第14話
昨日と比べるとお客さんの人数が3割4割くらい多いような感じで売店も忙しくなってくる。それにあわせてロビー、場内の雰囲気も徐々にガヤガヤとしてきたよ。会場の椅子も急遽増設するのにスタッフさんが倉庫から持ち出して並べている。それが待ちきれなくなったのか、自分で椅子を運ぶお客さんも見られる。いつも間にか二階の窓を開ける通路の手すりに選手の横断幕が何枚か飾られていた。おっと、あちらはダイヤモンズの皆さんの応援を目的に来たお客さんかな?お揃いのTシャツを着て一角にまとまっているよ。何だか落ち着かない雰囲気にちょっと緊張してきた私。こ、これが対抗戦…
「大変長らくお待たせいたしました。プロレスリング・ドリームファクトリー、只今より試合を開始いたします!」
アナウンスとゴングの後に豊田さんから入場する。きちんと洗濯してお渡ししたのでコスチュームもバッチリ決まってます。ただ、今日は昨日のとは色違いのガウンを着てるんですね。セコンドは工藤さん、私はリングに上がる時のロープを広げて階段を外してリングの下に片付ける。
豊田さんがボディチェックを受けている間にクリスさんの入場曲が流れてくる。ノリのいい曲はお客さんも手拍子がしやすいようで会場の雰囲気が盛り上がってきますよね。今日は昨日と同じ配色の、肩を出してスタンドカラーのついた膝までのボディスーツのようなコスチュームなんだけど、胸元とかお腹の横、腰回りや太もものところに穴が開いてて肌が露出してるんですよ。強度は大丈夫ですか?途中で破けてポロリとかしませんか?そんなにセクシーにしなくてもいいと思うんですけど。そしてリングに上がる時はお尻を振るジェスチャーで一部の男性ファンが盛り上がる。もう、男の人って!
クリスさんがリングに入ると豊田さんに近づき胸元を指さして何か言ってるよ、何だろう?そしたら豊田さんがクリスさんを両手で突き飛ばす。試合が始まる前からどうしちゃったんですか、クリスさんも何か余計なこと言ったのかな。クリスさんは両手を後ろに組んで胸を突き出すように、まるでメジャーリーグの監督が審判に抗議するみたいに豊田さんにぶつかる。そうすると同じように豊田さんもやり返す。本当にお二人ともどうしちゃったんですか?
そんなことを何度か繰り返していくと、クリスさんは一旦引き下がりお客さんの方に向かって髪をかきあげたり体をくねらせたり、グラビアアイドルのようなポーズをしながらリングの中を動き回る。しかも「今がシャッターチャンスよ」と言ってるかのように手でカメラのシャッターを押すような真似をしながら。あーこれは、私の方がセクシーですよ、っていうのをアピールしてるんですかね。クリスさんも豊田さんも立派なモノをお持ちですからそんなところまで意識してるんですか。
それを見た豊田さんも負けじとリングを回りながら胸を強調するようなポーズをとってますけど、なんかイマイチぎこちないような似合ってないよう気がします、私が見た感じですけど。慣れないことだったらしない方がいいと思いますよ。
そんなセクシーアピール合戦をやってたら当然のように男性のお客さんから「クリスーーー、カモーン!」とか「エツ子さーん、こっちにも見せてー」とか異様に盛り上がっちゃって。
中には「クリスー、マリーミー!」「Are you rich?」「……」「Noooo!」なんてやり取りをしてるし、最後には「オパーイ祭やー」とか「挟まれたーい」とかもうっ、もうムネムネムネムネ何言っちゃってるんですか!いいですか、お胸はお客さんのためにあるんじゃないんです、赤ちゃんのためにあるんですから!本当にもう、男の人って。
そんなやり取りがあったけど、いざ試合となればさっきまでの雰囲気がガラッと変わって緊張感が漂うなか、体と体がぶつかり合う音が場内に響く。豊田さんもクリスさんも力と体を使った攻撃に自信があるようです。だからか相手の攻撃を受けても一回も逃げずに、それどころか「ほら、もっと攻撃してきなさいよ!」みたいに胸を突き出したり両手を広げたりして相手を挑発していく。私が言うのもなんだけど一回逃げた方がいいんじゃないかと思うんだけど、意地なのか何なのか逃げないのよね。クリスさんは野球のピッチャーのように上から豊田さんの胸元を叩き、豊田さんは手のひらを下に向けて水平に動かして小指の付け根あたりからクリスさんの胸元を叩く。そんなだからコスチュームに隠れてない胸元がだんだんと赤くなって何とも痛々しく見えてくるのよ。お客さんはそれを見るたびに「うぉーい、うぉーい」って攻撃に合わせて声を出して盛り上がる。
もう何回も何十回も繰り返していくと、クリスさんが大きな声をあげて力を込めて、今日一番の大きな音とともに胸を叩きつける。すると豊田さんはドドドーと後ろに下がりロープに寄りかかり、それを見たクリスさんはガッツポーズをした後にそのままマットに倒れた。お客さんはわーっと盛り上がりお二人に向かって盛大な拍手を送っていく。
その後もロープの反動を使って体当たりをしあったり相手を持ち上げてマットに叩きつけたり、単純に叩いたり蹴ったり、もうドッカンドッカンって言った方がいいくらい正面からぶつかり合って、その度にお客さんも盛り上がって声援をあげる。ドッカンドッカンなんて女の人を例えていい表現じゃないと思うんだけどね。
「15分経過ー、15分経過ー。15ミニッツパストー」
え、もうそんな時間!いつの間にかあと5分になっちゃった。そんなになってもぶつかり合いはまだ終わりません。一体どんな体してるんですか。
「残り時間あと3分!」
肩で息をしながらも技とか何とか関係なく、とにかく相手を倒したら上に覆いかぶさってカウントを取ろうとするもワンとかツーで肩をあげられる。
「残り時間あと1分!」
もう意地でも倒れないって決めてるけど体がついてこないようで、ひざ立ちになり四つん這いになりながら、ただただ叩くだけだったり。お客さんの声援もまるで悲鳴のようですよ。
「カンカンカンカン!」「制限時間により、この試合はドロー、引き分けです」
お客さんのため息と拍手の中、豊田さんの曲ともクリスさんのとも違う音楽が流れてきて両セコンドが選手の介抱のためにリングに入ってくる。お二人は激しく息をしてその場に倒れたまま動かない。レフェリーが意識を確認したり様子を見てしばらくすると、何とか立ち上がりレフェリーに手を上げられる。お客さんからは割れんばかりの拍手が送られるも、お二人は何とも言えない悔しそうな表情をしている。リングから降りてセコンドに肩を借りながら控え室に戻るとき、姿が見えなくなるまでお客さんが拍手を送っていたほどの激しい試合だけで私の体力は半分くらい使っちゃった感じよ。あと4試合もあるのに大丈夫かな。
さて次は松本さんと中野さんの試合だ。私は松本さんのセコンドに着くようになっているので控え室に向かう。松本さんは今日も派手に入場するんだろうなーって控え室に入ると何か昨日と雰囲気が違う。もしかして緊張してます?あら、今日はセーラー服風のコスチュームですか、可愛らしいですね。(せっかく昨日頑張って洗ったのに。とか思ってないよ)
「よろしくお願いしまーす」と入場曲が流れたので松本さんをリングまで促す。リングまでの途中にお客さんの声援があってもそれに応えるでもなく大人しくすんなりリングに上がる。リングに上がってもコーナーに登ってお客さんに両手を振ってアピールすでもなくすぐにガウンを脱いで青コーナーに寄りかかる。松本さん、表情が硬いですよ?本当にどうしちゃったんですか。
続いて中野さんの入場だ。何回かしか見てないけど、お客さんの声援にも気軽に答えていていつもと変わらず落ち着いた感じでリングまで来る姿は松本さんとは正反対だ。リングに上がりガウンを脱いでセコンドに預けボディチェックを受ける。ん?なんかちょっと怒ってます?
「レディ、ファイっ!」「カーン」
試合はセコンドのリハーサルで見たような動きで始まる。リングの中央で組み合い、腕をひねったり相手の背中をとったり頭に腕を回して投げたり。こういうのがプロレスの基本的な動きなのかな。そうしたら松本さんもちゃんと動けるんですね。昨日みたいなのを見たらどうかと思ったけどちょっと安心。(なんて思って失礼しました)
ただ、松本さんがどんど攻めていても中野さんは冷静に対処してるっていう印象で、手のひらで踊らされてるようなすべての動きを先に読まれて対処されてるような、どうにも中野さんの余裕な態度が崩せない。
松本さんが攻めてるもなかなか効いてない感じが続いて、最後は中野さんが背中側から抱き抱えてそのまま後ろに投げブリッジをするとレフェリーがカウントを取る。
「フォール、ワン、ツー、スリー」「カンカンカン!」
「13分28秒、13分28秒、ジャーマンスープレックスにより中野選手の勝ち」
勝ち名乗りを受ける中野さんは勝った嬉しさを出すこともなくスッとリングから降りて控え室へ戻る。私は松本さんを介抱しながらリングからゆっくりと降ろす。松本さんは「やっと終わった」みたいなとても疲れた表情だったので相当激しい試合だったんだろうなと想像しながら控え室に向かうのでした。中野さん、試合の最後まで余裕っぽかったもんなー。
次話は12月25日を予定しています




