第8話
そんなこんなで試合当日。
朝から自分たちプラス、ダイヤモンズの皆さんの食事(前田さんが来て手伝ってもらった。皆さんからは美味しかったと言ってもらえて良かった)を準備をして、午前中はいつもより軽めで短めの練習で終わる。今日の試合は15:00から始めるというので、1時間前の14:00からお客さんが入ってもらえるように準備をしていくようだ。試合の模様を取材来てくれる記者の方々はそれより前に来る方もいるそうだけど、そちらはスタッフの方が対処してくれるようだ。
これから準備を始める前に上田さんと横田さんが中心になってミーティングを行うというのでロビーに集まる。今回は松本さんもこちら側に来て一緒に準備をするみたい。
「はいお疲れ様。今日は昨日も言った通り、皆さんには試合会場の運営とセコンドの業務を行ってもらいます。お客さんに失礼のないようにとケガに気をつけて、プロレス観戦を楽しんでもらえるように頑張ってください。分からないことは近くのスタッフか松本に聞いてね。ひな子、よろしくね」「はい!」
「じゃあ作業に入る前に、これを配っていきます。ひな子お願い」
松本さんから一人ずつTシャツを渡される。お、なんか皆さんとお揃いで嬉しいかも。高校で文化祭をやった時に作ったことあるけど、一致団結って感じで嬉しいのよね。
シャカシャカとビニールを外して広げてみると、Tシャツには黒地に白の角ばった文字で胸元に大きく『練習生』とプリントされていた。確かに私たちは練習生ではあるけれど、これは恥ずかしいというかなんというか、着るのにちょっと勇気がいるよ。練習生がこんなに主張するのはどうかと思うけど。
まあ着なきゃいけないので割り切って着ようとしていると、首の後ろのところにも『HorT』とプリントしてあった。ふーん、なんだろ?
「えー、うそ、ホント?これ着てもいいんですか?」
突然堀田さんが大きな声をあげる。何々?何がどうしたの?立野さんも山田さんもびっくりよ。
「わー嬉しいわー。Honey or Trapって、あの噂は本当だったのね。後でメンバーに自慢しちゃおっと、ウフフ」
興奮している堀田さんによると、一部の音楽業界のファッションフリークに絶大な人気を誇るブランドらしいのよ。とある女性ロックシンガーがPVの衣装として使ってから人気に火がつき、その衣装を作ったのは誰なのか、どこを探してもファッション業界には見つからなかったことからさらに話題になったらしいとか。探すのを諦めていたあるファッション業界関係者がプロレス観戦をした時に、入場で使うコスチュームがあの時のPVの衣装に似てることから問い合わせたところ、その衣装をデザインしたのが上田さんだったらしいのよ。「あまり大きく広めないでね」ってことで世間には有名になってないけど知る人ぞ知るブランドらしいのよ。らしいらしいばかりで申し訳ないけど、本当にブランドのこと知らなかったんだもの。私の普段着は「ファッションセンターおかむら」とか駅ビルに必ず入ってるくらい有名なファストファッションのお店くらいで、たまに友達や家族とお出かけする時にちょっと背伸びするようなブランドもあるけどそんなに詳しくないのよ。
堀田さんの説明に、自分のことのように喜んでいる松本さんと一緒にこの後の説明を聞いていく。まさか松本さんも練習生のTシャツは着ませんよね。
お客さんを入れるまではダイヤモンズの皆さんのウォーミングアップやリングの感触やロープの張り具合ををつかむために使ってもらい、終わったら清掃をする。その間にダイヤモンズの練習生と顔合わせをして場内の施設を案内してあげる。あ、こっちの人は『練習生』のTシャツは着なくていいのね。
そして今日の対戦表を確認すると
・第一試合 シングルマッチ 松本ひな子さん対クリス・ホークフィールドさん
・第二試合 シングルマッチ 豊田エツ子さん対中野香織さん
・第三試合 タッグマッチ ダイヤモンズ提供試合
・セミファイナル シングルマッチ 大森悠さん対宇野愛菜さん
・メインイベント 上田ショウ子さん・佐々木北斗さん(ダイヤモンズ)対横田未来さん・萩原香澄さん
以上の5試合でそれぞれ30分1本勝負。どの試合に誰がセコンドに着くかを話し合いで決めていく。ダイヤモンズの選手の皆さんにも付くように言われたので、後でご挨拶にいかなくちゃね。それにしても二人組の試合はタッグマッチっていうのか。チームやコンビじゃないのね。
ロビーにグッズを倉庫から持ってきてテーブルの上に並べたり見本を広げたり、チケットの準備をしているうちにお客さんが入ってくる時間になってきた。よーし頑張るぞ!
「いらっしゃいませー、入場されましたらチケットはにこちらで目印をつけてくださーい。お名前でもニックネームでも大丈夫でーす。書き終わりましたらこちらのテープでお客様が決めた席に貼ってくださーい。お客様のお荷物でお友達の席をキープするのはおやめくださーい。お一人様1席でお願いしまーす」
1時間も前なのにもう来てくれてたんだ、嬉しいなー。入場と同時に3〜40人くらいのお客さんが入って来てくれたけども、あれ?お客さんはこちらを見ることもせず試合会場の方に向かっていくよ。
「いらっしゃいませー!選手のグッズはこちらでーす」「パンフレットでーす、いかがですかー」
初めてだから緊張するけど、ちゃんと声を出していかないとね。なんて言ってても誰も振り向いてくれないよ。
「こちらはダイヤモンズでーす!今日はTシャツをお買い上げの方には特別に佐々木選手のサインと記念写真の撮影ができまーす!」
お隣さんも声をかけているのに反応もなくなんか寂しいですね。なんて思ってたけど、そうか!指定席じゃないから熱心な方たちはなるべく早く来て席を確保しないといけないのか。どうりでグッズ売り場を素通りするわけだよ。じゃあ席を確保してからこっちも忙しくなって来てくれるのかな?
それ以降にチラホラとお客さんがやって来る。ロビーのグッズ売り場はだんだんとお客さんたちが集まってきて忙しくなってくる。さあ、呼び込みしなくちゃ。
「いらっしゃいませー、上田選手のTシャツMを1枚ですね、3000円になりまーす。5000円のお預かりで2000円のお返しでーす、ありがとうございましたー!」
そんな感じで少しずつ選手のグッズが売れていく。お店みたいなバーコードを読み込むレジを使ってないから計算を間違えないようにしないとって思ったけど、消費税込みの価格になっているで簡単な計算だけでひと安心。でも間違えないようにしないとね。
私の体感ではあるけれど、上田さん、横田さん、豊田さんのグッズが売れてるみたい。このお三方は団体を代表する選手なのかな、人気があるんですね。
ロビーの隅っこの方ではクリスさんの撮影会が始まるようだ。パーテーションで仕切られて外からは見えないようになってるけど隙間からチラっと見えちゃったわよ。わおー、大胆なコスチュームでお尻が下半分見えるようなショートパンツとお胸がこぼれそうな三角ビキニを着ているけど試合中にポロリとかなりませんか?大丈夫ですか?
それにお客さん、その距離でその長い筒みたいなレンズは必要ですか?皆さんのカメラやスマホのパシャパシャという音とフラッシュの光がこっちまで漏れてきてますよ。やっぱり男性ファンの皆さんは金髪と青い目と大きなお胸とお尻が好きですかそうですか。私も好きです、なんてね。
「本日はプロレスリング・ドリームファクトリーにご来場いただきまして誠にありがとうございます。お客様にお知らせいたします。場内は禁煙とさせていただいております。喫煙をご希望のお客様はロビー奥に喫煙所を用意しておりますのでそちらをご利用ください」
ざわざわざわ…
「場内での写真撮影は自由にしていただいて結構ですが、動画の撮影や音声の録音は固くお断りしております。万が一撮影や録音を発見した場合は、データの消去や機材の一時預かりをさせていただきますので何卒ご注意ください。また、試合中の場内での会話はご遠慮してくださいますようよろしくお願いします」
ざわざわざわ…
だんだんとお客さんも集まってきて、ロビーも場内もざわざわとしてきた。席は足りるかな、大丈夫かな。
「それでは本日の対戦カードを発表いたします。第一試合 30分1本勝負 シングルマッチ 松本ひな子対クリス・ホークフィールド」
パチパチパチパチーという拍手とともに「クリスー」とか「ひな子ちゃーん」とかの声がかかる。
「第二試合 シングルマッチ 30分1本勝負 豊田エツ子対中野香織」
パチパチパチパチ…
「第三試合 タッグマッチ 30分1本勝負 ダイヤモンズ提供試合 宮原ちえみ・起田寛子対中嶋明菜・北宮秀美」
ぅおーーーーっ!なんだ?一部のお客さんだけ異様に盛り上がってるよ。
「セミファイナル シングルマッチ 30分1本勝負 大森悠対宇野愛菜」
パチパチパチパチ…
「メインイベント 30分1本勝負 横田未来・萩原香澄対上田ショウ子・佐々木北斗」
ぅおーーーとひときわ大きな声援が上がる。団体の代表がチーム、じゃないタッグを組むんだもの、注目される試合なのかな。
「本日は途中の休憩時間を設けておりませんのでご注意ください。それではもうしばらくお待ちください」
いよいよ試合が始まるようです。
次話は10月25日を予定しています




