第16話
明けましておめでとうございます
今年は去年よりちょっとでもいいことがありますように
本年もよろしくお願いします
負けちゃったけどみんな良かったよー、次またチャンスがあるから頑張ってねー、みたいな暖かい拍手の中、ダイヤモンズの選手たちがおじぎをしてからリングを降りて控え室に向かうとさらに労いの拍手が起こる。うん、みんな頑張ったよーって身内の成長をを見守ったような感覚が私の中に出てきちゃったのはなんだろうね。
場内の拍手がやんでしばらくすると松本さんが着替えてからスラーっと鉄の柵のそばにいた私のもとにやって来た。あら、なんだろう。
「あ、松本さん。お疲れ様でした」
「おう、こっちはどうよ」
「はい、順調だと思います。ところでどうしたんですか?セコンドは私たちでなんとか大丈夫ですよ」
「それはいいのよ。私は次の試合が気になったから来ただけ」
次の試合っていうと起田選手のなんとか5番勝負ってやつでしたっけ。そうだ!気になってるんならちょっと聞いちゃおうかな。
「あのすいません、なんとか5番勝負ってどういうことなんですか」
「まあ簡単に言っちゃうと、若手レスラーが一人前になるための試練というか通過儀礼みたいなもんだな。プロレスってタッグマッチもあるけど基本的に1対1で戦うだろ?自分のところや他団体の格上の選手との対戦を経験することで今の自分の実力がどのくらいで、何が不足してどうすればいいのかを考えるのと、さらなるステップアップを促すためのもの?かな」
なんで最後に疑問形になっちゃったのかわからないけど、何か大変なことになりそうですね。
「ああ、確か起田選手は私と同期デビューだったかな?ダイヤモンズの中では一番の若手なのよ。ただあそこは選手が少ないから、今回みたいな5番勝負はGPWUを通してうちとか他の団体の選手にお願いしてるの。まあ佐々木選手は厳しく鍛えるので有名だから、今日は起田選手にとってどこまでできるか分かるいいチャンスじゃないかな?」
そんな話をしていると曲が流れてきて起田選手が緊張した表情で入場して来た。入場曲に合わせて応援団の皆さんは起田選手を鼓舞するかのように声を出している。ちなみに松本さんも5番勝負を経験したんですかね。
「おうよ、お前らが入ってくる前の冬にな。佐々木選手や他の団体の選手と戦ったけど5戦全敗よ。あともう少しでってところまで攻めたんだけど、そのもう少しってところが難しくてね。いやーあれはまいったよ」
あはははーと松本さんがあっけらかんと笑う中、対する横田さんはリラックスしているような、でもどことなく怖い感じで入場して来ました。セコンドには立野さんが付いています。ダイヤモンズの中で起田さんが一番若手ってことは、他の選手たちってどのくらい経験を積んでるんだろう?
「キャリア?そうなー、佐々木選手はショウ子さんと同じか少し後輩で、少し間があって中島選手、またちょっと間があって宮原選手と北宮選手で、2年下に起田選手か。実力もそんな感じだと思うけどそれがどうした」
「ええ、 第3試合のことなんですけど、宇野さんも萩原さんもずっと余裕があったようなのでダイヤモンズのお二人とどのくらいの差があったのかと思いまして」
「そういうことか。キャリアでいえば宇野さん萩原の方が上、見た通り実力も上。それに佐々木選手とファイトスタイルが違うから戦い慣れてないってのもあるんじゃないか?」
中島選手もなー、正面からぶつかっていくタイプだからなーとか言いながらリングのそばの一番いい場所を見つけて座る。
「もう試合が始まるから、何かあったら後で」
「はい、ありがとうございました」
「レディー、ファイっ!」「カーン」
起田選手の試練が始まったようです。横田さんを相手にどのように戦っていくんでしょうか。私だったらどうしようかな?ってまだ何もできないし分からないのにそんなこと考えたってしょうがないよね。
『ん?いいんじゃね』
ですかね?こういう強敵と対するには主人公は知恵と勇気と友情で勝利するのは特撮物の常識だけどそういう訳にもいかないのよね。悲しいけどこれが現実なのよ。一度負けて命からがら逃げ出して、おやっさんに特訓してもらったり新技を考えたりっていうのが定番なんだけど今はまあいいか。っていうかさっきのは松本さんかな?
そんなことを考えてても試合は進んでいく。起田選手は自身の得意なことで横田さんを攻めているようだけどあんまり効いてないみたい?
「5分経過ー、5分経過ー」
突然横田さんが起田選手をリングの外に放り出し鉄の柵に背中にぶつけたりリングの柱に頭をぶつけたりとても乱暴なことをし始めた。横田さんてこんな怖いことする人だっけ?おっと、曲がった鉄の柵を戻さないと。あら、さっきまで試合をしていた宮原選手と北宮選手が入場口の奥の方から試合を見ていますよ。気になって見に来たのかな?後輩思いの皆さんですね。
「これは起田選手を潰しにかかってるな」
潰すって、かなり物騒なこと言ってますけど聞き間違いですよね?横田さんが起田選手をリングに上げたあたりで松本さんが説明してくれる。
「こういう5番勝負を受け持った格上の選手ってのは、若手のいいところを本人の限界ギリギリのところまで引き出そうとするタイプと力ずくで叩き潰して何もさせないタイプと、だいたい2パターンに分かれるんだけど、横田さんは後者のつもりでやってるんだと思うよ」
うぇー、あれですか、ライオンが子供を谷に突き落として登って来たものだけを育てるってやつですか!怖いなー。ってことは松本さんもやられたことあるんですか?
「おうよ、佐々木さんともう一人からぐっちゃんぐっちゃんのけちょんけちょんよ。技らしい技はかからないに効かないし、倒れてても蹴られるしこっちが立つまで待ってるし、レフェリーのダウンカウントを止めるしで怖いのなんので泣いちゃうかと思ったよ。でもそれがあって今の私なんだけどな。お前もデビューしたら覚悟しておけよ?私がギッタンギッタンにしてやるから(笑)」
松本さん、その(笑)っていうのが怖いんですけど。
「10分経過ー、10経過ー」
途中、起田選手が攻めていくと応援団は盛り上がり、横田さんに反撃されると落胆し、ピンチになると起田コールで声援を送り、なんとか攻め立てて横田さんに覆いかぶさるとレフェリーと一緒になってカウントを数え、返されるとため息が漏れる。最後は横田さんの後ろに投げてブリッジする技で負けてしまいました。
「13分42秒ー、13分42秒ー、ジャーマンスープレックスホールドにより横田選手の勝ち」
ダイヤモンズのセコンドが氷のうを持ってリングに上がり介抱しようとすると、横田さんが待ったをかけて起田選手に何か語りかける。すると起田選手は時間をかけてなんとか立ち上がると、横田さんは起田選手を抱きしめてから左手を掴んで健闘をたたえるようにその手を上げる。会場からは大きな拍手、いい試合だったぞ!次からも頑張れよー!、と声援を送られる。そしてお二人は両手で握手をし横田さんはリングを降り、起田選手はお客さんにおじぎをするとそのままヒザからリングに倒れる。セコンドが肩を貸してリングから降りると宮原選手と北宮選手がいつの間にかリングのそばで待っていて、三人で控え室に戻っていく姿にまた大きな拍手が起こる。ちょっと涙ぐんでるお客さんもいるじゃないですか、私もうるっと来ちゃいましたよ。感動だなー、いいもの見させていただきましたよ。
ってなんでダイヤモンズの皆さんに感情移入しちゃってるのよ。
気を取り直して。さあ、いよいよメインイベントです。
次話は1月15日を予定しています




