第2話
そんなこんながあった次の週に、正式に再テストが行われます。
当日の朝のミーティングで夕方から始まると連絡がありました。なんとなく予想はつきますがどんな人が来てくれるんだろうと今からワクワクしています。
そして時間通りに礼儀正しく受付を済ませると着替えて道場に集まってくれています。予想通りと予想とは違う人、合計3人でテストを受けるそうです。あれ?あの子、どこかで見たことあるですよね、どこだったかしら。
この日の指導係は私ではなく山田さんと堀田さんが担当してるそうです。お二人いわく
「みづきさんと晴子さんは先週頑張ってくれたので、今日は私たちが指導します。よ・ろ・し・い・で・す・よ・ね?」「そうよ!少しくらい私たちに出番をくれたっていいじゃない!みづきちゃんと晴子ちゃんは後ろの方で記録係をお願いね」
特に堀田さんは目立ちたいだけのようですので全面的にお願いしたいと思います。私は自分から前に出たいわけじゃないですから助かります。
準備運動を終えたテスト生がぶつからないように少し広がり、ストレッチや深呼吸をしながら待っているところに渡辺さんがやってきて声をかけます。
「それでは皆さん、集まってくれてありがとう。今日こそ合格できるように頑張ってね。それじゃあ綾、晶、よろしくね」
「はい、腕立て伏せから始めます、準備はいい?よーい、始め!」
皆さん2回目だけあって余裕というか自分の力をしっかり出そうと落ち着いて腕立て伏せをしている感じがして、見ていて安心しますね。最初の時は皆さん緊張していたのがわかりましたから。そして再テストというチャンスをもらえて今度こそはっ!でも焦らずにって思っているんでしょうね。もうね、私が指導係だったらそれだけで全員合格!って言ってあげたいですよ。
1セット目が終わり2セット目へ。いいですね、気負っている様子もなく淡々と、でもしっかり声を出ていて疲れた様子もなくテストを続けていきます。前回はこの辺りから諦めちゃった人がいたんですよね。でもこの3人はしっかりと回数を重ねていっていますね。
そして3セット目、ちょっと疲れが見えるかな?っていう人もいますがまだまだ大丈夫そうです。回数を数える声もちゃんと出ていますし遅れる人もいません。このまま続けていってほしいです。
3セット目が終わり縄跳びへ。これで終わりです。ペースが少し遅くなったり縄を引っ掛けそうになったりしていますが、もう少し、ここからは気持ちの見せ所ですよ。再テストを受けようとここまで来たんですから最後まで頑張って!
「はい終了でーす、お疲れ様でした」
堀田さんの号令でテストの全種目が終わりました。皆さん、縄跳びの後で疲れていると思いますがその場に倒れることなく息を整えています。よしよし、この分だと全員合格になりそうですね。しばらく休憩した後、渡辺さんがやってきました。
「はいお疲れ様でした。皆さん、このテストに向けてちゃんと準備してきてくれたようで私たちも嬉しいです。それではここで自己紹介・自己PRと簡単な面接をしていきます。それではそちらの左はじの方からお願いします」
まず指名されたのは長谷川夏姫さん。学生時代は陸上の7種競技というのをしていたそうです。初めて聞いた種目ですが、100mハードル走とか砲丸投げとか走り高跳びとかの競技を二日間で7種類をひとりで行って、記録によって振られている点数の合計点で競うんだそうです。へえ、そんな競技があるんですね…そういえばライオンや象の倒し方をレクチャーしている芸能人が似たような競技をやっていたような?
で、その競技をする人は敬意を込めて「クイーン・オブ・アスリート」と呼ばれていて、長谷川さんは大学の大きな大会で優勝したこともあるんだとか。でも、そんなバリバリのアスリートの方がなんで最初のテストで合格できなかったというと、前日は興奮しすぎて眠れなくて自分の力を発揮できなかったそうです。でも今日はちゃんと体調を整えてきてくれたんですね。陸上競技で鍛え上げられたスレンダーな体にお尻が隠れそうなストレートヘアーですが、プロレスに対応できるようになるにはかなり大変かと思いますけど是非とも頑張ってほしいです。
続いて二人目は西田ゆかり(にしだゆかり)さん。あらー、なんかすごく道場には似つかわしくない雰囲気と所作、面接の受け答えはゆっくりでちょっとマイペースかなと思いますがどこか気品を感じさせますね。あら、ご趣味は乗馬でいらっしゃいますか。もしかしてどこかのお嬢様ですか?乗馬が趣味ってだけでお嬢様って思ってしまう私もどうかと思いますが。その乗馬のおかげでしょうか、背筋がピンとしていて芯がしっかりしていそうです。もし本当にお嬢様だった場合、ご家族がプロレスとか格闘技と縁がないと思うけど、どこでここを知ったんでしょうね。あー、夏祭りの駅前プロレスですか。こんな面白そうなものがあったなんて、是非ともやってみたいと思ったそうです。でも乗馬と比べたら結構野蛮なことしてますけどご家族は反対したんじゃないですか?そこはもう成人したんだからやりたいようにしていいと。そうですか、なんて太っ腹なお母様ですね。お父様は大反対だったらしいですけど一喝して黙らせたんですか、あらら。
ちなみに夏祭りの話が始まると、長谷川さんも「私も見ていたのよー、最後の試合が特に凄かったのよね!」と意気投合。上田さんと中野さんの試合ですか、あれは本当に凄かったですからね、うんうん。それ以外に印象に残った試合を聞いたら、第一試合と第二試合が面白かったそうで…うわ、私の出ていた試合も面白かったですか。なんか嬉しいやら恥ずかしいやら。
そして3人目は木村百合奈さん。なんと現役の高校生です!しかもうちのプロレス教室の経験者でした!どこかで見たことあるなーと思っていましたが、やっぱりそうでした。あの時は中学生だったのかな?ボブヘアーだったのがやや高い位置でツインテールに変えていましたね。技をひとつ決めるたびに「これでいいですか?」と上目遣いで聞いて大丈夫よ、と答えると「やったー!」って素直に喜んでいたあの子がねえ。そうかー、高校生になったかー。可愛かったのがさらに可愛くなっちゃってもうっ!おっと、親戚のオバちゃんみたいな感じになっちゃいました。でも、合格したのはいいけどこの後どうするんでしょう?まさか学校辞めちゃうとかないですよね?
その辺りは親御さんと要相談ということで、とりあえずは放課後に道場で練習ができるように調整するみたいです。中学生の時は体操クラブに通っていたようで、アクバティックな動きや柔軟性、マット運動などは全く問題がないのを知ると、宇野さんと堀田さんがなにやら悪い笑顔をしていますね。これはルチャ・リブレへの世界に引っ張っていく相談でしょうか。
そしてなぜか松本さんがぐぬぬぅーと悔しがっています。なんでそこまでと考えて思い出しました。松本さんてリングコスチュームをいろいろ持ってましてね、スクール水着風のとか体操服風のとか。もしかしたら対抗意識を持っているのかもしれませんが、百合奈ちゃんは現役のマジモンの高校生で、変な話ですが制服的なものは当たり前に違和感なく着こなせます。逆に松本さんの場合はいわゆる高校生キャラですから本能的に勝負にならないんじゃないかと思っているのかもしれません。
あと、面接中ずっとニコニコしながら受け答えしているのを見て、「ナニコレ可愛い、持って帰りたい、こんな妹が欲しい」って考えている人が私を含めて何人いらっしゃるか。もしかしてそちらでも危機感を持っているとか?妹キャラがかぶると思ってるかなぁ。私にとって松本さんは、プライベートでは後輩思いで姉御肌を出したい方、リング上ではちょっとイジワルなことを仕掛ける選手で定着しているので、キャラかぶりをしているとは思わないんですけどね。なんてことは本人に言わない方がいいでしょうね。
長谷川さんと西田さんは合宿所に入ることが決まり、後日日程を調整していくそうです。百合奈ちゃんは当分の間、学校終わりに通い、土曜か日曜にも来てもらうことになりました。そうか、これで私も先輩かー、ちょっと感慨深いですね。
「晴子、みんな格闘技未経験者よ?」
そうですね、なんか珍しいですよね。え、そうじゃなくて?私と同じ道を進むだろうからよく見てあげてって渡辺さん!うわーっ、責任がのしかかってきますよ。どうしよう、急に緊張してきましたよー。
次話は9月15日を予定しています