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第14話

次の日、思った通りの筋肉痛を半分気にしないように身支度を整えてから工藤さんと一緒に食堂に向かう。そこにはすでに立野さんと山田さんがいるのはここ何日かで見慣れた風景。挨拶をして他の人を待ってると堀田さんがやってくるのも見慣れた風景。これは他の人にもクールダウンの事を教えてあげた方がいいのかな?なんて思いながら食事の準備を始めようと取り掛かる。


「私の部屋の隣の子たちがいなくなった。ドアの隙間に置き手紙があって部屋を覗こうとしたら鍵が掛かってないし部屋の中には荷物もなかったの。どうすればいいと思う?」


そんなことを堀田さんが言ってきた。そんな大事なこと私に言われても分からないですよ。でもこの時間だと先輩たちはまだ来ないだろうし事務所の人っていたかな?それとも誰か連絡のつく人っていったら。あ、そうだっ!


「上田さんか萩原さんに知らせた方がいいと思いますけど連絡先ってわかります?」

「えっと、確かそんなリストがどこかにあったような…あ、ちょっと電話してくる!」

そう言って食堂から離れていく堀田さんと私とのやりとりに気づいた立野さんと山田さんがやって来た。


「どうしたの、何かあった?」

「堀田さんの隣の部屋の人たちがいなくなったとかで、上田さんに連絡をしに行きました」

「ふ〜ん、でも放っておいていいんじゃない?」

「え?でも人がいなくなったのってまずくないですか?」

「それはまずいかもしれないですけどね。ところで、荷物はあったんですか?」

「はい、荷物も無くなってたみたいです。あと置き手紙があったみたいです」


そんなやりとりをしてたら立野さんと山田さんは何かを確信したようにお二人で頷きあっている。何か分かっちゃんですか?

「荷物もなかったんでしょ?そうしたら理由は一つしかないよ」

「そうですね、練習が厳しくて実家に帰られたんじゃないでしょうか」

「まあそれしか考えられないわね。私にもちょっとキツイなあって思ったくらいだから普通の人にはもっとキツかったんじゃない?佐藤さん以外には」

「そ、そんな事ないですよ、私もキツかったんですから」

「実家に帰ってしまった人からすれば、地獄の特訓でパワハラでモラハラでって思ったんでしょうね。あと、合宿生活に馴染めなかっとかでしょうか。分かりませんけど」

「佐藤さんの場合と違うのよ。自分なりに色々とできてたかできてなかったか分からないけど、逃げたってことはそういう事だと思うわよ」

「でも…」

「入団できたみんながデビューできれば嬉しいけどそうじゃない事もあるわよ。入団テストが第一のふるいとすればデビューまでが第二のふるいなのかもね」


そんな話をしていたら堀田さんが戻って来た。

「とりあえず上田さんには連絡がついた。あとはこっちで対処するから私たちはいつも通り練習をしてなさいって」

「じゃあ探しにいくとかは」

「やめておいた方がいいんじゃない?なんだか毎回の事だから問題ないって言ってたわ」

「毎回って何がですか?」

「さあ?練習がキツくて逃げて帰ることがじゃないの?」

「逃げるほどキツかったですか?私もキツイと思いましたけど、逃げようって思うほどでもなかったんですけど」

「あなたねえ。あなたのキツイと普通の人のキツイの度合いが違うってのを自覚した方がいいよ」


堀田さんがため息交じりでとんでもないことを言い出したよ。ちょっと、聞き捨てならないですよ?

「えーっ!私って普通じゃないんですか?」

「柔道やレスリングで日本代表に選ばれるような人たちと同じペースで筋トレができるのを普通って言わないでしょ、この筋肉少女が!」

普通じゃないって言われるのは不本意ではあるけど、立野さんや山田さんと同じくらいなんて言われちゃうとちょっと嬉しいかも。あっと、今はそのことで喜んでる場合じゃなかった。


「はいはいはい!何で盛り上がってるのか知らないけど、早くしないと朝ごはんの時間がなくなっちゃうよ!ちゃっちゃと準備する、ほらほらっ」


どのタイミングで入って来たか分からない前田さんにそう言われて、後から来た人たちも合わせて朝食の準備を始める。狙ってかどうかわからないけど、いつも通りにしてくれたことでなんとなくザワザワした雰囲気が多少なりとも切り替わったようだ。いなくなった人のことは上田さんたちに任せておけば大丈夫でしょう、ちょっと心配だけど今の私には何もできないからね。


朝食を終わらせ、後片付けをして先輩たちを出迎えてから朝礼の後、萩原さんに集合をかけられる。

「皆さんおはよう。えーっと今朝の事なんだけど、うちの防犯カメラに朝一番にここを出る二人の映像がありました。無理を言って商店街の防犯カメラを見せてもらったら駅に向かう様子が撮影されてたし置き手紙もあったようなので自宅に戻ったんだと思います。あとでご自宅や本人にも確認を取りますが、残念ですが退団したという事で処理をします。なのであの二人のことは心配せずに今日も練習をしてください。何か質問は?ないわね。それでは練習を始めるわよ」


何をどう言ったら分からないけど、昨日のモヤモヤがちょっとだけ出てきちゃったまま練習に取り掛かる。

ほんの数日前までは11人いた同期の人たちが7人に減っちゃって少し寂しくなっちゃったなー、なんて思いながらマット運動の準備を始める。


「さあ、そろそろ切り替えて!関係ないこと考えて練習しても身につかないしケガするだけよ!」

多分これ私のこと言ってるんだろうな。顔に出ちゃってたかな?よし、まだちょっとは気になるけどケガはしたくないもんね。ほっぺたをパンパンと叩いて気分を切り替えて。さ、練習練習!


今日はいつものマット運動にプラスして前にちょっとだけやったネックスプリングと、新たに丸めたマットを飛び越える飛び込み前転が加わった。ネックスプリングはできそうでできない微妙な感じ。でも背中からドスンと落ちることがなかったのは多少は進歩したってことかな。問題はマットを飛び越えての前転よ。以前は自分のペースでジャンプする高さや手をつく場所を決められたけど、今回のは障害物があるからね。確実にこれを超えないといけないんだけど、まあ背中を打つのを覚悟してしっかりアゴを引いて体を丸くすればそんなに痛くなることはないはず。それではえいやっ!とマットを飛び越え前転。腰とお尻の境目あたりを軽く打って少し痛かったけどなんとかできたと思う。


次は受け身の前練習。マットに飛び乗ることはせず、すぐに椅子に乗って前から倒れたり後ろ向きに倒れたりする。

「そこで一つ付け加えるわよ。前に倒れるときも後ろに倒れるときも、マットに体全体が同時につくようになることを意識して」


今までもそのつもりでやってたはずなんだけど、そう言われたって事はまだちゃんとできてないってことか。じゃあまずそこからね。

そう思いながら倒れていくと、意識してるのとしてないのとでは色々と違ってくるみたい。まず倒れた時の体に伝わる痛みが違うのよ。うまくマットに倒れると体中が痛いけどすぐ痛みが引くかなって感じなのに対して、少しタイミングがずれて腕とかお腹とか一ヶ所だけ先に当たると、そこだけがずっと痛いのが続くのよ。なんだろうね、痛みが分散されるのかな?


その感覚になんとなく慣れた頃にジャンプするのが加わり前から倒れたり後ろに倒れたりを繰り返す。ジャンプを入れると体をマットと水平に保つのがすごく難しくて、特に後ろ向きに倒れるのが最後までうまくできなくてお尻とか背中とか何回も打っちゃったよ。あとジャンプして倒れる時ってお尻の方ががキュってなっちゃうのがあったけど、何回か繰り返していくうちにそれがなくなってくるのね。人間て不思議ね。


そんな風にいつもより少しだけ難易度が上がって量も増えた練習が終わり昼食の準備を始める時間になった。その頃には朝のモヤモヤしたものが気にならなくなっていた。

次話は6月13日を予定しています


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