他団体に出場する話 その1
それからしばらくしてファン感謝デーを開催したりクリスマス大会の準備などをしながら日々の練習と試合を繰り返していたある日のことです。
今日も無事に大会を終わらせることができて後片付けをしている最中のこと
「あ、あの、佐藤選手、サインをいただけませんか?」
高校生くらいの女子から声をかけられました。手にはサインペンと私のグッズTシャツを持っています。え?サイン?私の?なんで?と思ってしまいました。こんなこと初めてだったので何かの間違いだと思ったんですよ。
私の五番勝負が終わってから新しいコスチュームで試合をしていくうちに、だんだんとダメージを受けても思った通り動けるようになったり技もスムーズに出せるようになったりと、自信が付いたのか何かが成長したようで試合で負けることが少なくなってきたような気がします。タッグマッチながら宇野さんから初勝利できたり、シングルでも立野さんや山田さんと試合時間ギリギリまで粘ることができて、時には20分引き分けだったりとそれなりに成長が認められるようになりました。すると私のグッズTシャツが作られるようになったのです!もちろんHoney or Trap製!デザイナーさんと簡単な打ち合わせもさせてもらいました。
私としては、普段着に使ってもおかしくないけどちょっと派手目な色使いで、何か動物をモチーフに使ってくれると嬉しいかな?できればカッコいいめで写真や似顔絵は勘弁してもらうという要望を出し、あとはお任せすることにしました。
で、サンプルとして出来上がったのが、能面を思わせるような狐の顔ってあるじゃないですか、おでこに陰と陽の渦巻きみたいなマークがついて目元に赤く隈取りみたいになってるアレです。その真っ白い顔が山吹色のTシャツのど真ん中にデーンと大きくプリントされていて、そのお面を囲むように私の名前が見たことないフォントを使ってアルファベットで書かれていて、鎖骨の辺りには鬼火みたいな模様もあるんですよ。確かにちょっと派手な色だし動物を使っているし和風な感じで格好いいとは思うんですけど…。そのTシャツを手がけてくれたデザイナーさんによると、初勝利を挙げた試合と上田さんとのタッグ待って、五番勝負の最終戦を見てこれだ!これしかない!と作り上げた自信作らしく熱く語ってくれました。その勢いに押されてたのもあったしどこがどうダメなのか明確な理由もなかったのでそのまま生産に入ることになるそうです。しかも評判が良かったら色違いも発売予定とか。
よりによってあの試合を参考にしちゃいましたかー。
そしてファン感謝デーの時です。第一試合が始まる前、場内に「このたび、佐藤琴音選手のTシャツが新発売となりまして〜」なんてアナウンスがあったり私自身がモデルとなってリング上でお披露目したりしたんです。お客さんの反応はまあまあ、販売実績は今後どうでしょうか。不良在庫にならないように頑張っていこうと思います。
そんなことがあった中、私の試合が始まろうとした時事件が起こりました。なんと、松本さんのいたずらで入場曲が入れ替えられてしまったんです。童謡で、♫子ぎつねコンコン風邪ひいた〜、ってあるじゃないですか、あれが流されちゃったんです!その曲でこのTシャツですからね、そりゃあもう、お客さんからは温かい笑いと拍手で迎えられてしまいまして。恥ずかしいと思いましたけどそういう演出ですよ、というなんでもない素振りで入場するのが大変でしたよ。最近は頼もしい先輩って思っていたんですけど、たまにこういうことするから怖いんですよ松本さんて。しかもファン感謝デーですから、多少の面白要素は許される雰囲気なので、それも考えてのことでしょうから注意することもできずにモヤモヤしちゃうんですよね。
そんな曰く付きの新しいTシャツを持って声をかけてくれた方には何の問題もないので丁寧に応対しなくちゃいけません。立野さん、山田さん、堀田さんは公式のサイン会を開催したことがあり人気も実力も先輩たちにおいつてきています。工藤さんはサイン会はしてないけどちょくちょくサインしている姿を見たことあります。
ファンへの応対についてはデビューする前に少しだけ教わりましたが、特に堀田さんからはしつこいくらい聞かされています。渡されるものは両手で扱い、別れ際にはちゃんと相手の目を見て「ありがとう」と笑顔で言う事。その日の試合で負けたても他の作業をしてても手を止めてしっかりねと。そのひとつひとつがファンを増やして応援してくれると。自分がサインをもらう側になった時、どうされれば嬉しいか、喜ぶか、応援したくなるか、を考えたら分かるでしょ?とのことらしいです。さすが芸能界で活躍している堀田さんの言うことには重みがありますね。
そんなことを思い出しながら「いつも応援ありがとうございます。何回も来てくれているんですか?」と話しかけながらTシャツを広げサインを書いていきます。サインといってもkotoneと筆記体で書いてるだけなんですけどね。
書き終わると綺麗に畳んで相手の目を見て、できる限りの笑顔で「ありがとうございます、また見に来てくださいね」と渡してあげました。喜んでくれたかな?また応援してくれるかな?と不安でしたけどちゃんとできたと思います。もし堀田さんが見ていたら「まあ初めてにしてはいいんじゃない?」って言ってくれるか「もう!サービス精神が足りないわね!一緒に写真くらい撮ってあげなさいよ」くらい言われるでしょうか。
後日、そのサイン入りTシャツを着て応援してくれている姿を見つけることができてとても嬉しく思いました。その日はなぜか調子がよくで試合にも勝つことができたのでした。
そうそう、私たちが入団してから次の新人はたちはどうしたんだ?なんて声が聞こえたり聞こえなかったりしていますが、入団希望者は随時募集しており、春前には合同入団テストを開催しているようです、まあ聞いた話なんですけどね。下っ端の私たちにはそこまで詳しい情報が入ってこないんです。多分合格者が出て合宿所に入ることが決まったら教えてくれるかもしれませんが。
私たちが入団して次の年、商店街のイベントで道場を使っていた前後にそれなりの人数が入団テストを受けていたようですが、結果的には合格者はいなかったようです。上田さん曰く、晴子たちが5人もまとめて合格したんだから、もしかして今年も!と期待していたものの、うんそうだよね、去年が異常だったんだよね(いい意味で)ということらしかったみたいです。
でもなんでそれなりの人数が集まったんでしょう?もしかしてリング上のキラキラした場所に憧れ、その傍らで芸能活動もできて目立ててチヤホヤされて…ん?それって堀田さんのこと?堀田さんを目指してきたのかな?いつの間にか有名になってたんだ。でも芸能活動で練習や試合に参加するのが少なくなったのってここ半年から1年くらいじゃない?じゃあ違うかー。
なんだろう?そうしたらローズさんたちの方かな?コスプレイヤーが集まるイベントやゲーム会社から公式にキャラクターに採用されるのに引っ張りだこのCRGに憧れて?それなら直接CRGでテストを受ければいいからこれも違うかー。
もしくはHoney or Trapのコスチュームが欲しかった?でもそこまではしないかー。
その次の年は初代チャンピオン決定トーナメントが始まる前だったので1ヶ月ほど遅らせてのテストだったのですが、この時も相当な人数が集まったようです。上田さん、クリスさん、豊田さんの試合を見てすごいなーって思って入団テストを受けた方々が多かったようですが、この時も合格者はいなかったようです。入団するよりも上田さんや豊田さんの近くに居たかったという方がほとんどだったらしく、そこからGPWOに就職できるかみたいな質問があったようで、怒りを通り越して呆れた、と渡辺さんが嘆いていました。
上田さんも豊田さんも、他の先輩たちも格好いいですもんね、憧れちゃうのはですけどそれだけじゃダメなんですよ。万が一GPWOに就職できたとしても、ドリームファクトリーに居られるとは限らないのに。これは来年に機会するしかなさそうですね。そうか。入団する人が現れたら私にも後輩ができるのか。そうしたら私が先輩?いやー、なんか照れちゃいますね。
そんなことがありながら商店街のお手伝いをしながらクリスマス大会を終え、年末年始を迎えます。その間に上田さんの防衛戦がありまして、相手は萩原さんでした。変幻自在なグラウンドテクニックで上田さんの動きを封じ込め、カウント3を取るよりもギブアップやレフェリーストップ勝ちを狙うような、執拗に首や関節を極めていくものの後一歩のところで極めきれず、最後はあまり見せないタイガースープレックスで上田さんが勝利しました。久々に息をするのも忘れるくらい緊張感のある試合でした。
力士の時よりもプロレスラーだった時の方が印象にあるんですよね
謹んで曙選手のご冥福をお祈りいたします
次話は4月25日を予定しています