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第12話

平日の夜だけど後楽園ホールが使えるのがいいのか、後楽園ホールが使えるけど平日の夜というのはどうなのか?これが最高の舞台と言っていいのか?1000人ちょっと入っても空席が出る後楽園よりもドリームファクトリーの道場で、満員のお客さんの中で試合ができた方がいいんじゃないか?なんていう討論がファンの皆さんのごくごく一部であったようですが、やはり格闘技の聖地である後楽園ホールでのタイトルマッチというのはスタッフさんの中でも特別なことのようで、着々と準備が進められていきます。

私にとってはきてくれたお客さんが満足してくれて、できれば次回見にきてくれるときは「面白いのが見られるから一緒に行こう」とご友人を誘って来てくれたら嬉しいかなーと。


営業さんの苦労とか経理さんの収支とか損益とか、色々考えないといけないことはスタッフさん任せて私は私のできることに集中して当日を迎えられるようにすることです。ただ、せっかく大きな会場を借りられたんですから、いっぱいのお客さんで埋まって欲しいですが、平日の夜の大会って確か初めてじゃなかったでしたっけ?七夕祭りの大会は夏休み期間なのでノーカウントです。都会のど真ん中で仕事終わりにちょいと立ち寄れる場所ではあるけれど、様々な団体やエンターテイメントがしのぎを削っている中で、ドリームファクトリーファン以外のプロレスファンの方々が来てくれるのでしょうか。来てくれるように上田さんのタイトルマッチがあるし新人さんたちのデビュー戦もあるので、ある程度興味を持ってくれるような対戦カードが組めたのですから、スタッフさんの苦労と期待に答えられるように頑張りたいと思います。


17時半に開場し18時半の試合開始に合わせてウォーミングアップやグッズ販売の準備をしていきますが、お客さんが来てくれるかは実際に確認しないと不安で仕方ありません。というのも今朝、いや〜な夢を見たのです。

オレンジ色のただ広いだけの場所で、お客さんの姿は見えるけど物静かな空間の中で試合をしていたんです。いつもは聞こえてくる声援や拍手、対戦相手の息遣いやマットに叩きつけられる衝撃音、ロープがきしむ音がだんだんと聞こえなくなり、いつの間にかひとりぼっち。どちらが上なのか下なのか空中に浮いているのかわからない状態になってしまったのです。そういえば後楽園ホールの席ってオレンジ色だから、もしかして客さんが入らなくて静かで…まさか正夢!?なんていうのが頭の中でぐるぐるとよぎってしまっているのです。不吉過ぎますよ!


そして開場時間、エレベーターホールの前にはお客さんが集まって来ているようです。エレベーターを待ちきれず5階まで階段を登って来てくれる人もいるみたいです。

スタッフさんの掛け声で入場が始まりチケットもぎりもせわしなく売店の方もだんだんと活気が出て来ているようです。

今日は新人さんたちが入場口でお出迎えしトレーディングカードをお一人様一枚配布していきます。これは今回から始めたファンサービスの一環でタイトルマッチとかデビュー戦とか特別な試合があるときに記念として行うものだそうです。新人さんたちが今後活躍してチャンピオンになったり日本中に名前が知れ渡ったり海外に進出なんてことになったら、価値がとんでもなく爆上がりしそうですね。オークションにかけられて何万ドルとかで取引されたりして。

このトレーディングカードは商店街のおもちゃ屋さんのツテで作ってもらえるようになったそうです。作っても作ってもすぐに追加注文がくるので「まるでお金を刷っているような」感覚で作りまくり、それが今でもデザインやキャラクターを変え特殊な印刷を開発したりで技術が向上し、時代やジャンルが変わりカテゴリーが細分化されてもそれに合わせて小ロットでもペイできるようになったからとドリームファクトリー用に作ってくれることになったそうです。配布もしますが販売もしています。してはいるんですけどお気に入りの選手が出るまで頑張っているお客さんもいらっしゃるようで、どうかほどほどにしていただけるとと思ってしまいます。これは購入制限をつけた方がいいんじゃないかと、コレクターの気持ちがわからない私です。


選手紹介、ルールや観戦マナー、ドリームファクトリーを支えてくださっている商店街やスポンサー様の紹介VTRがスクリーンに流れる中、試合時間が近づくにつれて客席もだんだんと埋まってきました。いつもの道場だとカジュアルな普段着姿や観戦用の派手な私たちがデザインされたTシャツ姿が見られますが、今日は東京という土地柄でしょうか会社帰りだからでしょうか、スーツや綺麗めカジュアルな格好が見られますね。いつもと違う会場と雰囲気でちょっと緊張してきました。


客席が6〜7割くらい埋まった頃、いよいよ試合開始の時間近づいてきました。空席の方にやや目が行ってしまうところですが、上田さんからすれば「予想してたより入ってる方だしこれから徐々に埋まってくるから心配しなくても大丈夫」ということなので、これからは自分のことに切り替えていきます。


「ただいまより、第一試合30分1本勝負を行います!」


団体のテーマ曲が流れる中、リングアナウンサーの声とともに百合奈ちゃん、長谷川さん、西田さんの順で入場してきます。一部の熱狂的なお客さん(多分商店街の皆さん)と、デビュー戦なんだから温かく見守ろうという優しいお客さんの手拍子に合わせてリングに上がると、南・東・北・西の順番で客席に向かってお辞儀をした後、レフェリーのボディチェック受けます。


「木村百合奈、長谷川夏姫、西田ゆかり選手は本日がデビュー戦となります」

さらに優しい拍手に包まれながら赤コーナーの選手を待ちます。プレデビュー戦を経験しているので特に緊張している様子もないようですね。ドリームファクトリーの会場と違ってお客さんの人数も雰囲気も、目の肥えた通なお客さんもいるというのにまさに平常心で青コーナーに佇んでいます。と言ってもプレデビュー戦の時もそんなに緊張していなかったみたいだから今更ですね。


続いて赤コーナー、堀田さん、私、工藤さんの順でリングへ向かいますが、いや〜なんか「お前たちはどのくらい新人たちの実力を引き出せるんだ?ちったあ楽しませてくれるんだろうな?」みたいな視線とプレッシャーををビンビン感じます。堀田さんも工藤さんも似たような感じを受けたようで、目が合うとウンウンとうなづいてくれました。


ボディチェックの後、お互いに握手を交わしレフェリーの注意事項を受けます。あの時は、この後に奇襲を受けたので一応気をつけていましたが今回は大丈夫そうですね。青コーナーの後ろの方では豊田さん、渡辺さん、大森さん、宇野さんたちが心配そうにリングに目を向けています。


「レディー、ファイっ!」


先発は堀田さんと百合奈ちゃん、いきなりスピーディーなロープワークとアームホイップの投げ合いから始まるルチャ・リブレの動きでリング内を駆け回ります。百合奈ちゃんのティヘラを側転の要領でスクッと立ち上がったり、ドロップキックの打ち合いの後はヘッドスプリングで同時に立ち上がったりすると客席からは大きな拍手が起こります。無言で目線を交わし、それぞれコーナーに戻ると私と長谷川さんの顔合わせです。


ロックアップを仕掛けようとする私に対しミドルキックで距離を取る長谷川さん。そこからローキック、ミドルキック、ハイキックを打ち込んでくるもことごとくブロックし、よろけそうになったところを捕まえるとフライングメイヤーからの背中にサッカーボールキック!バチーんという大きな音に驚くお客さん。マットを叩き立ち上がると私にニーリフト、フライングメイヤー、背中にキック、キック!同じ技にプラスしてやり返すなんてやっぱり負けず嫌いですね。すぐに立ち上がり強引にヘッドロックもロープに振られドロップキック!倒れたところにその場跳びムーンサルトプレスは避けヘッドロックをかけ直します。それでも立ち上がりヘッドロックを外されると両手の張り手からローリングソバット!これも躱しお返しにローリングソバット!大森さん!まだ体が覚えてましたよ!でも、私も張り手がいいところに入ってしまったようで二人ともダウン。


西田さんが長谷川さんをコーナーに引っ張り寄せ、私がリングサイドにゴロゴロと転がっていくと工藤さんがリングイン。リング中央でにらみ合うと西田さん右手を突き出すと工藤さんもそれに対応、がっぷりと手四つで組み合うと力くらべです。工藤さんが押し西田さんが押し返すとまた工藤さんが押し戻します。ほぼ互角な状態から手を組んだままでショルダータックル合戦が始まりました。お客さんがそれを煽るように声を上げるとさらにヒートアップ!西田さんの動きが鈍くなったところで工藤さんがわきの下に頭を入れるとフロントスープレックスのように後ろに投げましたが西田さんはすぐに立ち上がりショルダータックルで工藤さんを倒しました!そんな活躍にどっと沸く会場、これなら目の肥えたファンの皆さんにも納得してもらえるかもしれませんね。


その後は私と百合奈ちゃんとでオーソドックスなレスリングとジャベのグラウンドを展開したり、堀田さんと西田さんとで大きい相手にはこうするんだよという見本のような戦い方をしたり(逆に捕まってあわや3カウントなんて場面もあったり)工藤さんを相手に百合奈ちゃんと長谷川さんのドロップキックが跳ね返されたけど、そこに西田さんも加わってなんとか倒すことができたりと、本人たちはいたって真面目に試合に臨んでいますが若干コミカルな感じになってしまう場面もちょっとありましたが、それでも自分の持てる力で頑張ってい田と思います。それでも最後は西田さんが工藤さんのボストンクラブでギブアップ負けとなりました。新人さんたちも奮闘しましたが私たちもそう簡単に負けるわけにはいきませんからね。


新人さんたちはお互いを支えあいながら立ち上がると試合前と同じように客席に向かってお辞儀をしてから控え室に戻っていきました。痛かったし怖かったし悔しいでしょうけどこれからもっと頑張っていって欲しいです。お客さんからもそんな期待を込めてか大きな拍手が贈られていました。

次話は9月25日を予定しています

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