第6話
「まあこんな感じね。今日やってみた動きはセコンドをしてる時に何回も見てると思うけど、このようにいくつもの技を掛け合ってる基本の動きだからよーく練習してね。油断してると技が極まる前に逃げられるから、技をかける方は最後までしっかりとね。切り返す方は技が極まる前にすぐ動くこと。最初はゆっくりと動きを確認しながら覚えていって、徐々にスピードを意識して体で覚えるように。そのうち考えなくても自然と体が動けるようになるのが理想ね。じゃあロックアップからバックの取り合い、腕の取り合いまで含めての動きをペアになって色々やってみましょう。ひな子、そっちはお願い。あなたは私とね」
え、私だけですか?萩原さんに指名されてリングの端の方へ連れて行かれます。立野さんは工藤さんと、山田さんは堀田さんとペアになって松本さんが指導しています。皆さんと離されて寂しいなーって思ったけど、萩原さんに手取り足取り教わるっていうのは贅沢なことよね、と思い直して練習をしていきます。
最初に萩原さんに技をかけられ、それを真似するように私が技をかけ、ひとつひとつ繰り返していきます。見てるのと実際にやってみるのとでは勝手が全然違うのね。まあ見ててもできるかどうか不安だったけども。
萩原さんの言われた通りに動く。動いたつもりだったけどなぜか体の向きが違ったり腕が絡まったり、フォークダンスでいうところのオクラホマミキサーみたいな動きになっちゃうのよね。最初のうちは明るく「そうじゃないぞー」とか言ってくれてたのが、だんだんと機嫌が悪くなっていくようで「なんでそうなるかなー?」って本気で困ってるようなのよね。私はいたって真面目に動きを覚えようとしてるんだけど、なんでだろう?頭では分かってるんだけど体がついて来ないのよ。そこまで私って運動音痴だったんだろうか。特撮やアニメの変身ポーズなら早く覚えられるんだけどなー。
「はいそれまで。ペアを入れ替えて同じようにやってみよう」
と、松本さんは指示を出していきますが私は萩原さんに注意されながら黙々と練習していきます。
私は立野さんたちのように格闘技の経験がないから仕方ないけど、じゃあ堀田さんはどうなんだろう。確か私と同じ経験者じゃなかったと思うのよ。でも運動神経がいいからなのか、ちょっと練習するとなんとなくできちゃうみたいなのよね。天才肌っていうのかアイドルのダンスレッスンの成果なのか、振付のように動きを覚えるのが得意なのか分からないけど皆さんの動きについていけてるのよね。ちょっと、いやかなり羨ましいけども。
でも私は他の人と比べても何もないのは分かってるのでふて腐れるよりも少しでも皆さんに追いついていけるようにしていかないとね。だから萩原さんとの練習はとても貴重なものだと思って頑張っていかないと。
それからしばらくの間反復練習を続けていくと、次に何をすればいいのかがなんとなく分かってきて、体が勝手に技を出している感覚がたまに出るようになる。最初のうちは「えーと、次はこれをやって相手がこうきたらこうやり返そう」なんてことを考えながらだったからね。
でもね、これがまた疲れるのよ精神的に。体だけ動かすのも頭だけ、動かすのも疲れるけど、両方を同時にとなるとさらにね。いつもは部屋に戻って工藤さんとおしゃべりをするのが楽しみだったり息抜きだったりストレス発散だったりしてたが、ここのところすぐに寝ちゃってるんだもの。体の疲れはなんとなく分かるんだけど精神的なのはね、ちょっと分からなかったわよ。そんなこともあってかだんだんと動けるようになってくると、これが「自然と体が動くようになる」ってことなのかな。
そのくらい感じられるようになってから私も立野さんたちと一緒になって技の掛け合いと切り返しに参加できるようになったのは嬉しかったな、一番下手だけど。
「よーし、なかなかいい動きができるようになってきたんじゃない?それじゃあ今日から新しい動きをしていこうか」
ある時、萩原さんから言われリングの中央に集まる。
「みんなはロープにはもう慣れたわね、そうしたら本格的にロープワークをやってみようか」
何も知らなかった時のあの痛みが思い出されます。あの時は本当にわきの下の骨が折れたんじゃないかってくらい痛かったもの。油汗って本当にあったんだね。
「こうやってロープに体を預ける時は上半身をトップロープに乗せる感じで。そうしたら反動を利用してスピードをつけたら反対側のロープに走る。この時右足からジャンプするようにすると走りやすいわよ、基本は3歩ね。反対側のロープに行ったら180度振り返って同じように体を乗せるの」
ロープとロープの間を走りながら、ではな、松本さんが走っています。何往復くらいしてるのかってくらい走っています。ロープに乗るたびに金具がギシギシと音を立ててるのがちょっと怖いです。
「じゃあやってみましょうか、最初はゆっくりでいいからね。とりあえず一往復したら次の人に交代しながらやっていきましょう」
あれから何度もやってきたのでこれはできますよ。痛くないって言ったら大げさですが、体重をかけて動くのは問題ないです。反対側のロープに当たる時はちょっとだけあたふたしちゃったけど。
「はい、いいわね。みんなよくできてるわよ。そうしたらこれを利用して攻撃してみましょう。ひな子ー、こっち来て」
さっきまで走り回ってまだゼーゼーと息が荒くなっている松本さんを呼びヘッドロックをかけさせる。
「こういう状態になっ時、ロープに押し込みながら相手に打撃を入れて相手との隙間を作り、ロープの反動を利用して反対側のロープに投げると。そこから帰ってきたところに自分から走り込んでタックルだったりドロップキックだったりを出すんだけど、ここではタックルをかけてみよか」
そう言って萩原さんを反対側のロープに投げて帰ってきたところに左肩と胸をぶつける。ドシンと後ろ受け身を取る松本さん。そこから90度左に曲がった側のロープに萩原さんが走り込むと松本さんはすくっと立ち上がり萩原さんの足元へ向かって前受け身を取るように倒れる。そこを萩原さんが軽くジャンプしてまたぎ反対側のロープへ。帰ってきたところを松本さんが両足ジャンプキックしようとして動きが一旦止まる。
「こんな感じね。そうそう、ロープワークをする時、必ずトップロープをわきで挟んで手で掴んでおくように。これは万が一外に放り出されないようにする為ね。それとタックルをするときは相手にぶつける側の腕はひじ曲げてを自分の体の前に出すように。そうしないと相手に力が伝わらないわよ。はい、じゃあやってみましょう」
おお、いかにもプロレスって感じの技よね、ロープワークって。これでプロレスラーにまた一歩近づいたって感じがしますよ。でもあれね、タックルを受けた時忘れずに後ろ受け身を取らないと頭をぶつけちゃいそうね。
毎度のように ベースボール・マガジン社 プロレス入門 を参考にしています
次話は4月5日を予定しています




