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第4話

次の日、朝食の準備をしているときに立野さんと堀田さんに階段ダッシュのことを聞いてみたら、それはお約束というよりもマスコミへのサービスショットの意味合いもあるらしかった。そういえば、スポーツニュースで息をゼーハーゼーハー言わせて足をガクガクさせながら階段を駆け上がる選手、階段を駆け上がった後に「あかん、しんど、もう死ぬー」って言いながら倒れこむ選手の姿は春先の『プロ野球キャンプ情報』でよく見る風景よね。もちろん練習としての効果もあるので積極的にやっていきましょうとのこと。


その日の練習後に萩原さんから連絡事項があった。それは、今週の土日に道場でお客さんを招いて試合があるという事、そして私たちは先輩たちのセコンドとか会場案内とか受付とかをすることになった。なので金曜日の午後は会場の設置とセコンド業務を具体的に教わることに。それと、数名の他の団体からやってくる選手のために、合宿所の使ってない部屋をその選手たちの控え室にする準備もする事になった。会場の設置はなんとなく分かるんだけどセコンドって何をするのかね。


それから、先週より少し内容がきつくなった練習を繰り返していくとあっという間に金曜日。いつものように午前中の練習と食事とったあと休憩を終えて道場に戻ると、端っこの方にあったリングが道場の中央に移動されていた。あら、どうしちゃったの?まさか小人さんが?


「練習生集合ーーーっ!」

松本さんが声をかけてくる。今日は普通のトレーニングウェアで体育教師の格好じゃないんだ。


「いいかー、今日は私がセコンドの手本を見せるからな。それが一通り終わったら先輩たちに協力してもらってリハーサルをするからしっかり覚えるようにな」


なんか今日は機嫌がいいみたいですね。先輩っぽいことができるのが嬉しいのかな?

その前に会場の設営からという事で、リングはリング屋さんという人たちがいつの間にか移動してくれたそうで、道場のちょうど真ん中あたりにあった。じゃあ食事と休憩中のときか。小人さんじゃなかったわね。

「次はお前らにもやってもらうからなー」と松本さんに言われたけども、こんなの一体どうやって移動するっていうのよ、なんて思いながらその他のトレーニングマシーンを倉庫に片付ける。ダンベル?バーベル?の重りだけでも重いのにそれをつける棒だけでも重いのね。


道場をぐるっとモップがけした後、倉庫からマットと鉄の柵を乗せた台車を運び出しリングの周りにマットを並べる。マットは私たちが練習で使っているのとは別のものだ。それをリングの周りに敷いていく。敷き終わるとすぐ外側に鉄の柵を並べていく。並べるのはいいけどどうやって並べるの?


「いいかー、床に《F》っていう文字があって床と同じ色のラインがあるだろ。そのラインに合わせれば綺麗に並ぶぞ」

そう言われて床を見るとラインがありますね、じゃあそこに柵を並べてと。あれ、フラフラして自立しないよ。これじゃ柵の意味がないんじゃ?


「そこ、下の足の部分を鉄柵と十字になるように回転させないと立たないぞ」

そりゃそうか。くるっと回してみると、おお、これでいいのか。足を回すとカチッと音がして固定される。これならフラフラしないね。元に戻すときはこのボタンを押せばいいのか。

柵を並べ終えたらリング側の足はマットの下に隠すように押し込む。そうすれば場外乱闘の選手やカメラマンさんが足を引っ掛けなくていいね。そしてリングの柱の後ろあたりに開閉できる柵をつけるとできあがりだ。少々の歪みを直したら鉄の柵の設置は終了。 


その後、柵から1mくらい離しところから椅子を並べていく。その時、前の人と頭が互い違いになるようにしていくんだけど、リングの柱の真後ろには椅子を並べないよう注意される。そうよね、そこからじゃリングが見えないもんね。そこは選手用の通路になるようだ。倉庫から椅子が積んである台車を持ってくるんだけど、並べ方はさっきの柵と同じよね。床を見ると《C》の文字とラインがある。Cっていうのはチェアー、椅子って事でいいはず。


「オラー、1コずつなんて持っていかないで3コくらい運べー、時間ないぞー!」

最初の基準になるところだけはと思ったけどダメなのね。


柵から近い一列目から13コくらい、後ろにいくたびに1コずつ増やし3列並べる。それをリングの四方に並べていくんだけど、結構椅子って重いのよね。これを全部で180コ弱を並べるのも一苦労よ。しかもお客さんが増えたらその都度椅子を並べていくらしいの。あれ?そうすると席の番号ってどうするんだろう。チケットに書いてある東側・1列目・8番とかってやつ。まさかこれから手で書くんじゃないでしょうね。


その辺りどうするのかと松本さんに聞いてみたら、席は先着順の自由席なので番号はつけなくていいらしい。チケットを買ったらその場でお客さんが自分で名前(もしくは個人が分かるものなら何でもいいらしい)を書いてセロテープで留めて、それが席番号の代わりになるんだって。そして先に来た人が後から来る友人用に席を確保するのに自分の荷物を置くのは禁止なんだって。先に来てくれたお客さんにちゃんと配慮してくれてるのね。


椅子を並べ終わったところで松本さんのチェックが入る。リングの上から見たり道場の一番後ろから見たり、椅子を横から一列ずつきちんと並んでるかじっくりと見て回る。


「おーし、こっちはOK。次はテーブルを2台持ってこーい」

ロビーの方からテーブルを持ってくる。それを控え室とは反対側に、壁が背中側になるように椅子を6コと合わせて並べる。ここは本部席となり、ゴングを鳴らしたり入場テーマ曲を流したりする音響設備を置くようだ。本部席なら前の方がいいんじゃない?って思ったら、前の席はお客さん用にするからここでいいんだって。細かいところで良心的ね。


道場の方はほぼ終わったので今度はロビーの方の準備だ。ここからは二手に分かれて、松本さんと私、工藤さんでロビーを担当し、立野さんと山田さん、堀田さんは他団体の選手用の部屋を準備することになった。 


入り口すぐのところにチケット販売用のテーブルと、来てくれた記者さんに名刺と交換で取材許可証(腕章)を渡す用のテーブル、ロビー内にグッズ販売用のテーブル(自分たち用・他の団体さん用)を用意する。グッズを並べたり飾り付けするのは当日の朝にするようなので今はこれでおしまい。


その間にも音響設備の準備、スクリーンとか映像の準備も専門のスタッフがしているみたいで、あんまり見たことない人たちが見たことのあるようなないような機材を持って道場とロビーを出たり入ったりしている。

控え室の方も終わったようで立野さんたちも戻ってきた。普段使ってない部屋だったからそんなに汚れてなかったけど、ちょっと空気の入れ替えが必要みたい。


私ね、こういう準備してる時ってなぜかワクワクしちゃうのよね。文化祭でも体育祭のときもそうだったんだけど、バタバタと忙しいながらも当日のことを考えて作業してると楽しくなっちゃうのよ。今回は高校生の出し物と違って社会人としての仕事だからワクワしちゃうのとは比べたらいけないんだろうけどね。

次話は9月15日を予定しています

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