第4話
初代タッグチャンピオン決定トーナメント戦に向けてチーム分けができました。
今日は大森さんとトーナメントに向けての対策を話し合うことになりました。
「さて、晴子はこの中で一番気をつけないといけないのはどこだと思う?」
合宿所で食事をとった後に大森さんに誘われてやってきたのは、年号が2つくらい前のステンドグラスのライトカバーや重厚な色合いの木目の家具が配置された古くて落ち着いた、商店街の夜遅くまで営業している喫茶店。今ではレトロブームとかで商店街以外の遠方からもお客さんがやってくるようでちょっとバズってるみたいです。
ちょっと色のついた、いびつなガラスの器に乗った堅めのプリンアラモードに「エモい〜」と写真を撮り、シンプルな花柄のコップを見ては「カワイイ〜」とSNSに上げ、ピンクや緑のソーダフロートを注文しては「これって香料以外は同じ味なんだよね」とウンチクを話しているお客さんを横目にトレーニングウエア姿で席に着きます。ただ、大森さんに気をつけないとって聞かれてもどのチームも気をつけないといけないと思うんですよ。
まずは萩原さんと立野さんのチームは、お二人ともレスリング経験者で、グラウンドに持ち込まれたりタックルや投げ技もあるので捕まったら最後、何もできないまま試合が終わってしまう危険性があります。しかし、チーム名は〝ホワイトハンカチーフ〟とい可愛らしい名前をつけたようです。どうやらレスリングのルールでは白いハンカチを所持していないと反則になるとか試合をする資格がないとかで大切なアイテムなんですって。で、そこからチーム名を取ったようです。
続いて中野さんと山田さんのチームは〝タップアウト〟上田さんとのタイトルマッチ前後からフロントネックロックを多用しギブアップ勝ちが増えてきた中野さんと、腕ひしぎ十字固めや三角締めなどの必殺技をもつ山田さん。3カウントで勝ちがを狙うのが多いプロレスですが、技をかけられた相手に自ら負けを認めさせる一発があるという、これも危険なお二人だと思います。
宇野さんと堀田さんは言わずと知れたルチャドーラチーム。対戦相手の予想を超えた素早い動きと団体内では比較的小柄ながらもそれを補うかのような空中戦が得意で、しかも道場の練習とは違うジャベという独特なグラウンドテクニックで翻弄されてしまいます。そして、このお二人はタッグチームとしては今回のような即席ではなく普段から組んでいることが多いのでチームワークは一番いいんじゃないかと思います。チーム名は〝ラ・トルニージョ〟です。
身軽なチームがあると思えば重厚感漂うチームもあります。一番目を奪いそうなのが豊田さんと工藤さんの〝10万パワーズ〟でしょうか。名前の由来はあの有名なプロレスマンガからでしょうか。私のおじいちゃん世代のマンガなのによくそこから持ってきましたねって感じです。お二人の体格を生かしたパワーファイトでリング上で暴れまわられると場外へ逃げたくなるほどの迫力で、もし合体攻撃で前後から挟まれるボディアタックなんか食らってしまったら!お腹の中の物とか内臓なんかが出てきちゃいそうな圧を感じますね。こちらがコツコツとダメージを負わせても一発の破壊力でプラマイゼロどころか逆転されてしまうんですよね。
とあるプロスポーツ選手が言っていたのですが、「アスリートは体格が全て、体が大きいというだけでそれが才能」みたいなことを聞いたことがありましたけど、まさにお二人のことを言っているような感じがしました。
そして、一番予想がつかないのが横田さんと松本さんのチームです。第一巡選択希望選手に選ばれなかったことでかなり落ち込んでいたようですが、今では人が変わったようにひたすら練習に明け暮れています。横田さんとずっと一緒にいるからか、サボりぐせもだいぶ見えなくなったそうです。もともと松本さんはレスリングを経験していたのでポテンシャルは私より全然上なのでトーナメントが始まるまでにどれだけ頑張れるかが勝敗の分かれ目になるんじゃないかと思われます。横田さんご本人は自分のことを〝器用貧乏〟なんて言ってますが、オールラウンダーでこれと言った弱点が見当たらないので、あとは松本さんが指示通りに動くことができればいいところまで行くんじゃないか、とは大森さんの予想です。
注目(?)のチーム名ですが、そこは松本さんの粘り勝ちで、やり直すとか出直すという意味の英語を頭文字をとってMake a Fresh Start、略してMFSとつけたらしいです。これにはちょっとしたいわくがあって、やっぱり松本さんは可愛くてピンクでキラキラでひなちゃんなんとか〜な、凝ったチーム名を考えていたそうですが、横田さんの「そんな思い入れのある名前を今回だけのことにつけるなんてもったいない!いつかひな子が中心となってタッグチームやユニットを組むその日まで大事にしておきなさい。今回はシンプルなのでいいよ(たとえ今回限りと言っても、そんな恥ずかしい名前で呼ばれたくない、という本音を隠しつつ)」と言われたらしいのです。
最後に大森さんと私のチームはというと、大森さんのファイトスタイルであるキックをイメージした〝蹴撃〟になりました。他のチームが英語やスペイン語なのでここは目立つようにとあえて日本語でにしたようです。〝襲〟撃のしゅうをけるの〝蹴〟しているところを考えると、何かのために前から用意していたんじゃないかと思っています。「チーム名どうしようか」なんて聞いてきたのはなんだったんでしょうかね。
私はそこまでキック技を使わないのでこれから大森さんに教わる予定ですが、以前教わったときは感覚的な言い回しでしたのでちょっとわからなかったんですよね。だから私の方でも予習しておいたほうがいいかもしれません。とりあえずローリングソバットより後ろ回し蹴りかな?
自分たちを除いてどこが優勝するかを予想する話になり、私は豊田さんと工藤さんの10万パワーズだったのに対して、大森さんは萩原さんと立野さんのホワイトハンカチーフじゃないかと。理由としてはあの二人はパワーがあっても丸め込みでコロコロ負けてるイメージが強いとのこと。そういえば私が工藤さんに初めて勝った時は確か丸め込みでしたね。ですので、パワーに目を向けすぎて恐れるよりも、どう対応するかを考えておいたほうがいいかもしれません。そういう意味では宇野さんと堀田さんチームも侮れないですし、中野さんと山田さんのチームも注意しなくちゃいけませんね。横田さんと松本さんのチームは松本さんの未知数なところが不気味ですね。そう考えると大森さんと私のチームが一番特色がないのかも?どうしましょう。
「そこは全員蹴り倒してやるくらいの気持ちでやっていくしかないでしょ?晴子もいつもと違うファイトスタイルになっちゃうかもだけど、私がリードしていくからなんとかなるでしょ」おっと、大森さんは強気ですね。これは大変なことになりそうです。付け焼き刃になってしまうかもしれないですけど、今以上にキックの練習をしていかないといけません。
あとは合体技として、座らせた相手に前後から胸元と背中にサンドイッチ式ローキック、顔をめがけて左右からの低空ドロップキック、ロープに振ってからダブルのミドルキックができるようにしたいんだけど、と大森さんから提案がありました。
それと、毎日の練習や試合で見てきて、大体の動きや強さ、逆に弱点なんかもわかるそうなので、これからも少しずつ話し合ってどこのチームと当たっても対処できるようにしましょう、ということで話がまとまりました。
後日、CRGと九龍城からやってくる選手も教えてもらいました。CRGからは増田マリーさんと大木カランさん、九龍城からはミサキさんとナギサさんのインティライミ姉妹のチームだそうです。今回は上田さんの趣旨で、チーム編成はキャリアのある選手とそうでない選手の組み合わせになりましたが、他の団体からはどんなチームがくるかちょっと不安でした。実力のある選手を送り込んできてもいいと思うんですけど、どちらの団体もこちらの趣旨に合わせてくれたようです。いろいろと理由をつけていたようですが「そんなことしたら弱い者いじめしているみたいで格好悪いじゃない。防衛線を繰り返してベルトの価値が上がった時に改めて取りに行く、それまでは預けておくわ」まあ簡単にまとめるとこんな感じでしょうか。自信の現れなんでしょうね、きっと。
そんな感じでトーナメントが開催される日が近づいてきました。
次話は10月5日を予定しています