第10話
食事の後は明日の朝ごはんの仕込みと厨房の掃除、お風呂と洗濯と色々な雑用を片付けてから部屋に戻ると、工藤さんがすぐにマッサージを始めました。私も真似して今日トレーニングをした上半身からゆっくりとストレッチとマッサージ。そうしていると工藤さんはガニ股になって腰を落とし上下左右に振りだした。その後両足の裏同士をくっつけてあぐらをかくように座りヒザを上下に揺らし始めました。しばらくした後、そのまま脚を持って前かがみになる。
「工藤さん、それって新しいストレッチですか?」
「え?ああこれね。前に相撲をやってた頃からの習慣でね。昨日は思ってた以上に疲れてたみたいでできなかったのよ。晴ちゃんもやってみる?」
「はい、お願いします」
そう言って工藤さんがやってたようにガニ股になって腰を落とす。これはモモの付け根のところに効きますね。上下左右に動かすともっと痛くなります、じゃない、効きますねー。
「痛かったらあんまり我慢しないで途中でやめなきゃダメよ、筋を傷めちゃうからね」
すみません、ちょっとだけ無理をしました。その後あぐらのように座って前かがみになるとモモの内側全体に効いてるようです。
「じゃあこっち来て、股割りやってみましょう」
手招きされたのでそちらに向かい、工藤さんの前に座る。
「足は自分で広げられるだけ広げてね」
と言うので自分でできる限り広げていくと、工藤さんは私の両手を掴み、足の裏を私のヒザの内側につけ「ちょっと痛いけどガマンしてね」と言ってから両手をゆっくり引っ張りだしたではありませんか!
「ちょっ!く、工藤さん、イタ、痛いです」
「このくらいが晴ちゃんの限界みたいね。ここはもう少し柔らかくしておいた方がいいかもしれないわよ。昔は痛くても無理やり広げてたからね。なんたって泣いてもやめてくれないんだもの」
ひえ〜、そんなことしたら痛いじゃ済まされないじゃないてすか。なんて思いながら私は内股をさすりさすり工藤さんの方を向くと、180度股を開いて床に体がべったりとつけていた。テレビで元体操選手が開脚したりY字バランスならぬI字バランスとかを見たことあるけど実際に目の前でされると…
「な、なんかすごいですね」
「まあね、元相撲取りとしてはこのくらできないと。股割りはストレッチというより股関節の動かせる範囲を広げてケガをしにくくするのよ。あと、お相撲ではどっしり構えて踏ん張ったりするからっていうのもあるかもね。プロレスでも踏ん張ったり力比べをしたり相手を持ち上げたりするから、体をしっかり支えるためにも股割りして股関節を柔らかくしておいた方がいいかもね」
そんな風にトレーニングに役立つお話を聞いたりマッサージをしたり、明日の練習はどんなのかなーとか、あんまり筋肉痛にならないといいなーとか考えていたらいつの間にか眠っちゃったみたいです。
目覚ましの音で目がさめる。ゆっくりと首を回し「さあ今日も練習がんばるぞー」なんて思いながら腕を伸ばそうとした時、ピキピキピーン!と電流が流れたかのような痛みが!昨日とそんなに変わらないくらいの痛みでしたが上半身に広がった感じで動くのがちょっとなー。痛みに耐えながらゆっくりと起き上がると、工藤さんはいつもと変わらないような動きで着替えていました。
「おはようございます工藤さん、あの、痛くないんですか?」
「おはよう晴ちゃん、ちょっと痛いけど問題ないわね。晴ちゃんはー、問題ありそうね」
「多分大丈夫だと思うんですけど、動くのがちょっと遅くなるかもしれません」
痛いのをガマンしながら着替えて厨房へ向かいます。厨房には立野さんと山田さんが昨日の練習の後を感じさせないそぶりで朝食の準備を始めようとするところでした。
「お二人ともおはようございます。きちんと時間通りに起きてこられたようですね」
「おはようございます。山田さんも立野さんもお元気そうですね」
なんて言い方が正しいかどうか分からないけど朝の挨拶は大事ですからね。他の人たちは〜、まだ来てないようですね。なんて思ってたら
「昨日の今日で何四人とも普通に立ってられるのよ。イテテテ…」
堀田さんが体中をさすりながらやってきました。他の人たちは、まだ起きてこられないのか筋肉痛で動けないのか。もしそうならクールダウンの効果があったてことかしらね。
「時間も時間だし、私たちだけでも朝食の準備しちゃいましょうか」
それもそうですね、と私たちで準備を始めていると
「おはよう、あら今朝は五人しかいないの?まったく、しょうがないわねえ」
と前田さんがやってきました。
「こんなことだろうと思って早くきてよかったわよ。さあさあ始めちゃいましょ」
と言って当たり前のようにテキパキと動き始める。それに合わせて私たちも作業を始めます。
前田さんの指示通りにご飯の準備をしたり野菜を切ったりしていると、やっと残りの人たちが腕や足をさすりながらやってきました。皆さん動きがぎこちないのはやっぱり痛いからですよね。
「はいおはよう、あなたたちも早く手伝って。食器を出すくらいはできるでしょ」
前田さんも容赦ないですね。
朝食の後片付けは後から来た皆さんにと前田さんが指示を出し、私たちは道場の掃除を始めます。早くしないと先輩たちが来ちゃいますからね。
「「「おはようございます、よろしくお願いします」」」何とか間に合って全員揃って挨拶ができてひと安心。
先輩たちはそれぞれ練習に向かい、私たちは昨日練習した道場の端の方に移動する。そこに横田さんがやって来て
「はい今日も頑張りましょう。昨日と同じように準備体操の後にマットを用意して」
体をゆっくり動かして、なるべく筋肉痛が感じられないように準備体操をしてからマットを倉庫から持ってきます。
「今日もマット運動から受け身の練習ね。毎日同じことやってるのは体に染み込ませるためだから、真剣に練習してちょうだい」
前転・後転とマット運動をしていると、1日やそこらで上達するものじゃないと思うけど、なんかいい感じでできているような気がしてきます。横田さんからも注意がないので多分できているんでしょう、多分。
「はいみんな上手くできてるようね。そうしたら今日はちょっとだけ新しいことしましょうか」と言って、マットの前にやって来た。
普通に前転した後そのまま立ち上がらずに足を顔の上まで戻し、手を耳の横あたりにつけてから腰を伸ばすのと足を思い切って振り下ろすのと手を伸ばすのとを同時に行うと、おお!ダンスでたまに見る起き上がり方じゃないですか!体育の授業で男子がやりがちな行動第5位(独自調べ)のやつじゃないですか!!
「これはネックスプリングとか跳ね起きとかいわれる運動ね。それじゃあやってみましょう」
これはちょっと難しいんじゃないですか?できるのはダンスをやっている堀田さんと体操選手だった人くらいかなーなんて思っていると、立野さんも山田さんも何てこともなくできています。工藤さんも何とかそれっぽくできてます。もしかして一定の体力がある人には難しいことじゃない?ってことは今の私にもできるかも?よし、一丁やってやりますか!
…腰と背中を強く打ちました。息が止まるかと思いましたよ。皆さんみたいにスタッと立ち上がれずにドスンと背中から落ちました。なんでよー、というかちょっと体力が増えただけじゃできませんよね。
次話は5月5日を予定しています




