第2話
後楽園ホール大会での上田さんの防衛戦と新人さんたちのデビュー戦が終わり、これから本格的にプロレスラーとして頑張っていこういう中、プリンセス王座を決定する試合の日程や参加選手を選定するということで、GPWOのスタッフさんがにわかに慌ただしくなってきました。
風薫る五月とは”若葉の香りがする爽やかな風”という意味らしいのですが、今の私たちにぴったりな言葉ですね。ただ実際には日差しは刺すように熱く感じますけどね。
それはそうと、新人さんたちは一人前のプロレスラーになるために私の同期の皆さんを中心にシングルマッチが組まれるようになります。そして、だいたい3~4試合した後に新人さん同士で試合をしていきます。練習と私たちとの試合の経験をもとに自分たちができている事、まだまだこれからという事、相手の同期がどのくらい成長しているかをお互いに確認させ、さらに次の練習で得意なところを伸ばしたり足りないところを補ったりしていくそうです。
それにしても、私が相手するのが他の同期の皆さんと比べると多い気がするんですよね。土・日に行われる試合ではほとんどが新人さんとのシングルマッチで、たまにタッグマッチが組まれますがそこでも対戦相手やパートナーには必ずといっていいほどです。だからと言って不満ではないのですが、渡辺さんなりに何かの意図があるのかちょっと聞いてみました。
「晴子は格闘技の経験がない分技が素直であの子たちにはいいお手本になると思ったからよ。まずは基本がしっかりできてから自分たちがやりたいことを伸ばしていけばいいのよ。ほら、後の四人はなんというか、クセが強いでしょ?」
なんと言っていいか、なるほどと思ってしまったところもありますが、じゃあ立野さんのレスリング技術はダメなんでしょうか?堀田さんも確か格闘技の経験がなかったんじゃないかな?なんて思うんですよ。
「その気持ちはわかるけど、なんというか個性が強すぎるのよね。あの子たちにはまだ刺激が強すぎるというか今はまだ早いかなって」
まああれですかね、スノーボード初心者にいきなりビッグエアーをさせるようなものですかね?違うかな?
まあ三人ともファイトスタイルの方向性は決まっているようなので、基礎を固めながら徐々に頑張っていけばいいかなと思います。そんな中で三人の相手をするときは相手の力を引き出しつつ、やりたいことに付き合いながらギリギリまで追い込んでから勝敗をつける、というかなりハードな課題を渡辺さんから受けてしまいました。聞きにくんじゃなかったですよ。
ここ1ヶ月ほどして対戦してみた感じは以下の通りです。
まずは百合奈ちゃん、いや、もう木村さんと言った方がいいでしょうか。百合奈ちゃんはプロレスの技術プラスルチャ・リブレのジャベの技を使うので他の二人とはちょっとクセがあります。グラウンドのテクニックはまずまずなところにフロントネックロックを外そうとすると体を入れ替えて外させないように絡みついてくる動きがいいですね。それに練習ではこうくるか!という時にジャベの技を仕掛けてくるので試合中なのに「うわっ」とか「あわっっ」とか変な声を出してしまうときがあります。それでもなんとかやり過ごすとロープワークで翻弄してきます。ティヘラで私を場外に落とすとプランチャやトペ・コンヒーロで飛んでくる姿は見とれるほどフォームが綺麗です。そしてバックブリーカーなどで背中を中心に攻め、腕を極めながらのハーフボストンクラブでギブアップを狙って行くようですね。新技でしょうか?
私がどうかな?と思った点は3つ。1つめ、場外に跳んだあと場外戦をしないんですよね。少しでも相手にダメージを与えた方がいいと思いました。プランチャを決めた後、お客さんにアピールするとすぐにリングに戻りスタミナを回復させているようですが、相手も回復してしまいますのでね。鉄柵ホイップとか場外ボディスラムとか、エプロンサイドに頭を打ち付けるだけでもいいと思うんですけどね。ただ、逆に相手に同じことをされるかもしれないリスクがあるので、今は安全策を取っているのかな?
2つめ自分のピンチを切り抜けるためにか、すぐにロープに走ったりコーナーのトップに登りがちです。大きめの技を使って一発逆転を狙ってのことでしょうがそう簡単にはいかないんですよ。対戦相手は百合奈ちゃんよりも実績もキャリアも上なので、自分の力を抜いて相手に余計に負荷をかけたり動けないふりをして休んでいるとか、いわゆる”死んだふり”なんてものができるんですね。その見極めができないうちは大きな技を狙うのはもう少し慎重にした方がいいと思います。
3つめ、必殺技までのつながりはいいとして、ギブアップだけじゃなく3カウントでも勝てるようにできればと思います。今はジャベを磨いているようですが、それが破られた時にどうするかを準備しておいたいいかもしれませんね。でも、いつも堀田さんが近くにいるので何か想像できないことを考えているのかもしれません。
続いては長谷川さんです。
長谷川さんは類い稀な身体能力とスタミナ、瞬発力に加えすらっとした長身を兼ね揃えたフィジカルアスリート。試合が終わってもぐったりすることなく自分の力でよろけることなく控え室戻れています。技もだんだんと的確に当たるようになってきました。挑戦しているキック系の打撃技に張り手や掌底?なんてのも織り交ぜて顔から太ももまで叩かれたり蹴られたりでもう大変ですよ。お腹にローリングソバットを受けて尻餅をつくと、走り込んでのサッカーボールキックが待っていますし、倒れるとその場跳びムーンサルトプレスが来たりと連続攻撃が息をつく暇なく襲ってきます。あるとき、アゴの先に張り手がかすったときちょっとぐらっときたんですよ。これはまずいと思って倒れたと同時に場外へ逃げて事なきを得ましたが、技のひとつひとつに鋭くなってきているようですね。長身で見栄えもいいし体力もあるし技もキレるしいい事ずくめですね。
ちょっと気になるところといえば、グラウンドテクニックでしょうか。私の時もそうでしたが、何がどうなったから痛かったり苦しかったりするのかがわからないんですよね、最初の頃って。体の使い方もわからないので絞め技系にあまりにも無防備に受けしまうんですよ。その辺りがまだ不完全だからでしょうか、ちょっとでも相手が有利になると打撃系の技に頼ってしまうのがバレバレです。私にもわかるんですから他の選手にもわかってしまっているんでしょうね。なのでその対策とグラウンドテクニックの底上げが今の課題ですかね。運動神経は抜群にいいので、何か来る!って思ったら何かしらの防御体制が取れるといいですね。その辺りは本人もわかっているようで、長所よりも短所を減らしていく練習に取り組んでいます。なのでもう少ししたら結果が出るのではないのでしょうか。
最後は西田さんです。体の強さを生かしたパワーファイトでリング内で暴れまわり、対戦相手をなぎ倒す姿は第一試合、第二試合での名物になりつつあります。
ちょっとやそっとじゃ倒れないのは体幹の強さでしょうか、工藤さんとは違う芯の様なものを感じます。不器用なところがありまして、技を失敗することもありますが、それを何度もチャレンジし成功させるまで諦めない姿に、お客さんは心をがっつり掴まれたようです。一緒にデビューした三人の中で一番最初に先輩に勝利するのは西田さんじゃないかと言われるくらい期待されています。
ただ、長谷川さんと同じようにグラウンドや絞め技系にやや難がありますね。それを克服しようと毎日一生懸命練習をしています。時には長谷川さんと一緒になって指導を受けたり渡辺さんとスパーリングをしたりと奮闘しています。
試合を通して感じたことと練習風景を見たことを練習終わりにレポートとして提出しました。「ふーん、見るところはちゃんとわかっているようね」とか「へえー、そうなのね」なんて言われていると、プレッシャーというかなんかドキドキします。
「晴子が一番あの子たちを見てるのに感心しているのよ。いいところ、足りないところから試合中のことまで書いてあるのがいいわね。実はね、他の四人にも同じことをお願いしてたんだけど、みづきはレスリング中心で練習不足!ってだけだし、綾は強さ中心で、まだまだ足りない、もっと鍛えなさい!だし、晶はパフォーマンスが足りないとかばっかりでね。江利花が一番まともだと思ったら晴子のを見ちゃうと物足りなく見えちゃうのよねー。ありがとう、これからもよろしく見てあげてねー」
そう言うと、レポートを持ってシャワー室へ向かって行きました。
緊張したー、これで肩の荷が下りたってことでいいですよね?でも、これくらいのことなら私たちより渡辺さん、萩原さん、上田さんたちの方が詳しくわかってそうですけどね。でも、私もこの課題のおかげて一層新人さんたちのことをわかるようになってよかったと思います。
次話は11月5日を予定しています




