第6話
上田さんと山田さんのタイトルマッチが行われる当日、開場時間前からお客さんがいつも以上に並んでいるため、急遽30分早めて入場してもらうことになりました。地球の温暖化がずっと問題になり春と秋が短く感じられるようになって四季じゃなくて二季だなあ、なんて冗談が冗談に聞こえなくなっても2月はやっぱり寒いのですよ。いくら防寒をしていても足元から冷えてくるし北風が吹くたびに容赦なく体温を下げていきます。そんな中でも待ってくれているお客さんを放っておくわけにもいかず、グッズコーナーの準備や会場の清掃もそこそこに入場してもらうことになりました。
当然のこと軽食コーナーも準備中だったのですが、商店街の皆さんやスタッフさんのご協力で暖かい飲み物だけでも提供できるようにしました。ホットコーヒーとかホットハニーレモンとか甘酒とかを用意ている中、ダントツでカレースープが人気でした。軽食コーナーのカレーをベースにしただけなのにと担当の方がいまいち納得していなかったようですが、何かしらの改良をして来年の冬の名物になることでしょう。
第一試合開始30分前にはほぼほぼ客席も埋まり、熱気や期待感が控え室にも伝わってきます。この期待感というのは上田さんが強さを見せての貫禄勝ちか、そんな上田さんを少しでも追い込んで山田さんの番狂わせがあるんじゃないか?なんでしょうけど、どちらも上田さんの勝利を疑ってないんじゃと思いますが、山田さんにはギブアップやレフェリーストップで勝利を狙える技があるんですからね?と教えてあげたいです。
私の出番は第二試合のタッグマッチに出場し、宇野さんの丸め込みを丸め込みで返して勝利を収めることができました!これで少しでも山田さんの後押しができたでしょうか、この数試合後に行われるメインイベントが近くに連れてドキドキしてきました。
セミファイナルの試合後に工藤さんとクリスさんがタッグを組むことを発表し、ゆくゆくはタイトルに挑戦することを宣言すると会場全体が応援するように盛り上がります。同期の皆さんが色々と挑戦していくことに、すごいなー、私も頑張らなきゃと思い、メインイベントに向けて準備をしていきます。
青コーナー側の控え室には山田さんを中心に皆さんが集まっています。
「やれることはやってきたから、あとは作戦通りしっかりやってきな」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。上田さんから3つ取るのは難しいかもしれないってお客さんも思ってるだろうけど、それをひっくり返せるだけのものがあるんだから」
「私とあれだけぶつかり合ったんだから当たり負けはしないと思うけど、あのエルボーだけは気をつけてね」
立野さん、堀田さん、工藤さんがそれぞれ声をかけているので私もひとこと、気の利いたことなんて言えないのでちょっと大袈裟な感じで。
「上田さんの右腕も私と同じようにしちゃってください」
「うふふふ、晴子さんも言うようになりましたね。皆さん、今日までおつき合いいただいてありがとうございます。どうなるかわからないですけど、とりあえずベルトを取ってきますね」
わおっ!大事な試合の前なのに緊張しているそぶりも見せず勝利宣言までするなんて。すごい自信です。そのことを言えるくらい準備してきたのは知っているので、とにかくケガなく頑張って欲しいです。
そんな風に声かけをしたあと、急いで赤コーナーへ向かい上田さんのセコンドをします。控え室に入ると「あら、向こうはもういいの?」なんて言われてしまいましたが、それはそれ、セコンドはしっかりやらせていただきます。松本さんの何か言いたそうな目線がちょっと気になりますけど。
まずは青コーナーから山田さんを先頭に立野さん、宇野さん、工藤さんが入場してきます。チャレンジャーらしく準備万端な状態で青い照明を受けながらリングに向かいます。
続いて赤コーナー。松本さんが先頭に私が続き、上田さんが最後に姿を見せると会場全体から入場曲に合わせて「ショーコ!ショーコ!」をコールが発生してきます。腰に巻いたベルトをさりげなくカメラに見せるとガウンをなびかせながら堂々とリングに向かいます、特に緊張するでもなくいつものように試合に臨むように。
上田さんと山田さんがリングで向かい合います。どちらも落ち着いているように見えます。長年プロレス界の第一線で活躍してきた上田さんはともかく、山田さんの落ち着き具合には感心してしまいます。以前の競技でもっと大きな大会だったり国の代表を決める試合などの経験があるからなんでしょうけど。
あれだけ上田さんの対策をしてきたんですから、他の先輩たちには悪いですけど、この落ち着きを見るともしかしたらもしかするかもしれませんね。
実)静寂したリング上で淡々とボディチェックを受ける両者、お互いに目を合わせることはしません。レフェリーが促し、山田選手の方から両手を差し出すと軽く手を出す上田選手。ここで初めて目が合いしっかりと握手を交わします。各コーナーに分かれて試合開始のゴングを待ちます。
「レディー、ファイっ!」
実)さあ始まりましたGPWO認定ドリームファクトリー選手権試合、30分一本勝負となります。解説はいつも通り月刊女子プロレス副編集長の佐倉さんです。よろしくお願いします。
解)よろしくお願いします。
実)さて佐倉さん、上田選手にとって4回目のタイトルマッチとなりますが、見所はどういった点が挙げられますでしょうか。
解)そうですね、初防衛戦は中野選手、2回目は萩原選手、3回目渡辺選手と、お互いにある程度戦い方を知っている選手たちでしたが、今回はそういった経験の少ない山田選手です。今回、山田選手は初めてのタイトルマッチとなるわけですが、柔道界では数々のタイトルを獲得してきましたので相手に不足はないと思います。また、ドリームファクトリーではレスリング経験者が多い中、柔道の下地にした選手は少ないので、もしかしたらやりずらいところがあるかもしれませんが、どうでしょうね。
実)ここはクリーンにブレイク、仕切り直しとなります。若さを前面に押し出して勢いのまま突っ走る、ということも考えられますが、山田選手はそういうタイプではありませんよね。
解)そうですね、今もそうですがタイトルマッチとは思えない落ち着きぶりで上田選手と対峙しています。
実)上田の動きに翻弄されることなくついていけています。この辺りも今日に向けて準備をしてきたようですね。
解)詳しい内容は教えてくれませんでしたが、同期と特訓を重ねてきたと試合前に聞いています。
実)青コーナーのリング下にはその面々がいますね、対する赤コーナには松本、佐藤選手が固唾を飲んでリング上を見守っています。コーナーは違えど同期が揃うというのは山田も心強いでしょうね。
解)あるときは同期の絆で結束し、あるときはライバルとしてしのぎを削りあうというなんとも理想的な関係だと思います。
〜 〜 〜 〜 〜 5分経過 〜 〜 〜 〜 〜
実)リング上では闘志を燃やしながらも静かな展開が続いています。技術的にはやや不利かと思われていた山田ですがギリギリのところで躱し続けていますね。時折客席から声援が聞こえてきますがじっくりと見入っています。
解)お互いに一歩も引かないグラウンドに惹きつけられますね。上田選手が山田選手の様子見なんてと思っていたら、大ケガをするかもしれないですね、そのくらい拮抗していると思います。
実)間も無く試合開始から10分になろうかとしています。ここで上田が山田を捉えロープへ、綺麗なドロップキック、見事な着地。今日も調子が良さそうです。立ち上がらせてもう一度ロープへ、エルボーは躱されると低空ドロップキック、手をついたところ…なんと右手を捕まえて腕ひしぎ十字固め!山田が一瞬の隙をついた!
解)これは腹刈り回転十字固めですかね?いや〜これは想像できませんでした。
実)にわかに試合が動き出し始めたようです。腕をロックさせたままロープに近く上田…ようやくブレイク。そこへ山田のストンピング!右腕に狙いを定めていくようです。が、ここはレフェリーが割って入る。
解)上田選手の一番警戒しなければいけない技といえば、やはりエルボーが挙げられますね。これをいかに封じるかが試合の鍵を握るといっていいでしょう。
実)さらに執拗にダメージを与えていきます。ニードロップ、アームロック、ギロチンドロップ!渡辺が乗り移ったように様々な攻撃で仕掛けています。表情が歪む上田!
解)このまま続けば続くほど上田選手にとって不利な状態になってしまいます。
実)ロープブレイクから一旦距離を取り、そこからロックアップ。上田のエルボー、バックエルボー!もう一度エルボーはブロック…うおーっ!飛びついた!飛びつき式十字固め!リングのほぼ中央!完全には極まっていないがどうだ!ロープに手を伸ばすがまだ距離がある!じりっじりっと近づく!山田が強引に極めにいく!腕が伸びきった!直後にロープにたどり着く!これは危なかった。
解)山田選手の一方的な展開ですが、ギリギリのところで 極めきれません。そうさせてくれない上田選手の粘りも相当ですが、結構なダメージを負っているようです。
実)山田が上田を起こしロープへ、ドロップキック!再び起こしてブレーンバスター!その場跳びボディプレスからカバー、カウントは2!うおっまたもや腕十字!こちらが本命だったか!
解)カバーを囮に十字固め狙いだったようですが、これは上田選手に読まれていたようですね。がっちりロックしています。
実)三度めの正直はならず!上田が立ち上がろうと体勢を変える、ロックを強引に引き剥がし三角絞め!本命の本命はこちらだったか!上田は万事休す!いや、ロックが外れた腕を掴み強引に持ち上げマットに叩きつける!右腕を抱えてその場にヒザをついてカバーはいけない!なんとかしのぎましたがダメージが心配です。
解)ここまでの一点集中攻撃を受けたのは渡辺選手との対戦以来でしょう。上田選手も対策を練ってきているようですが、一発の怖さを持つ山田選手の十字固めでこれでもかと狙われると腕へのダメージと同じくらいストレスになりますね。
〜 〜 〜 〜 〜 15分経過 〜 〜 〜 〜 〜
実)ここからどう挽回していくか、先に立ち上がったのは上田。強烈なエルボー、はやや迫力を感じられません。ぐらつく山田にワンツー、バックエルボー、まだ倒れない。左手でボディスラム、コーナーに登りフロッグスプラッシュ!これを返す山田!エルボーが効かないとみるや攻撃パターンを変えてきました。セントーンからもう一度カバーも返す山田。汗を指で弾きながら右腕を気にするそぶりを見せます。感覚がまだ戻っていないようです。あー!山田の足が伸びてそのまま十字!腹ばいの状態で締め上げて締め上げます!
解)これは裏十字固めです!三角締めを防がれてから防戦に回った山田選手でしたが自分の引き出しを一段開けてきたようです。この技は初めて見ました。
実)しかしこれはロープが近い!程なくしてブレイク、両者とも疲れが見えてくるようになってきました。先に立ち上がったのは上田、ダメージはありますがスタミナ面では山田を上回っているようです。山田を起こすとロープへ、下から突き上げる強烈なドロップキック!変な落ち方をしたが大丈夫か!さらに攻める上田、再びロープへ、フライングラリアット!左手!華麗に着地!なんとか息を吹き返したようです。山田を起こすが起き上がれないか、さらに起こそうと腕を伸ばすと下から十字固m…これは強引に引き剥がす!
解)これは上田選手も予想していたようです。山田選手は最後まで狙ってきていましたがスタミナ切れでしょうか、まだ立ち上がれません。
実)やっとのおもいで立ち上がった山田、まだ戦えるか?セカンドロープに足をかけた上田、何か狙っているぞ?フラフラと近づく山田にダイビングネックブリーカードロップ!これは返せるか!返せないか!カウント3つ入りましたー!勝負タイムは19分ちょうど。体固めにより上田選手が4度目の防衛に成功しました!佐倉さん、いかがでしたか?
解)いやーすごかったですね、試合中盤から緊張感のある内容でした。特にどんな状態からでも狙ってくる腕ひしぎ十字固めは上田選手にとって脅威そのものだったと思います。それにつられてか、上田選手もいつもと違う引き出しを開けてきましたね。確かこの技は山田選手たちには見せてなかったと思います。今回は負けてしまいましたが、ここまで追い込んだ山田選手は賞賛に値すると思います。
「イッチバーン!!!」
謹んでハルク・ホーガン選手のご冥福をお祈りいたします
次話は8月5日を予定しています




