第10話
松本さんを控え室まで連れていくんだけど、まだ目が回ってるようで私が支えてないとすぐに転んじゃいそうになるくらいに力が入っていない。こういう時ってどうすればいいんだろう?クリスさんが振り回したのと反対に回したら元に戻るのかな?
控え室について椅子に座らせてしばらくすると、何とか自分で歩けるようになったようで松本さんは自分でコスチュームを脱いでからシャワー室へ向かう。私は脱いだコスチュームやらシューズやらを片付けたりしていると松本さんがすぐにシャワー室から出てきた。もう?早い、早いですよ松本さん!
バスタオル姿で椅子に座り、首筋をさすったり肩を回したりしながら私に話しかけてきた。
「そうだ、次の次の試合、自分たちの団体じゃないからってダイヤモンズの試合を見逃すなよ?ちゃんと見ておけよ」
という。え?私たちとはあんまり関係ないと思うんですけど?
松本さんがなんでそんなこと言うのか分からずに考えていると、第二試合のどなたかの入場曲が流れてきたので松本さんに挨拶をしてから急いで会場へ向かう。
次の試合は豊田さんと中野さんの対戦だ。豊田さんは紫と黒を基調にした、ところどころベルトのような装飾のついたセパレートタイプのコスチュームに、縁取りにファーをあしらったフード付きのガウンを着て入場してくる。セコンドは工藤さんだ。
「青コーナー、145パウンド〜、豊田〜エツ〜こ〜〜〜」
投げ入れられる紙テープを急いで集めてリングの下に片付ける。
対する中野さんは紫っぽいピンクのシンプルなワンピースのコスチュームで、ドリームファクトリーのロゴ入りTシャツを着ての入場だ。セコンドは山田さんだ。
「赤コーナー、118パウンド〜、中野〜かお〜り〜〜〜」「レフェリー福田明子ー」
紙テープが投げ込まれる中リングアナウンサーに名前を呼ばれると、中野さんはコーナーの2段目のロープに上がり、客席に向かって自分が着ていたTシャツを脱ぎ、客席の方を向いて指を指す。そして声援が一番大きかったところに投げ入れると、落下地点に近い何人かのお客さんがTシャツを掴み取ろうと立ち上がる。いいなあ、私もああいうのやってみたいなー、あ、お客さんの方ね。
ゴングが鳴り試合が始まる。正面からがっしり組み合いたいであろう豊田さんに対してゆっくりした動きから急に速く動いてなかなか組み合おうとしない中野さん。これはイライラして力ずくでどうにかしようとする豊田さんをうまくいなして捕まらないようにしている中野さんの作戦かな。かと思えば豊田さんのヒザだけを曲げたり叩いたりの攻撃をしたり足や腕を掴んだと思ったらクルッという表現そのままに豊田さんの背中をマットに付けたりしている。もうちょっとで3カウントが入りそうになった時はお客さんから「うおーーー」なんて声が聞こえてきたり。なんだか昔のアメリカのアニメで見たネコとネズミのように思っちゃった。豊田さん、中野さん、ごめんなさいと心の中で謝っておく。
この試合はリングから降りてくることはあってもお客さんのところまで行くことはなく、どちらかと言うと昨日見せてもらった萩原さんと横田さんの試合のような試合に近いのかな、松本さんとクリスさんの試合とは全然違った。どっちが普通なのかな。多分松本さんがハッチャケ過ぎちゃったんだと思うけど。
それでも最後は中野さんを捕まえた豊田さんに技を決められてしまいました。
14分45秒、体固めで豊田エツ子さんの勝ち。
次はタッグマッチ、ダイヤモンズの提供試合試合だ。その頃になると松本さんがTシャツ・ヒザ丈のジャージ姿でリングまでやってきて、そのまま赤でも青でもないコーナーの下に座る。もしかしてセコンドの仕事はしないつもりですね。ええ大丈夫です、ダイヤモンズの方と私たちでやっておきますから。
すると曲が流れて起田選手を先頭にして宮原選手と両選手が入場してきた。そういえばタッグマッチの時ってどちらの入場曲が使われるんだろう。
宮原選手たちがリングに入ってアナウンサーに名前を呼び終わる頃、曲が変わり中島選手と北宮選手が入場してきた。がっしりとした選手がリングまでダッシュし野球のヘッドスライディングのようにリングに入り、もう一人の選手はゆっくり歩いての入場だ。おおー、後から来た選手はなんか雰囲気がありますね。アナウンサーのコールによると先に入ってきたのが北宮選手、後から来たのが中島選手ですか。一人で四人分のガウンなどの着てきたものを片付けたり紙テープや階段も片付けるのはとても大変なので私たちも手分けしてお手伝いをする。ダイヤモンズの選手はリングに上がるとどの選手も客席に向かってお辞儀をしているのでとても礼儀正しいと思っちゃいます。そういう事を普段から教育されてるんだろうなあ。
ゴングとともに起田選手と北宮選手の対戦から始まる。それにしてもこれってどういう順番で戦うか決まってるんだろうね。どちらも先に入場してきた選手なんですよ。あ、デビューした順番とかかな。
試合内容は昨日の萩原さんと横田さんの試合と同じような感じで組み合ったり腕や背後の取り合いをしている。やっぱり松本さんが特殊だったんだなきっと。
中島選手は蹴るのが得意でなようで、すね当てがついたシューズを履いている。相手選手の胸元やモモを蹴るとバスっとかドスッとか人の体から普段聞いたことが無い音が聞こえてくる。しかも右足でも左足でも同じような音が聞こえてくるよ。蹴られてないのに私もなんだか痛くなってくるよ。
宮原選手はしゅっと背が高く体が柔らかいみたい。技をかけるとき、ロープに投げて返ってきたところを蹴るときに、足の裏が相手選手の顔に当たるようにまっすぐ上がるんだもの。そして相手選手を後ろに投げた後のブリッジの形と爪先までピンと立った姿勢とても綺麗。
北宮選手はがっしりした体型で持ち上げたり体当たりが得意みたい。体当たりは相手の選手に一回も負けてないし、リングの中央でラグビーのタックルみたいに相手にぶつかると、そのままコーナーまで持ち上げて運んじゃうんだもの。しかも自分の足と相手の足をからめて攻める技を使ってるから意外と器用なのかもしれない。
起田選手は体は皆さんより少し小さいけどガッツがあるのよ。やられてもやられてもマットを叩いて相手に突っかかったり、うつ伏せになって背中あたりに乗られて、両足を持たれて腰を曲げられる体勢になったところを匍匐前進みたいに動いて一番遠いロープまで逃げるんだもの。そんなのを何回も見せられたらお客さんも私も応援したくなっちゃうわよ。
でも、最後はなんとか粘っていた起田選手の頭を中島選手が蹴って倒れたところを覆いかぶさった。ひえっとお客さんからも短い悲鳴が聞こえてくるほどの衝撃。
19分08秒 片エビ固めで中島選手の勝ち
はっ、松本さんが言ってことはそういうことか!普段見られない選手の試合を見ることで勉強しなさいってことなのねきっと。相手選手がどんな技を使ってどういう風に攻めてくるか覚えておけば次に戦うときに役に立つもんね。って私、選手どころかデビューもしてないし、まだ入団したばっかりなんですけど?
次話は11月15日を予定しています




