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第7話

「すいませーん、ロープに投げられるとなんでみんな戻ってきちゃうんですか?止まっちゃダメなんですか?」

堀田さんが練習の合間に何気ない感じで質問すると、道場が一瞬凍りついたような、さっきまでザワザワしてたのが急に静かになる。ん、あれ?皆さんどうしちゃったの?


「ああそれね。初めての人はみんな聞くあるあるね。昔のレジェンド選手は催眠術にかかったようなものだ、なんて言ってたわね。まあそんな冗談はともかく、ロープって中にワイヤーが入ってるでしょ?そこに大人の体重がかかって、走ってきたスピードも加わって、その反動って相当な力になるんだけど、それをうまく殺して力を制御できるテクニックがあれば戻ってこなくてもいいわよ?でもね、鍛えた選手が力任せにロープに向かって投げた時って結構なものよ?」


そう言って萩原さんは自らロープワークを始めてリング内を何往復かする。スピードが上がりロープが背中が当たるたびにコーナーの金具がギシギシっと音を立て、ロープが反動でパシーンと鞭を打ったような音がする。私にはこれをなんとかしてロープのところで止まるのはできるだろうか、いやできないかも。


「そもそもの話、プロレスとボクシングとか他の格闘技と比べてロープの役割の違いって分かる?」

リングから落ちないためのもですよね?それ以外に何かあるのかな。


「そうね、ボクシングでの事だけど、だいぶ昔に試合中にロープの間から選手がリング外に落ちて亡くなったっていう事故があったわね。それからロープの本数を3本から4本に増やしたり、コーナーとコーナーの中心になるところにロープを縦に張ってそれ以上幅が広がらないようにして選手がリングから落ちないようにしてるのよ」

え!そんなことがあったんですか…それはまたなんて言ったらいいか…


「あとね、ボクシングでも他の格闘技でもロープを掴んだら反則になるのよ。主に意図的に掴んで倒れないようにするのを防ぐためらしいわね。テレビとかで放送されてるのを見るけど、ロープを掴んだ選手にリングの外から腕を外そうとする審判も待機してるわよ。それくらい厳密に守られてるのよ」

ああ、レフェリーと同じ格好の人がリングの外から選手を支えてるのをおじいちゃんとテレビで見たことあるけど、そういうことだったんだ。リングから選手が落ちないようにしてるんじゃなかったのか。


「それに比べてプロレスのロープだけど、攻撃されてる側がロープを掴んだら技を解かないといけないルールがあるわね。あと試合によるけど、オーバー・ザ・トップロープっていう、一番上のロープの上を通ってリングの下に落ちると負けになる特別ルールがあるけど。それ以外は自由に使っていいのよ。あ、ロープを顔面にこすりつけたりロープを使って締め技をするのは反則だったわね。そこまではいいかしら」

プロレスと他の格闘技とのロープの意味の違いって、選手が落ちないようにするだけか、反則をしなければ道具として使ってもいいかってことかな?


「もし投げられたあと、ロープをうまく掴めなくて止まれなかったらどうなると思う?腕や肩を痛めるかもしれないけどそんな状況にならないようにしないといけないじゃない。そしてプロレスって20分とか30分とか60分とか、場合によっては時間無制限なんてこともあるわね。他の競技より長い時間戦うことが多いからスタミナ温存のためにも相手の力に逆らわない方がいいと思うのよ」

「でも戻ってきたら攻撃を受けるじゃないですか、そっちの方がダメージがあってよくないと思うんですけど」

「そうねー、でも相手が何をするかが分かればダメージを最小限に済むように受け身を取ればいいしその練習もしっかりやってるわよね?そして余裕ができれば相手の技をかわすことができるようになるかもよ」

「ん〜」

「それにロープでうまく止まれたとして、相手がこっちに向かってきたときはどうするの?うまくかわせればいいけど相手とロープに挟まれて受け身が取れなくてダメージが倍になるわよ?またはその勢いでリングの外に放り出されたらどうするの?外はリングと違ってマットはないし下手に落ちたらダメージどころの話じゃなくなってくるわよ。そうなったらどうするのよ。ただ攻撃を受けたくないからって止まるためだけにそこまでの危険なことをするのはどうかと思うのよね」

そういう風に考えたことは一切なかったんだけど、最初からある程度分かっていれば無理に止まらない方が危なくないのかもしれないわね。ロープワークって色々考えられてるのね。


「とまあこんな感じでリスクを考えると戻ってきた方が危なくないのよ。もちろんそのリスクを考えた上でロープに投げられても戻ってこないことを駆け引きに使ってもいいし、相手が何をしたいかが察知できれば技をかわしたり逆に技をかけたりしてもいいかもね。まあその辺の駆け引きについてはおいおい覚えてもらうてして、今はロープに投げられたら戻ってきて次に備えることからやっていきたいと思うんだけど、こんな感じでいいかしら」

「あーはい、わかりました」

「ちなみにだけど、あなたくらいの体格でもロープワークをうまく使えるようになったら、そっちの大きいのにも勝てるようになるかもね。そのためにはスタミナとロープワークを鍛えないとね。それじゃ続きを始めましょうか」

堀田さんは半分納得したような、半分まだ疑問が解決してないような表情だったけど練習を続けていくのでした。


「はい次、ロープに投げた相手が戻ってきたときに技をかけてみましょう。比較的簡単なのから2つほどやってみせるわね」

と松本さんをロープに投げ、戻ってきたところにタイミングを合わせて腕を脇の下に入れてからさっき教わったヘッドロックホイップのように腰に乗せて投げる技をかける。

「これはヒップトス、相手の勢いを利用してタイミングよく投げる技ね。力任せに腕で投げようと思わないで腰を使って投げるイメージでね。じゃあもう1つ」


と、もう一度ロープへ、すると萩原さんは前かがみになる。松本さんがロープから戻ってくると肩口をお腹に当ててヒザを手でおさえたかと思うと、そのまま持ち上げ後ろに投げる。すると松本さんはポーンという効果音がぴったりという感じで飛び上がり、綺麗な放物線を描きながら一回転して背中からマットに落ちる。これは萩原さんの身長よりも高く投げられたんじゃないかしら。


「これはショルダースルーっていう技ね。これも相手の勢いをうまく利用してるわね。対戦相手にもよるけどタイミングが合えばさらに高く飛ばすこともできるわよ。これも腕の力だけじゃなく肩から背中を使って投げるのがコツね。技をかけられた方はしっかり受け身を取らないと必要以上のダメージを受けるわよ」


受け身を取った松本さんは腰に手を当てながらいかにも痛そうな顔をしながら起き上がってくるのでした。これはキツそうだわね。

ボクシングや他の格闘技におけるロープについての説明が未熟だと思いますので申し訳ありません

ベースボール・マガジン社 プロレス入門 を参考にしています

ネコ・パブリッシング 理想主義者 を参考にしています

次話は4月15日を予定しています

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