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第4話

松本さんに言われてリングを降り、痛みが弱まるまでちょっと休憩、他の人の練習を見学することになりました。


立野さん、山田さん、工藤さんは格闘技の経験があるからか体の使い方がうまいようで、私と比べるのもなんだけど先輩たちの試合の時との差がないように感じる。ヘッドロックを受けても私みたいに取り乱すことなくギブアップの合図をしている。反対に堀田さんはロックアップの体勢になるかならないかくらいで逃げるようにギブアップをしている。もしかして私の痛がり方を見て恐怖心が付いちゃったかもしれない。


痛みが引いた頃に練習を再開する。「お願いします」と萩原さんの前に立ちロックアップを始める。さっきと同じように体全体を使って萩原さんを押したり、左右、前後に力を入れたり抜いたり相手の体勢を崩して自分が有利になるように動いてみるんだけど大抵は私の方がロープまで押し込まれたり体勢を崩されたりしてるんだよね。そしてちょっとでもスキを見せると(見せてるつもりはないんだけど)ヘッドロックをかけられて、悶絶しながらペシペシと萩原さんの腕をギブアップの合図をする、それの繰り返し。


「よーし交代ー、次の人」

「ありがとございました!」と言ってからその場を離れる。


工藤さんが「大丈夫だった?」と心配してくれてたようで声をかけられる。

「ありがとうございます。すごく痛くて顔がずれたんじゃないかと思ったんですけど大丈夫でした」


なんかね、今まではほとんど体力を鍛えることしかやってなかったからプロレスの動きや技のかけ方を教わることができたのは、痛くて嫌だってより嬉しい方が強かったりするのよ。


「ちょっと、何大袈裟に痛がってるのよ」

堀田さんが言ってきたけど決して大袈裟じゃないんですよ?

「いえいえ、大袈裟じゃなくてヘッドロックって本当に痛かったんですから。こう頭の中からメキメキーとか聞こえてきて頭の骨が潰されるかと思ったんですよ。堀田さんもギブアップするのをもう少し遅くしてみるといいと思いますよ?一度体験してみてください」



「なあ、プロレスの技って本当に痛いのか?痛いフリをしてるんじゃないのか?」

ここに入団するかしないかの時にお兄ちゃんが変なことを聞いてきたのを思い出したよ。その時おじいちゃんは冷静に、しかし怖い表情で、私はムキになって言い返したことが何度かあったのよ。でも今日確信できた、プロレスの技は本当に痛いって。実家に帰ることがあったら真っ先にお兄ちゃんにヘッドロックをかけてあげようと心に決めたよ。



そのあと立野さん、山田さん、工藤さんとロックアップの練習しながら、どうすれば相手の体勢を崩せるか、ロープに押し込めるか、できればヘッドロックもかけてみたいなーなんて考えながら体を動かしてるけどよく分からないでいる。なんか私の方ばかり体勢を崩されてるのよね。さすが皆さん格闘技経験者ってことかしら。少し前に、立野さんたちって萩原さんを相手に練習をしてたんだけどあんまり負けてないのよね。それに私に教えてくれたことよりもアドバイスが少しレベルアップしてる気がするのよ。もしかして萩原さんも手加減しないで本気で相手をしているのかもしれない。


「ぎゃー!痛い痛い、はーなーせーっ!死ぬーっ!!!」

堀田さんが絶叫しながらバタバタ暴れている。どうやらヘッドロックの洗礼を受けたようです。ね、やっぱり痛いでしょ、早くギブアップした方がいいですよ。


萩原さんや松本さんに教わってから私たちだけで組み合う練習を何回かしていく。意識的に押したり引いたり、色々考えながら繰り返す。ちょうど?と言っていいのか工藤さんから堀田さんまで身長・体重が結構違うんで力の入れ方、抜き方、自分よりも大きい人との時はどうするか、小さい人の時はどうするのかが練習できるのはいいことなのかもしれない。


「はーい、だいたいこんな感じね。次はヘッドロックをかけた後の動きをしてみましょうか。技をかけられっぱなしじゃ面白くないからね」

私たちはりロープ側にずれてリングを空けると、萩原さんは松本さんを中央に呼んで技の説明を始める。


「いい、やってみるからよく見ててね。ヘッドロックの持ち手のまま自分の体を外向きに回るの。そうするとこれでヘッドロックから首をきめるネックロックになるの」

技をかけられた松本さんが捻られた首が痛く無くなるようにか、イテテと言いながら体をくねらせたような体勢になっている。


「そこから自分でしゃがみながら相手の首をななめ前に引き落とすイメージで投げると、これがフライングメイヤー」

おお、さっきかけられた技ですね。投げられてバタンと尻餅をついたようになった松本さんを後ろから首に腕を絡める。


「こうすると相手のバックを取って自分が有利になるでしょ?そこからこうやってスリーパーホールドをかけてもいいし、アゴを持って首の後ろにヒザを当ててチンロックになるし口に指を入れて引っ張って変顔を作ってもいいし、両手を後ろから持ち上げるようなストレッチ技にしてもいいし」


そう言ってひとつひとつ技を見せてくれるのはいいんですけど、変顔を作られるのはちょっと嫌だなー。肉体的なダメージより精神的なダメージが大きそうだよ。


「あとは単純に打撃技も使えるわね。他にも色々あるけど今はこんなところかしら。あっと忘れてた、口に中に指を入れるのは反則だから気をつけてね」


もう一度、今度はロックアップからヘッドロック、フライングメイヤーで投げてスリーパーホールドまで流れるように次々と技をきめていく。思わず「おーーーっ」と言って拍手をしてしまいそうになっちゃった。


「じゃあさっきと同じように一人ずつ私に技をかけてみようか。焦らなくていいから、丁寧に思い切りよくやってみよう。まずはあなたね」

一番最初にご指名を受けた私は萩原さんに「お願いします」と言って向かい合う。


とは言うものの、なんか動きがギクシャクしてしまう。さっき見た動きをそのまま真似てみてヘッドロックの手の組み方のまま自分の体を回転させるんだけど、なぜか萩原さんの頭が外れちゃうのよね。


「ここはもっと力を入れないと手が外れるよ。そして自分が回転しやすい位置で自分の体が曲がらないように私を固定しないとネックロックにならないわよ。ゆっくりでいいから丁寧に」


私は自分の体を素早く回転させなきゃいけないものだと思ってたけどそうじゃなかったのね。萩原さんの頭を動かさないように固定してからゆっくり力を込めたまま回転する。


「そうそう、ちゃんとロックされたままできてるよ。そこから投げてみようか。思い切ってやってみよう」

ネックロックの状態のまま、ななめ前に巻き込むように投げてみる。


「…もう一回」

それなりにできたと思ったけど、どうやら違ったようです。萩原さんに言われてロックアップからの技の流れをひとつひとつ確認しながらやってみる。


「うーん、もっと体を沈めるようにしないとうまく投げられないよ、もう一回。次は投げるところから」

ネックロックの状態から投げてみる。


「うーんとね、投げたあと私の体があなたと離れすぎてるのよ。これだと次の技に入るのに時間がかかっちゃうのよ。そうすると相手に逃げられやすくなっちゃうから次はもっと手前になれるように意識して」


萩原さんが見せてくれた時と比べると、私の場合は二人か三人くらいの隙間ができてしまっている。もっと巻き込んで手前に落とすような感じかな?ちゃんとできたと思ったのは萩原さんがうまく対処してくれたからなのか。


その後何回もやってみたけどなぜか隙間ができちゃうのよね、なんでだろう。


「よし交代、投げられる方になってどうなってのか自分で体感してみよう」

ということで萩原さんと投げる側と投げられる側と入れ替わる。


「お願いします」とネックロックをかけられ「いくよ?」と声をかけられ、よし、って思った瞬間にくるっと天と地が一回転したかと思うとドスンと受け身を取る間もなく投げられたようだ。投げられたことに気づかないくらいスムーズで速い。


「はい、こんな感じでやってみようか」

いやいやいや、ちょっと待ってくださいよー、それはいきなりは無理ですって。素人で普通の運動能力しかない私に高度すぎますよ。学校行事で初めてのスキーだったのにクラスメイトにいきなり上級者コース連れて行かれて山頂で放置されたようなものですよ?あの時は辛かったなー。周りの人はシャーシャーさせながら軽快に滑っていくなか私だけターンするたびに転んではお尻を打って、滑っては転んでを繰り返し、半べそかきながら一番下まで降りてこられた時はグローブもウェアも心もボロボロになりましたよ。それ以来スキーどころか雪山にも行かないと決めた高校2年の冬。林間学校なんて大キライ!なんてふけってる場合じゃないか。

とにかく教わったように、なるべく手前にくるっといくように練習を繰り返す。


「まあ最初からきちんとできないだろうけど、最終的にはこのくらいできるようになってね。じゃあ交代、次の人」

なんかスミマセン。他の方たちはなんとなくだけど綺麗に技をかけているようなのに私だけできなくて。やっぱり格闘技をやってた人は違うのかなー。そういえば堀田さんは?あれか、普段から運動してたかしてなかったかの差でしょうか。これは厳しいかもしれないけど私はくじけずに頑張るよ!

ベースボール・マガジン社 プロレス入門を参考にしています

次話は3月15日を予定しています

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