第5話
梅雨入りしてもいないのにちょっと蒸し暑くなってきた頃、新人の長谷川夏姫さんと西田ゆかりさんが合宿所に入所してきました。
合宿所のルールとかやってほしいこととか建物のこととか、いろいろと案内してあげてから私と工藤さんと堀田さんと、食堂の前田さんと一緒に食事の準備をしていきます。私たちは最初の頃は10何人分も作っていた事もあったから2~3人分の食事が増えても大丈夫ですが、新人の2人だけではちょっと不安だということで何日かは手分けして手伝うことになり、明日の朝食は立野さんと山田さんと前田さんがお手伝いしてくれます。
初日の練習が終わり、当然のように疲れ切っている新人を温かい目で見守りながら食事の準備です。前田さんの「懐かしいわね〜。こういう時こそちゃんとしたものを食べさせてあげないとね〜」と張り切っています。私たちはその指示に従ってテキパキと準備をしていきますけど、明日になったら二人ともいなくなっちゃうとかないですよね?
次の日もちゃんといてくれてよかったです。
ここ数日の練習を見てきて思ったこと。クイーン・オブ・アスリートこと長谷川さんは体全体の力を使う競技をしていたとはいえどうしても下半身の強化が中心だったようです。体力的になんの問題と思いきや上半身の筋トレに苦労しているみたいですね。
西田さんは乗馬のおかげか体幹がしっかりしているようで筋トレの体勢が綺麗なんですよね。でも相当苦労しているようなので全体的に鍛えないといけません。二人とも上半身のメニューを増やした方がいいのかな?
これからもっと大変な事がありますが、デビューに向けて何とか頑張ってほしいところです。1ヶ月、2ヶ月経った頃、いろんな所のサイズが大きくなったり小さくなったりと体つきが変わってきたのに気づくとさらにやる気が出てきますよ。
筋トレと合わせてマット運動もしていくのですが、二人とも思った以上に苦手のようです。前転はまあまあできるとして後転がですね、転がる前から変な声を出したり後頭部をぶつけたりしています。おへそを見るようにアゴを引いて勢いよく回るだけなんですけど、普段からマット運動をやってないと難しいかもしれませんね。
ここから開脚前転、開脚後転になると手をつくタイミングが合わなくて立ち上がれずにいて、さらに逆立ち前転となると背中からドシンと倒れてしまいます。比較的に西田さんの方ができているのかなと思ってしまうのは乗馬で平衡感覚が鍛えられたから?なんて、そこまで乗馬は万能じゃないですよねえ。
そして、最大の難所は後ろに倒れる事です。受け身を始める前に少しでも慣れてもらおうと柔らかめのマットを敷いて倒れるだけのことをしているのですが、やっぱり最初は恐怖心との戦いです。見えない方向に手を使わないて倒れますからね。渡辺さんは私の経験を話してあげれば少しはアドバイスになるんじゃない?と言ってくれましたが、私の場合は陸上のマットに倒れるのは半分以上面白がってやっていたのでねー……っ!長谷川さん!陸上選手!走り高跳びは背面跳びじゃありませんでした?あの要領ですよって話したら、あれは分厚くて痛くないのがわかってるから怖くないけどこっちのは痛いじゃないと。リングのマットはそれなりに痛いですからね。
西田さんも後ろに倒れるのは怖いみたいです。柔らかいマットがあっても見えないのはどうしても苦手だそうで。まあ、得意な人の方が少ないでしょうけどね。これも時間をかけて慣れてもらうしかないんですよね。
でも、受け身ができないとプロレスラーにはなれませんのでちょっとずつでもやっていきましょう。まずはうつ伏せの状態のままで両手をバシンとマットを叩いてもらい、そのイメージが消えないうちに腹筋で5センチくらい頭をあげてから力を抜いたと同時にマットを叩いてもらうことから始めて、それができたら段々と高くしていきます。
練習は基本的には渡辺さんや萩原さんが交代で教えています。私も教わっていたのでその方が本当ならいいはずなんですが、お二人とも何かしらの格闘技の経験者です。できる限り丁寧に教えていっても、未経験者の何がわからないかがわからないということがたまに起こるらしいです。見よう見まねでできるようになって褒めてもらえるのが嬉しくて、後ろに倒れる怖さよりそっちの方が強かった私はかなり特殊なようです。その経験?を生かして今回に限って二人には私が最初だけ教えることになっています。でもいいのかな?二人にはわかってもらえるか心配ですが、今のところ何か言われたり質問されてないので大丈夫そうです。
自分の教わったことを誰かに教えることでちゃんと理解しているか再確認できる、なんてことを聞いたことあった気がします。その二人が将来きちんとプロとしてデビューできるかどうかが私のか弱い両肩にかかってると思うと、それを感じる余裕なんてありませんよ。
そんなことをしながらも自分たちの練習もしっかりやっていきますよ。あと1ヶ月とちょっと後に控えているタッグトーナメントがありますからね。いつもの合同練習が終わった後にそれぞれのチームに別れていきます。
チームの選手同士でスパーリングをしたり筋トレをしたり何かの作戦会議をしているなか、私と大森さんはサンドバックを相手にキックを軸にした合体技を考えたり実際に試してみたりと繰り返していきます。いくのですが、どうもタイミングが合わないんですよね。せーのって声を掛け合っているんですけどなんかちぐはぐで。チームを組んでいきなり息ピッタリな合体攻撃ができないのは仕方ないので、その日までに何度も練習して大森さんと合わせられるようにしていきます。
それに合わせてか、毎週末に行われる大会もタッグマッチの試合が多く組まれるようになってきていています。そこで練習の成果を出したいところですが、今の段階ではお客さんにはちょっと見せたくないですかね。練習でタイミングがあってきたかな?というところで試合で使うと、大森さんのテンションが上がっちゃったのかワンテンポずれちゃうみたいなんです。やる気と気合が十分なのはいいのですが勢いそのままで突っ走ってしまうのでちょっとずつずれてしまいます。お客さんにはわからなかったみたいですが、練習の時にこれだ!っていうタイミングばっちりの時と比べるとどこか力が入ってないように感じます。こんな時こそ臨機応変に変えていければいいんですけど、まだまだ練習が足りないようです。
合体攻撃といえば宇野さんと堀田さんのチームです。せーのっとかの合図もなく、息を合わせてダブルのドロップキックや場外へのプランチャなど、イキイキ伸び伸びとした試合運びにお客さんにアピールしたり煽ったりと余裕も見せて勝利を重ねていきます。
軽々と空中戦を繰り広げるのとは真逆の重厚感たっぷりな合体技を用意しているチームもあります。サンドイッチ式ラリアット、ダブルのブレーンバスターやショルダータックルの他に、工藤さんがバックドロップの体制の時、それに合わせて豊田さんがランニングネックブリーカーなんていう危険すぎる技の練習をしていますよ!こんなの試合の終盤に受けてしまったら返すに返せないですよ!怖い怖い。
怖いといえば中野さんと山田さんの合体技。両手を同時に脇固めですって!さらに腕ひしぎ十字固めですって。どうすればいいのよって感じですよ。タップじゃなくて自分でギブアップを言うしかないじゃないですか。厳密にいってしまえば反則なんですけど、これから戦っていこうという気持ちがなくなっちゃいそうです。
他のチームの練習を見てきましたが、萩原さんと立野さんはまた違うことをやっていくようです。立野さんがジャーマンスープレックスで投げた後、すぐに萩原さんが相手を捕まえて再びジャーマンで投げ、最後に立野さんが予選スラムで決めます。間髪入れずに3連発!技のダメージだけじゃなくて三半規管も狂ってしまいそうで返せないですよね。
どのチームも練習で見せていたり試合で使っているのってごく一部のことでしょうから、本当に気をつけないといけませんね。
そんな中、横田さんと松本さんは合体技も連携技もなく黙々とスパーリングに励んでいます。チームワークとかよりもまずは松本さんを鍛え直すといったところでしょうか。基礎はできているはずですから、気力と体力と、あと自信でしょうか?が戻ってきたら怖い存在になるんじゃにでしょうか。どうなるかが一番不気味なチームだと思います。
そして来週の大会が始まる前に、タッグチャンピオン決定トーナメントの開催をお客さんに発表することが決まりました。
〝ハリウッド〝ストーカー市川ことこのまま市川選手が引退を発表しました
次話は10月15日を予定しています