初代タッグチャンピオン決定トーナメントの話 第1話
横浜での九龍城さんの大会を終えて、堀田さんとの反省会というか、あの試合の動きの再現のため練習台になっています。堀田さんは飛び技よりもジャベの方に力を入れていたので自分の動きにびっくりしていましたからね。
上田さんから借りたあの日の試合を見ては実際に試し、その動きを撮影して見直して再度やってみるという結構地味な作業の繰り返しです。だからといって途中で止めることはせずあーでもない、もう少しこっちか、とか言いながら試行錯誤しています。そしてロープを綱渡りしてのドロップキックやロープの間をくるっと回ってキック、最後の投げ技は必ず会得して見せるわ!と張り切っています。派手なことや目立つことが大好物な堀田さんがここまでひたむきに練習しているなんてお客さんや堀田さんのファンの方は知らないんだろうなー。影の努力を見せることなくリング上でいとも簡単にパッとやってしまうという美学の持ち主らしいですから。
そういう私は不器用ゆえにそんな美学など持てるはずもなく、ただひたすら努力を重ねることでなんとか同期の皆さんに置いて行かれないようになっている状態です。この前の試合だって、振り返ってみたら反省するところばかりです。特にトルネード・タッチルールなんて試合の序盤を過ぎたあたりから私と堀田さんが入れ替わる回数が少なかったのもあったけど、ほとんどできてなかったんじゃないかな?
試合の終盤はマリスさんたちもそうだったけど、いつの間にか1対1よりも2対2で戦ってしまいタッチルールがあってないような感じになってたような気がします。レフェリーやパンテーラ会長さんからクレームみたいのがなかったのでいいのかなーとは思いましたけど。ルールを守れなかったのが少し心残りではありましたが盛り上がったからいいんじゃない?と堀田さんに言われましたけどね。
そうそう、2月の初めくらいに行われていた入団テストですが、結果的には全員不合格となっていました。しかし、もう少しで合格ラインに手が届く方々がいたらしく、本気でプロレスラーを目指すなら三ヶ月後にもう一度テストするのでそれまでに合格できる体力をつけてきて、ということになっているそうです。さて、何人来てくれて合格できるか楽しみです。
ある日の練習中のことです。いきなり道場の扉が開いたかと思うと道着やスポーツウェア姿の女性が4人ほどやってきました。こちらが例の再テストを受ける皆さんかな?いやちょっと待って、もしそうなら練習中にやってくるはずもないし朝のミーティングでも今日来るなんて聞いてませんからね。じゃあなんなんでしょうね?
「ちょっとー、なんで私たちが入団できないのよ!責任者出てきなさいよー!」
道着を着た人が騒ぎ始めました。入団テストで落ちちゃったのに納得できなくて再テストの話を聞きつけて押しかけてきたのかな?だったらもう少し挨拶とかきちんとした方がいいと思いますよ?
「なーに、あなたたちまた来たの?いくら過去の実績があっても体力がないんじゃ入団させないって言ったでしょ!それとも改めて入団テストを受ける気になったの?」
渡辺さんがやってきて押しかけてきた皆さんに対応しています。またってことは何回か来てるのかな。そんなに情熱を持っているなら入団させてあげてもいいと思うけど、練習についてこれないかもしれませんよね。そんな心配をよそに道着の方がまだ騒いでいます。
「何言ってるのよ、要は強ければいいんでしょ?誰か私と戦かいなさいよ!それでいいじゃない、何がダメっていうのよ!」
それって全部ダメじゃないですか?他の格闘技と違って相手の技を受けたり自分の体を犠牲にして技を出したり自分の体を守るために受け身を取るのに体力は大切なことなのに。プロレスのことわかってないみたいです。
「もう、面倒くさいわね、全く。これから忙しくなるっていうのにホント迷惑だわ。よし、そこまでいうなら相手をしてあげるわ。その代わり、そちらが負けたら二度とこういうことしないって約束できる?ちゃんと書類で残せる?」
「へっ、言ってくれるじゃない。そんなもん必要なくなると思うけど?どうせ私たちが勝つに決まってるんだから」
「じゃあ晴子、書類を用意するからちょっと相手をしてあげて」
えーーーっ!私ですか?なんでまた。こういうアラゴトに一番向いていないと思うんですけど?ダメですよ、そんな責任負えませんよ。
「大丈夫よ、あんなシロートに毛の生えたようなヤカラなんて、今の晴子なら相手にならないわよ。まあこれは新人に教える練習だと思って気軽に、ね」
練習だと思ってって…どうすればいいんでしょうか、ほんのさわりだけでも教えて欲しいです。
「そうね、ケガをさせたらいけないとか言って準備運動をさせるでしょ。その後にスパーリングをするんだけど、相手があんなだから極めすぎないようにすればいいわ。このくらいならできるでしょ」
「すみません、あちらの相手なんですけど、私も参加してもよろしいですか?晴子さんの補助ということでしたら問題ないと思うんですけどいかがでしょう」
「あ、綾、抜け駆けズルいよ。ここは私に行かせてください。あいつらの中に見たことあるのがいたので、ちょっとシメておきたいんですよ。ここで引き下がったらこっちが舐められるので私に行かせてください」
オロオロしている私と対照的にかなり好戦的な山田さんと立野さん。どちらが出てきても相手にする方は気の毒ですね。どちらが出てくるか決めている間に書類が用意されて相手に渡されていきます。私も見せてもらうと、今日のテストはどちらも合意の上のことで合否には文句を言いません、不合格だった場合は二度とこちらに来ません、テスト中に起きた事故は自己責任で文句を言いません、的な内容が書かれていました。あれか、危険なアトラクションの時に書かされる免責同意書みたいなものかな?面倒な手続きを嫌そうな顔をしながら進めていき、終わったところで私の出番です。
「では、臨時ですが入団テストを始めますが、皆さんの実力が存分に発揮できるようにするのとケガ防止のため準備運動をしていきます。まずはその場で足踏みランニングをします。途中で笛を鳴りましたら、腕立て伏せとか腹筋をやりますので皆さんも真似をしてください。それでは、用意、始め!」
普段の私たちのアップとは違うことをその場でできるようにと渡辺さんが急遽作ってくれました。ジョギングくらいの足踏みから腕立て伏せ、腹筋、背筋、腿上げジャンプなどサーキットトレーニングのようなメニューになりました。これなら体も温まりそうですね。これを一通り行うと大体2〜3分くらい、そこに柔軟体操を入れてワンセットとして5セットくらいすればいい準備運動になりそうですね。
「ちょっと、いつまでこんなことさせるつもりよ。早く私たちの力を見なさいよ!」
えー、まだ3セット目ですよ?これからじゃないですかって皆さん?すでに息が上がってるじゃないですか。こんなんでスパーリングできます?この後、マット運動と超初心者向けの受け身もあるんですけど。
渡辺さんの方をチラッと見ると肩をすくめてリングの方を指差しています。
「はい、それでは準備運動はここまでとします」
その声で皆さんがその場に倒れゼーゼー言ってます。大丈夫かな?せっかく準備していた超初心者向けの受け身もナシになりました。そこへ渡辺さんが悪い笑顔でやってきます。
「晴子、お疲れ。はい皆さん、5分休憩してからスパーリングを始めましょう。そこで見せてもらいましょうか、あなたたちの言う実力とやらを」
なんか格好いいセリフを言ってその場を離れます。それを聞いた皆さん、さっきまでゼーハーしていたのが少しだけ元気になった気がします。そんなにスパーリングがしたかったんですね。それじゃあ私も準備しましょうか。
ところで立野さんと堀田さんはどちらが出てくるんですか?立野さんですか、お手柔らかにお願いしますね。
そんなこんなで始まったスパーリングですが、結果からいうと全く相手になりませんでした。立野さんの相手になったちょっと顔見知りの方は、いくらタックルを仕掛けても倒せず、逆に倒されたかと思うと立野さんのヘッドロックや首4の字が極まっていきます。その度にぎゃーとかぐえぇーとか悲鳴が響かせながらタップを受けている立野さんは非常にいい笑顔。いやー、これだけ技が極まると面白いねえ、ですって。
そして私の相手ですが、いきなり殴りかかってきました。そういえばスパーリングは打撃なしとか言ってませんでしたね。それじゃあと相手の攻撃をひょいひょいと避けつつ、ここは大丈夫かな?というのはあえて受けてと。あら、なんで攻撃した方が痛がってるんですか?その腕を取りハンマーロックでバックに回ると、その背中にバチーンと一発入れました。すると、無言で倒れたかと思うと背中を抑えてジタバタしています。あら?涙目になってますけど大丈夫ですか?慌てる残りの再テスト生に睨まれてしまいました。
「強く叩いたように見えますが2〜3割の力なんですよね」
そう言うと、皆さん顔を青ざめながらスパーリングをせずにそそくさと道場を後にしていくのでした。
ちょっと!帰るならこの人も連れて行ってくださいよ。
次話は9月5日を予定しています