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デビューするまでの話 その3 第1話

休みを挟んでからは今まで以上に厳しくなった練習に毎日励み、週末はセコンド業務をしたり、月1で商店街のゴミ拾いに参加していると、なんやかんやで季節は巡り、最近雨の日が多くてジメッと蒸し暑くなってきたなあと思ってたら気象庁が梅雨入りを発表したその日の夜、お風呂に入ろうと練習着を脱いでいると工藤さんから声が掛けられた。


「あら晴ちゃん、ちょっと体つきが変わってきたんじゃない?」

へ、そうですか?自分ではあんまり分からないですけど。


「そういえば体重計に乗ってる?自分の体は自分で管理しないとダメよ?」

前にそんなこと言われたような気がしたので、最初の一・二週間くらいは毎日見てたけどあんまり変化がなくてやめちゃったのよね。


「ほら、お腹のところに筋肉の筋が入ってきたし、腕や足もすっきりしたというか無駄なものが取れたというか」

そう言われてよく見ると、そんな風に見えてきたようなそうでもないような?ということで上半身が映るほどの大きな鏡があるので確認してみる。でも自分の体を見るのってなんか恥ずかしいのよね。でも頑張って確認してみるとどうでしょう、パンツのゴムの上に乗っていたプクッとしたお肉がなくなってる!そしてくびれ!それに工藤さんに言われたような筋がお腹に縦と横にうっすら出てるような。ま、まさか、これが噂のシックスパック?当時移籍金が世界最高額って言われてたサッカー選手が器具をつけてるCMでおなじみの?そしてちょっとボディビルダーの真似をして腕に力を入れてみると、二の腕のプルプルがなくなり、ささやかながら力こぶができてるよ。


「よ、晴子!キレてるよ、バキバキ!」

後ろからそんな声がかかる。あ、立野さんに見られちゃった。やだ恥ずかしい!

「だいぶ戦える体つきになってきたと思いますよ、これからが楽しみですね、ウフフ」

やー、山田さんにまで!穴がなくても掘ってでも入りたい、超恥ずかしい。


日本代表クラスのお二人からそんな冗談を言われたのですごすごとお風呂に入る。そして改めて立野さんや山田さんの体つきを確認すると、無駄なお肉がほとんでなくて程よく引き締まってる。それでいて女性らしさも損なわない、女性がなりたいかっこいい体って感じなのよね。私もそのうちあんな風になれるのかなあ。


そんな事があってからお風呂に入りながらぶつぶつ言ってたのを聞いていたらしい工藤さんが

「そうは言うけど、ちゃんと先輩たちの練習についていけるようになってきたんだから。ちょっとは自信持ってもいいんじゃないの」

なんて慰めてくれるけど、他の人たちが凄すぎるからなあ。入団する前に鍛えてきたからって驚かれたのって最初だけだったもんなあ。



「じゃあ練習生集まってー!」

いつものように朝の朝のが終わり昼食を食べて休憩時間が終わると萩原さんから声がかかる。


「午後からの練習はちょっとだけ実践的なことをします。私たちが貴女たちに技をかけるので受けてもらいます。いつもの練習の時より痛く感じるかもしれなけどやってみましょう。ひな子、ちょっと手伝って」

と松本さんを呼ぶ。そして私たちには陸上のマットを用意させる。


受け身をとる練習の技は、ボディスラムとフライングメイヤーとブレーンバスターという技らしい。萩原さんと松本さんがリングの中央まで移動し、私たちはロープの近くで待機する。


じゃあよく見ててねと萩原さんが松本さんの首元と股の間に手を回し、抱え込みながら持ち上げて前方に松本さんの背中から投げつける。これがボディスラムという技らしい。

次の技はフライングメイヤーというので、松本さんの首に両腕を絡めて背中に背負い、片ヒザを付くように体を沈めると同時に前方に巻き込むように投げる。松本さんは回転受け身をとる。

最後の技は陸上のマットまで移動して実践してくれた。松本さんの頭を自分の脇に抱えて、もう片方の腕で腰骨あたりの練習着を掴み、持ち上げて後ろに倒れこむように投げる。ブレーンバスターってなかなか豪快な技じゃないですか、背中が痛そう。どれもセコンドの仕事をしてる時によく見た技ばかりだ。

説明を受けながらひとつひとつ技を見せてもらう。


「まあこんな感じね。今までの練習がしっかりできていればそう難しくないと思いますのでしっかりやってください」

萩原さんがロープの方にずれて松本さんが首や手首足首を回しながら中央に残る。なぜかワクワクしてるように見えるんですけど?


まずはボディスラムの練習から。自分の体重だけじゃなくて投げられる力も加わるのでしっかりと受け身をとらないと息が詰まってしまうらしい。


「お願いします!」

「いっくわよーーー!」っと股の間に手を入れられる。ちょ、ちょっと恥ずかしいんですけど!って思う暇もなく持ち上げられて松本さんの胸元あたりの高さから投げ落とされる。えっと、確か、自分がどのくらいの高さにいるから…マットの位置を確認して…このくらいのタイミングで受け身を…


「…ッ…ブハっ!」

肺の中にあった空気が全部出ちゃったかのように息ができなくなるのと同時に背中全体からくる痛みで動けなくなる。

「ほら、しっかり受け身をとらないからそうなるの、次!」


他の人の順番があるのでその場からすぐに離れる。それにしても一人で練習してるよりも思った以上に苦しいし痛かったよ。腰や背中をおさえながら立野さんや山田さんのを見ていると私みたいに苦しそうにするそぶりがみえないのはうまく受け身がとれているんだろうなー。


そのあと松本さんから萩原さんに変わって何回か技を受ける。

「せ〜の〜、よっと」

萩原さんは難なく私たちを投げてるけど、まるで小荷物を抱えるように軽い感じで投げるって、どのくらい体力があるんだろうか。


そのうち何回か技を受けていると気が付いた。萩原さんの「せ〜の〜、よっと」という掛け声の「よ」のところで受け身をとると今までで一番痛くも苦しくもない。


「気づいた?タイミングばっちりよ。次からは声を出さないけど同じように投げるから」

表情に出てたのかそんなことを言われた。どうやらうまくいったらしい。


だんだんと萩原さんが投げるのに合わせて受け身が取れるようになっていくんだけど、このタイミングっていつも違うだろうし人にもよるし一緒じゃないんだよね。どうすればいいかな。

「そうねー、投げられるときにいつ落とされるか予測することかな。あとは数をこなしていけばそのうち分かってくるし体が慣れてくると思うわよ、私がそうだったから」

もしかして萩原さんて本来は感覚の人なんですか?ダーッとやってパッとする!みたいな。


次にフライングメイヤーという技だ。

「お願いします!」

首を持たれて前転する感じでって思ったけど、あっという間にくるっと回ってドスッと落ちて、お尻が痛い。一体、何が起きたのって感じで何がなんだかわからずに終わっちゃった。


「技をかけられ慣れてないんだからもう少しゆっくりやってあげて」

萩原さんの声がかかる。なんかこちらに気を使っていただいたみたいでスミマセン。

「ゴメンゴメン、じゃあゆっくりやるから。私が首を持つから力を入れないでそのままついてきて」


立った状態から首を掴まれ、松本さんが中腰になったと同時に前に倒れこむ感覚に「うおっ」って声が出ちゃいそう。それをガマンしてくるっと一回転。今度はお尻もあんまり痛くない。

「どうよ、最初のより分かりやすかったと思うけど」

「はい、さっきのより投げられる感覚が分かりました」


一人でやる回転受け身と相手がいて投げられる受け身って似ているようで全然違ったよ。その後も「うわっと」とか「うへっ」とか言いそうになりながら受け身の練習をしていく。


「そろそろスピードをあげてみようか」

松本さんはそう言うけども、私は目が回ってしまったようでちょっとクラクラするので少しだけ休ませてもらった。

テレビで見たことだけど、クルクルバットで目が回った時は反対に回ると元に戻るって言ってたから今回の場合は前転みたいなものだから後ろ回りすればいいのかな?あと耳を引っ張るといいってのもあったから、今はこっちでやってみよう。

耳を引っ張り背中を反るように体を伸ばして少しでも回復しようとやってみる。


「あんた、何やってるのよ」

ちょっと怒ってるっぽい口調で言われてしまった。ふざけてるつもりはないんだけど、松本さんから見たらそうなっちゃうのかなー。


「あっそう、そろそろ始めるよ」

と、さっきより速めに技をかけられる。一度ゆっくりしてもらったおかげで自分の体がどうなったのか分かってきたので最初の時よりはなんとなく受け身が取れるようになってきたのかもしれない。


「だんだん慣れてきたようね、次はもう少し速くしてみるからしっかりやりなさいよ」

順番に技をかけられていくうちに、なぜか松本さんの調子が良くなってきたような、ワクワクしてるような雰囲気が出ている。もしかして練習だけど技をかけているうちに楽しくなっちゃったのかな?まあ野球でもサッカーでも攻撃してる方が楽しいっていうもんね。

ベースボール・マガジン社 プロレス入門を参考にしています

次話は2月15日を予定しています

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