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第13話

最後のスクワットが息が切れるような練習だったからか、豊田さんの帰り際の一言を聞いたからか分らないけど、何人かがその場にヒザから崩れるようにどっと倒れる。立野さんや山田さんはちょっとキツそうな顔つきになってるし、堀田さんや工藤さんは倒れるまでいかないけど息づかいが多少激しくなっている。私はというとちょっと息づかいが荒くなったくらいか。


今から思うと先輩たちって、私たちが食事の準備をしている時まで首を鍛えることからタオルを引っ張り合う練習、腕立て伏せ・腹筋・背筋・スクワットまで一気にやってたし、食事の後はリングの中を走り回ったり体操や陸上のマットを使わないで受け身の練習をしてたり、レスリングのような柔道のような取っ組み合いをしていたし。そう考えると今の私たちの練習量って先輩たちの半分以下、いや1/3くらいしかしてないってことかな?この3日間のことを1日でできるようになるなんてどのくらいかかるんだろう。ちょっと、いやとても不安になってきたよ。


そんなことを考えながら息を整えていると、午後の練習に参加しなかった人たちが荷物を抱えて私服姿で道場に現れた。そこには一緒の日に合格した体操選手だった人もいた。あれ?でも何で私服なのよ。


「あら白鳥さん、やっぱり帰っちゃうんだ」

堀田さんが声をかける。え、どういうこと?知ってたの?

「私には無理だったみたい。まさかそこの演劇部さんより先に辞めるとは思わなかったけどね」

だから園芸部ですって。


「止めるつもりはないよ、まあ元気でね」

立野さんが声をかけ、山田さんや工藤さんも何か話してる。私も何か言った方が良いのかな。苦しかったら相談というか、せめて辛いとか苦しいとかのグチくらいなら聞いてあげられたかもしれないのに。でもスポーツ経験者じゃないし、年下の私にそんなこと話してくれることはないか。


「白鳥さんとはちゃんとお話しできなかったですけど、合格して一緒に入団した同期じゃないですか」

「そういう風に言ってくれるのね、ありがとう。私が言えたことじゃないけどあなたも頑張ってね」

そう言ってから道場を後にする白鳥さん。まだ3日しか練習してないのにもう少しできたんじゃないのって思っちゃう。もう一人もいつの間にかいなくなっちゃってた。


ちょっとしんみりしちゃったけど、立野さんの一言で私たちはクールダウンをするために外へ向かう。この中で堀田さんが白鳥さんの事情を一番知ってるみたいだからちょっと聞いてみようか。


「堀田さん、白鳥さんが辞めることいつくらいから知ってたんですか?」

「昨日の夜に急に辞めるって言い出してね。たとえ数日でも同じ部屋で暮らしたんだから相談してくれても良かったんだけど。まあ本人が決めたことだし、私からは何も言えないのよ」

「練習が辛かったんですかね?」

「どうだろうね、そのあたりは話してくれなかったから私には分らないわよ」

「そうですか、残念ですね」


元体操選手だったらリングの中でアクロバチックでものすごく目立つ動きができたと思うんだよね。側転からバク転して対戦相手に体当たりするとか体の柔らかさを活かして攻撃を避けるとか、特撮のアクションさながらの動きかできたと思うのよ。競技で鉄棒とか平均台を使ってるから高いところも平気そうだから空中殺法が得意な選手になれそうだったのに、何か勿体ないよ。その能力をちょっとでも私に分けて欲しいくらいよ。


「ほら、辞めた人のことあれこれ考えても仕方ないわよ。今は明日のためにちゃんとしておかないと。人のこと心配してる余裕なんてあるの?」

「そうなんですけどね。どうしても何とかならなかったのかなって思っちゃいまして」

「そういうのは当人が決めることですから。周りの意見に流されて後で後悔するよりはいいと思いますよ」

立野さんと山田さんに言われたけれど、どう表現すればいいか分からないのよ。何だろうね、このモヤモヤした感じ。


「そろそろ戻りましょう、帰ってからもやらなければいけないことがあるわよ」

確かに人のことばかり心配しててもしょうがないよね。


道場に戻ってから、ちょっと静かになった中で食事をして片付けを終わらせても(前田さんは何かを察してくれたようだったけど何事もなく夕食の準備を手伝ったくれた)、何となくどんよりとした雰囲気の中で雑用を済ませてお風呂に入った後も、モヤモヤが解消されることがなかった。それをみかねた工藤さんが私に声をかけてくれる。


「晴ちゃん、さっきのことまだ気にしてるの?」

そうなんです。ずっと気になって気になって、夜も眠れなくなっちゃうかもしれません。


「せっかく頑張って入団テストに合格したのに、たった3日で辞めちゃうなんてどうしても納得ができないというか何というか」

「そうよね、でも辞めるって本人が決めたことだから私たちがとやかくいうことじゃないのは分かるわよね」

「それは分かるんですけど。でもそんな簡単に諦められるものなのかって思っちゃいまして」

「そうかもね。でもね、晴ちゃんのプロレスラーになりたいっていう気持ちと白鳥さんの気持ちが同じとは限らないでしょ?」

「え、そうなんですか?」

「同じじゃないわよ。白鳥さんだけじゃなく立野さんだって山田さんだって違うかもよ?晴ちゃんの気持ちが10だとすると立野さんたちは8か9かもしれないわよ」

「それはどういう...」

「私だってそう、7か8かな。堀田さんなんて半分アイドルなんだもん、もしかしたら晴ちゃんの半分くらいしかないかもね」

「半分て…」

「まあ半分ていうのは言い過ぎかもしれないし数値にしたのは何となくで根拠なんてないんだけど、プロレスラーになりたい気持ちは人それぞれよ。白鳥さんの場合、その気持ちが晴ちゃんより低くてモチベーションっていうのが続かなくなったんでしょうね」

「そんな…」

「白鳥さんは自分の理想と現実とのギャップについて行けてなくなって、その差を埋められなかったんだと思うわよ」


簡単に言うと気持ちが折れちゃったんでしょうね、なんて言いながら工藤さんは夜の日課となりつつあるストレッチとマッサージを始める。今日の練習も厳しかったもんね、自分の気持ちを整理しながら私も明日に疲れを持ち越さないようにとマッサージを始める。


工藤さんとの話が終わってマッサージが済んだ頃には、さっきまでのモヤモヤしてた気分がちょっとだけ晴れた気がした。誰かに聞いてもらうだけでも違ってくるものね。ホント工藤さん、いつも有難うございます、ご心配をおかけします。


「さあ、明日からはもっと厳しくなるからね。ちゃんと休んでおかないとダメよ?」

「そうですね、今までの練習を一日でこなさないといけなくなるんですもんね。これまで以上に練習量が増えるから筋肉痛もひどくなっちゃうんですかね」

「それだけじゃないんだけど…まあそうかもね。明日からも頑張りましょう。じゃあお先ね」

「はい、今日は有難うございました。おやすみなさい」


モヤモヤしたままだったらなかなか寝付けずに明日の練習に響くかもしれなかったけど、工藤さんのおかげで何ともならずにすみそうです。

専門誌やCSの番組でしか見たことがありませんでしたが

突然の訃報に驚いています

謹んで木村花さんのご冥福をお祈りいたします

次話は6月5日を予定しています

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