF POPの曲じゃない?宇野さんが入場してきます。オレンジと緑の可愛いコスチュームの上に赤い皮のジャケットにゴム製のゾンビのお面?を被っての入場です。まあハロウィンだからゾンビはちょうどいいんじゃないかしら。宇野さんも今日に試合に向けて準備してきたようですね。せっかくだからリングの上でダンスしちゃえば良かったのに。
「青ーコーナー、110パウンド〜、宇野〜ま〜、なぁ〜〜〜!」
次は渡辺さんの入場です。モモ丈のパンツにおへそが見えるタンクトップ姿で全身黒を基調にしたコスチュームに虎のような縞模様が入り、サングラスをかけ濃い緑のロングヘアーをオールバックにした姿はアメリカンなオートバイが似合いそうです。この姿に黒いロングコートを着てきたら仮想現実に支配された人類を救う映画の主人公っぽい仮装になったのになー。でも今日は袖のないデニムのワイルド〜な雰囲気のジャンパー。入場曲もハードなロック調でますますかっこいいです。
「赤ーコーナー、115パウンド〜、渡辺〜、せり〜か〜〜〜」
そうそう、先生の由来はデビューが決まった新人に技術的なことやその人にあった技や戦い方を指導するからだそうで、選手のインタビュー記事やバックステージの動画からからそのことを知ったファンが声援を送るうちにいつの間にか定着したようです。渡辺さんはハロウィンに関係なく普段通りの入場です。
「で、松本さんはどうだったの?」
「はい、お話はしっかりできてたので大丈夫だと思います」
「そう、他の先輩と比べると練習してないように見えたけど、やっぱり鍛え方が違うのね。今の私たちがあんなの受けたら一発で病院送りよね」
いや、そうかもしれないですけどそんな怖い事言わないでくださいよー。もう半年も練習してきたんですから、ある程度はなんとかなるんじゃないんですかね、ならないかな?
ボディチェックを受けた宇野さんは握手を求めています。レフェリーも握手をするようにしていますがが渡辺さんは拒否しています。すると宇野さんは背比べをするように手をかざしてきます。何のパフォーマンスでしょうか。15センチくらいの身長差があるのかな?渡辺さんはその手を払いコーナーまで下がっていきました。
「レディー、ファイっ!」「カーン!」
渡辺さんがリングの中央にゆっくり歩いてくると宇野さんはその周りをボクシングのようなステップで様子を伺うように回っています。と、いきなりジャンプしながら後ろ回し蹴りをしてきました。まだ当たる距離じゃないのに。
そこからロックアップで渡辺さんにロープまで押し込まれ反対側のロープへ投げられます。返ってきたところにショルダータックル、倒した渡辺さんがロープへ走ると宇野さんが前受けみを取るように渡辺さんの足元に倒れます。その宇野さんを飛び越え…ないでそのまま両足で踏みつけました!宇野さんは不意の攻撃に腰を押さえて転げまわっています。あれはうげってなっちゃうね。
なんとか立ち上がった宇野さんはふたたびロックアップからヘッドロックへ。でもすぐにロープまで押し込まれロープへ投げられます。待っていた渡辺さんの腕を避けて反対側のロープへ、勢いをつけて渡辺さんに向かってジャンプ!頭を両足で挟み下半身の力や自分の体の勢いで渡辺さんをを投げ飛ばしました!(※1)リングの外に落ちた渡辺さんを見た宇野さんはすぐに立ち上がり、ロープで助走の勢いをつけて渡辺さんに向かってジャンプ!かと思ったらロープで逆立ちした状態からバウンドし、その勢いを使ってバク宙をして決めポーズ!場内からの拍手を受けて一礼しています。渡辺さんも技を受けないように逃げていたのでそれが見えてて途中で止めたのかな?だとしたらすごいことだと思います。
場外カウントが10にもいかないうちにリングに戻った渡辺さんを捕まえてすぐにロープへ。返ってきたところにヒザを狙ってドロップキック!四つん這いに倒れた渡辺さんの腕を取り足を巻きつけて一回転!渡辺さんは体をひっくり返されたと思ったらマットに背が付いています!(※2)
「フォール、ワン、ツー!」
な、なんなのあの技!くるっと縦に回ってくるっと横に回ったと思ったらいつの間にかカウントが取られてますよ!宇野さんのスピードがハンパないです。
一回場外に降りる渡辺さんは足を気にしながら、首を押さえながらリングの周りを歩いていきます。宇野さんばっかり攻めてくるから落ち着こうとしてるのかな?そんなことを考えてたら宇野さんが何やら狙っているようです?堀田さんと工藤さんが渡辺さんの近くによると、手拍子をしてお客さんを煽り、「いっくぞーーー!」とコーナーを駆け上がり、背中を向けて最上段からバク宙のように一回転して体当たりしてきましたよ!!(※3)あんなの危ないじゃないですか、堀田さんと工藤さんも巻き添えになっちゃったじゃないですか!
「よっしゃー!」と客席に向かって手を上げながら声を出しリングに戻る宇野さんに盛大な拍手を送るお客さんで会場は盛り上がってますが、渡辺さんと、同じくらいのダメージを堀田さんと工藤さんも受けてるみたいでなかなか立ち上がってこれません。その間にも場外カウントは進みます。宇野さんは片ヒザを付いて渡辺さんの様子を見ながら息を整えてるようです。渡辺さんはカウント15くらいでやっと立ち上がり、18でリングに上がろうとして体勢を崩し、19で転がるようにリングに入りました。レフェリーのカウントを数える声は大きくなるし体勢を崩した時にはそのまま負けるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしましたよ。お客さんからも安堵の声と拍手が送られます。
リングに上がった渡辺さん髪の毛を掴んで立ち上がらせますが、その手を振り払い宇野さんの目のあたりを拳でグリグリした後に顔面にパンチ!怯んだ宇野さんの首の後ろを両手で抱え、自分の頭をアゴに固定したら軽くジャンプしてヒザをマットにつきました!(※4)すぐにアゴを押さえながら倒れる宇野さん覆い被さります。
「フォール、ワン、ツー」
カウント2で返す宇野さんにすぐにヘッドロックをかけます。次にどの技をかけるのかが分かっているかのような早業です。
宇野さんはそのまま立ち上がりロープまできて渡辺さんを投げようとしますが離れません。さらに力を加えてるようで宇野さんが痛がっています。すると宇野さんは渡辺さんの腰にエルボーを当ててからロープに投げますがまた離れません。逆にグリグリと力を込めます。それホントに痛いんですよね、顔の骨からミシミシって音が聞こえてくるんですもん。それでも諦めずにエルボーを当てて、ロープの反動も利用して投げると、やっと離れたーかと思ったら髪の毛を掴んでロープに投げられるのを拒んでまたもやヘッドロック。それを予想していたかのように、すぐに渡辺さんをバックドロップ!それでもヘッドロックを外れません。お客さんも驚いてるように感心するように「おおおー」と声を出しています。
そこからなんとか立ち上がり、何度目かの挑戦でロープへ投げるとヘッドロックが外れました。返ってきたところにショルダータックル、倒した渡辺さんがロープへ走ると宇野さんが前受けみを取るように渡辺さんの足元に倒れると、そこにまたヘッドロック!もうしつこいくらいにヘッドロックですよ。お客さんも食い入るように集中して見ています。私にはまだ分かりませんが、それだけ渡辺さんのテクニックが凄いってことなんでしょうかね。
「ロープ、ブレーイク!」
宇野さんがロープを掴み、お二人が一旦離れます。宇野さんはリングの外に出てアゴのあたりを気にしています。あれだけヘッドロックを続けられたら骨がズレちゃうかもしれませんよね。
宇野さんはリングに上がりロックアップしてから腕を取りハンマーロックへ。すると渡辺さんは簡単に腕を取り返し宇野さんの背後に回ります。宇野さんは背後の渡辺さんに右手で色々気をそらせてから腕を取り返します。すると渡辺さんは自分の体を回転させながらワキの下をすり抜けるように腕を取り返し、また宇野さんの背後へ。今度は宇野さんが体を回転させ前転するようにして腕を取り返しますが、またもや渡辺さんは切り返して宇野さんの背後に回りました。
そこから何とか腕を取り返すと、さっきまでのやり取りを止めるかのようにその場でドロップキック!コーナーに背中を打ち付けた渡辺さんに向かってもう一度ドロップキック!これは受け身も取れずコーナーと挟まれた状態なのでダメージが多そうです。そこからボディスラム。そしてコーナーに登り渡辺さんが立ち上がるのを待ってドロップキック!
「フォール!ワン、ツー」
カウント2で返す渡辺さんを再びボディスラム。今度は「いっくぞーーー!」と叫んでからコーナーへ向かうところで渡辺さんは宇野さんの股の間から手を伸ばし片方の足を抱えて押さえ込みます(※5)
「フォール!ワン、ツー」
びっくりしたようにカウント2で返す宇野さんの首を掴んで一回転させた後自分の手と足を使って動けないようにします(※6)
「フォール!ワン、ツー」
再びカウント2で返す宇野さんは渡辺さんに掴みかかりそのままロープへ投げます、が、渡辺さんは切り返して宇野さんがロープへ。返ってきたところ前かがみで待っていた渡辺さんを飛び越えながら背中を掴み、勢いのまま前方回転(※7)をしてフォール!
カウントが数えられる前に宇野さんの足を掴み体をずらして渡辺さんがフォール!
「フォール!ワン、ツー」
すぐにお二人とも立ち上がると渡辺さんがお腹を蹴飛ばし、前かがみになった宇野さんの両ワキを上から掴み、くるっと一回転して背中わせになったかと思うと前に屈むようにして宇野さんの肩がマットに着くようにしました(※8)。何ですかそれ!
宇野さんはそのまま後ろに一回転してフォールされるのを防ぎます。そしてその場でドロップキック!でも距離が良くなかったのか当たりが弱かったのか仰向けに倒れました。渡辺さんはその蹴った足を掴み、十字のように固定したまま宇野さんの上で前転してからブリッジのように着地(※9)、そのままフォール!
「フォール!ワン、ツー、スリー!」「カンカンカンカン!」「18分03秒、18分03秒、エビ固めにより渡辺選手の勝ち」
3カウントが入った後に宇野さんがレフェリーに向かって本当に3カウントが入ったのか抗議していますが渡辺さんは冷静にしています。そして自分のこめかみの辺りを指差して何かアピールしているようです。それを見た宇野さんは悔しそうにマットを叩いて悔しがり、リングを降りて肩で息をしながら控え室に戻って行きました。それにしても最初の方は宇野さんが攻めてたのに段々と渡辺さんが攻めていく時が多くなって。腕を攻めるのも道場でしている練習では見たことがない技があったり、あそこまでしつこくヘッドロックをするなんて何か意味があるんだろうけど今の私には想像もつかない領域なのかもしれません。あんなに動いて攻めていた宇野さんと試合が終わってもまだ余力があるように見える渡辺さんが対照的でした。
そしていよいよ今日のメインイベント、立野さんと山田さんのデビュー戦です。一体どんな試合になるんでしょうか、期待と不安が入り混じっています。
※1 ヘッドシザース・ホイップみたいな技だと思ってください
※2 ラ・マヒストラルみたいな技だと思ってください
※3 ラ・ケブラーダみたいな技だと思ってください
※4 チン・クラッシャーみたいな技だと思ってください
※5 スクール・ボーイみたいな技だと思ってください
※6 スモールパッケージ・ホールドみたいな技だと思ってください
※7 ローリング・クラッチ・ホールドみたいな技だと思ってください
※8 逆さ押さえ込みみたいな技だと思ってください
※9 4の字ジャックナイフみたいな技だと思ってください
次話は7月5日を予定しています