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第16話

「ねえ、ホントにこんなので体が痛くなくなるの?」

クールダウンに今日も付いてきた堀田さんが私に聞いてくる。


「私も最初はどうかなーって思ってたんですけどね。なくなるってよりは痛いのが少し弱くなるって感じですかね。と言っても私は最初からクールダウンをしてたので、しなかった時がどうなのか分からないんですけど」

「やらないよりはマシってことね、分かったわ」

今日も5人でクールダウンです。


「ところで佐藤ちゃんってホントに入団前から鍛えてきたのね、園芸部だったのに筋肉少女?」

「そんなことないと思いますよ、プロレスラーを目指すんですから体力はいくらあっても足りないくらいですよ。それに他の練習では他の皆さんより遅れると思いますから、せめて体力だけでも同じくらいにしておかないとって」

「ちょっと、まだこの子が入団前から真面目にやってきたのをズルしたみたいな事言うのやめてあげなよ」

「そういうんじゃないけど…とにかく佐藤ちゃんは熱血筋肉少女ってことね」

熱血とか筋肉とか、そういうのはやめて欲しいんですけど…


「でもトップアイドルを目指す人たちって私よりもっとすごい努力をしてるのをテレビで見た事あるんですけど、堀田さんのところはどうなんですか?」

確かその番組では、朝から雑誌の取材を受けたりダンスレッスンをしたり、ご飯を食べるのは仕事場から次の仕事場まで移動するときの車の中だったり、その後にテレビのバラエティや歌番組の収録があったり、帰ってきたらSNSで自分たちのグループの活動報告をしたりファンとの交流をしたり、時期によっては全国ツアー用のリハーサルや新曲を覚えたり、個人でお仕事があるメンバーはそっちの事もしなきゃいけなかったりで、みんないつ寝てるの?お休みの日ってあるの?なんて心配になっちゃうくらいのハードなスケジュールだったのよ。


「佐藤ちゃんが見たのって国民的アイドルグループのドキュメンタリーでしょ?私たちはあそことは別だもの。規模が違うわよ規模が」


国民的アイドルグループの人数が何百人にもなって姉妹グループが何組も出てきて、その他のグループは生き残りを賭けて海外に活躍の場を移したり、今まででは考えられないアイドルらしからぬアイドルになったり、より個性的に、よりアンダーグラウンドになったりとかなんとかってやってたなあ。


「へえ〜、そんな中でプロレスに挑戦しようっていうんですから大変ですね。他の人たちよりも頑張らないといけませんね」

「そうなのよー、うちの社長はノリノリなんだけどこっちはいい迷惑よ。『ヘルシーでアクティブなアイドルグループを』って事で受けたオーデションなのに、受かった!って喜んでたらいきなりプロレスだもの」

「じゃあプロレスはイヤイヤやるの?」

立野さんがギロリと睨み、迫力のある声で聞いてくる。ちょっと怖い。


「そんな事はしないわよ。一応契約のこともあるし体を動かすのも嫌いじゃないし、せっかく受かったんだからこの世界でのし上がってみせるわよ。何よりデビューが決まればメンバーの誰よりも早くステージに立てるかもしれないのよ?私の場合ステージじゃなくてリングになっちゃうけど。あとコスチュームっていうの?衣装も社長が用意してくれるしそれまでの費用も持ってくれるしいいことばかりなのよ。でもね、プロレスって一人でできないでしょ?だから、せめてメンバーに対戦相手がいてもいいと思わない?そうだ佐藤ちゃん、うちのメンバーにならない?」

イヤイヤ、なんですかいきなり!じょ、冗談ですよね?


「ただ噂で聞いたんだけど、社長以外の役員たちはみんな反対してたらしくて、社長が勝手に決めちゃったみたいだから、合宿所に入るまではウェーブプロモーションの事務所に行くと事務所のみんなで可哀想な人って目で見てくるのよ。それが嫌なのよホントに」

堀田さんも相当抱え込んでるみたいでなんか落ち込んじゃったよ。でもプロレスが嫌いじゃないようなのでひと安心かな。一応フォローしておいたほうがいいのかな?


「あの、お母さんから聞いたんですけど、最初にペットボトルのお茶とかおにぎりをコンビニで売ろうとしたときも、その会社の社長以外はみんな反対だったみたいですよ。でも今じゃ当たり前になってるじゃないですか。だから堀田さんもそのうちプロレスの世界に道を作ったっていうアイドル界のパイオニアになるんですよ」

「そ、そう?まあ何でも新しいことを始めようとすると文句ばっかり言う人っているもんね、自分では新しい提案とか解決策とか出さないくせに。うんうんよし、そんな人たちを見返してやろうじゃない!」

ちょっと元気になったかな?


「ゆくゆくはアイドル界の民衆をプロレス界に導くジャンヌ・ダルクってことかしら」

工藤さんも励ますように声をかける。ただ、言葉の意味はよく分からないですけどとにかくすごい褒め方ですね。ジャンヌ・ダルクは大げさだと思うけど堀田さんもまんざらでもないみたい。


「ではそのうち女子プロレス界の嘉納治五郎なんて呼ばれる日が来るのではないのでしょうか?」

山田さん、えーっと、その方は何をされてる方なんですか?誰のことかわからないですよ。

でも堀田さんは何だか楽しそうだ。


「目指せ!霊長類最強のアイドル!」

立野さんも何をおっしゃってるんですか!しかも山田さんと目が合った時ニヤニヤして。あー、もしかして立野さんも山田さんも堀田さんのこと半分以上からかってます?堀田さんも反応してたらますますお二人にいじられますよ?まあやる気になってるからいいか。あれ?ちょ、ちょっと。なぜ私を見ます?私も何か言わないとダメな感じですか?どうしよう…そういえばこんなのも売ってたよね。


「えっと、あ!アイドル界のコンビニおでん!」

「ちょっとー、おでんて何よそれー。他に何かいい表現ないの?」

やっぱりダメでした。おでんも当初は反対されてたって聞いたんだけどなあ。私にそんなこと期待されても分からないですよ。とほほ。


道場に着いてから軽くストレッチとマッサージをしてから夕食の準備を始める。あれ?あとお二人いたと思うんだけどどこだろう。あ、いたいた。何だかぐったりしてるけど大丈夫?

「夕食の準備は私たちで先にやっておくから、動けるようになったら手伝いに来てね」

立野さんが声を掛けてるけど反応が鈍いなあ。そんなになるまで今日の練習って厳しかったかな?


結局夕食の準備の7割くらいは私たちだけで済ませてしまった。まあ動けない時は仕方ないもんね。今日は水炊き風のちゃんこ鍋を美味しくいただきました。


夕食後、食堂のもろもろの片付けを終わらせ、練習着を洗濯機に入れてからお風呂に入る。ちょっとぬるめのお湯に浸かって体のあちこちを伸ばしていくと、今日の練習の疲れがお湯に溶け出していくような感じになる。実際にはそんな事ないんだけどね、気分よ気分。


お風呂から出た後は洗濯物を乾燥機に入れてからお風呂場の掃除をする。洗濯物が乾くまで工藤さんと今日のことをお話しする。


「あの人たち大丈夫かなー、食事中もお風呂の時もずっと無口で表情がなかったのよねー」

私もそれは思っていた。まだ4日しか経ってないのにあんな状態で今後の練習についていけるんだろうか。しかも同じ日に合格した人が3人も辞めちゃったし、その影響もあるのかな。


「辛かったり苦しい今を乗り越えられればいいんですけどね」

「あれかな、ずっと地味なトレーニングばっかりで、こんなハズじゃないのに!って思ってるのかな」

「どうなんでしょうね。プロレスってリングの上はすごく華やかですけど、まだ基礎のところだけですもんね。でもまだ始めたばかりですよ?」

「でもね、デビューまでどのくらいかかるか知らないけど、それまでずっとこんな辛い事しなきゃいけないのかと思っちゃったのかもね」

あれ?初日の入団説明会で半年くらい掛かるとか言ってませんでしたっけ?あ、その半年間ってのが不満で我慢できないのかな?


「そうかもしれませんけど、基礎ができてないのにいきなり試合なんてできないと思いますよ」

お花を育てるのも野菜を作るのにも畑の土作りができてないとちゃんと育ちませんよ。それと一緒です。


「でもなんか心配ですよ。せっかく合格できたんですからみんなで一緒にデビューしたいですよ」

「そうねえ、できたらいいけどねえ」


なんて他の人を心配できるのも、立野さんや山田さんと同じくらい練習についていけてるのがちょっとは自信になってるのかもね。工藤さんとそんな話をしてたら洗濯物が乾いたので、取り込んで自分たちの部屋に戻るのでした。

次話は7月5日を予定しています

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