第12話
〜 〜 〜 〜 〜 時間を少し遡って試合直後 〜 〜 〜 〜 〜
「10分7秒、10分7秒ー、片エビ固めにより上田ショウ子選手の勝ち」
最後の一瞬はどうなったんだっけ?上田さんが走り込んできたのでグッと歯を食いしばって、それから顎の骨が砕けちゃった、顔が半分がなったんじゃないかというほどの衝撃があって……気がついたら3カウントが入っていて……少しの間、意識が飛んでいた?
「晴子、立てる?」
立野さんが氷のうを頭や顔に当ててくれているところに、上田さんが覗き込むように私に問いかけてくれます。エルボーを受けたところがジンジンしています。起き上がろうと、あっ、あれ?立てるどころか力が入りません。
「すみません、なんか体が言うことを聞いてくれないみたいです」
控室まで戻るまでが試合、みたいなことを教わっていたはずなのに全然力が入りません。こんなにダメージがあったんだと同時に鍛え方が足りなかったかなーって思ってしまいました。
「もう、しょうがないわね」
リングをゴロゴロとエプロンサイドまで転がされるように移動し立野さんに肩を借りようと手を伸ばすと、上田さんが立野さんに何か指示を出し始めたようです。
「せーの、よいしょっと」
ダメージが凄すぎてひとりで立ち上がれなかったようでおんぶをされてしまいます。立野さん、ご迷惑をおかけします。
「最後に凄い一発をもらっちゃたもんね、控室に戻ったら少し休みなさいね」
横から立野さんが話しかけて…立野さん!なんで?じゃあおんぶしてくれてるのって、うわぁ!上田さんじゃないですか!試合が終わったばかりだというのに、対戦相手だった私を運んでくれるなんて。もう、申し訳ないやらありがたいやら疲れているのにーとか色々な感情が湧き上がってきてしまいます。
「すみません、ありがとうございます」
何度もお礼とお詫びを言いながら控室まで運んでもらいました。
〜 〜 〜 〜 〜 試合後のインタビュー 〜 〜 〜 〜 〜
インタビュアー 以降イ) 上田 以降上)
イ)お疲れ様でした。これで佐藤選手の五番勝負が終わり、デビューしたすべての選手全員が試練を終えた今、率直な感想をお願いします。
上)まあ、晶が辞退したのは残念だったけど、これで肩の荷が少しは降りたというかね。あとは本人たちが頑張ってくれれば試練をした甲斐があったと思います。
イ)今回三選手が他団体の選手の胸を借りて試練に挑んだなか、佐藤選手だけ上田選手が対戦に名乗りを上げました。これにはどういった想いがあったのか教えていただけますか。
上)んー、そんなに深くは(笑)まあ外の選手にお願いするのも良かったんだけど、スケジュールの関係もあるんでね。あとうちの選手がなぜか琴音とやってみたいっていうのがあったんでね。あと付いてもらってるんで、私のプロレスはこういうものだよと教えるっていうのも変だけどそういうのもあったし、琴音の実力が今の段階でどのくらいできるかっていうのも知っておきたかったんでね。自分で言っといてなんだけど、やってみたいっていう表現てなんかエッチね。
イ)(笑)それで佐藤選手と実際に戦ってみての印象というのはどうだったんでしょうか。上田選手のこのくらい出来ていたらというレベルに達していたいたのでしょうか。
上)そりゃ私たちが教えてるんだもの、ある程度のレベルに達していてくれないと困っちゃうよ。まあ、琴音がデビューして1年?2年?環境の違いがあるだろうけど、同じ頃の私と比べたら体力もテクニックも全然上よ。琴音以外にも下地のある選手がいるからこっちもうかうかしていられないよね。
イ)それほどですか。あと終盤のエルボーと試合後のおんぶをしたのには何か意味があってのことでしょうか。
上)そうね、最後のエルボーは見たことのない技が効いちゃって頭にきたから、というのは冗談で。このくらい威力がある技もあるからもっと鍛えてきなさい、待ってるからね、かしら。それと立てないって言うから一番近くにいた私が運んであげないと次の試合もあるしリングを開けないとと思って。五番勝負を通して私からの努力賞、って言った方がマスコミ的には良かった?(笑)
イ)(笑)最後に、今後の防衛戦についてお伺いします。何か構想はありますか?
上)そうね、こちらから指名するのは簡単だけど自分から名乗りを上げて欲しいわね。ある程度の覚悟を持ってきてくれて、絶対にベルトを取るぞとっていう気迫を出してくれた方がお客さんも喜ぶだろうし私も熱くなれるからね。構想は特にないけど。
イ)お疲れのところありがとうございました。
それから何分くらい経ったでしょうか、簡単に検査してもらいましたが骨折の心配はなく、吐き気や急に眠くなるようなことはありませんでしたが猛烈に顔が痛いです、特にあごが。氷のうで冷やしている間は少し痛みがやわらぐのですがすぐに温かくなると痛みがぶり返してきます。そんな状況でも何とか立ち上がれるようになりましたけど、壁や椅子の背もたれに手をついていないとフラフラしますね。
「あんたはまだ座ってなさい」
と松本さんが体を冷やさないようにとバスタオルをかけてくれました。他の皆さんが試合が終わってコスチュームを片付けたりセコンドの準備をしているのに、私だけが休んでいるのが心苦しいのですが体が言うことを聞いてくれないのでどうしようもありません。本当なら私の仕事なのに、でも周りの人が見てもそれだけのダメージがあったんでしょうね。
「晴子はセコンドで控室にいなかったから知らないだろうけど、トーナメントの時のクリスさんでも上田さんと試合した直後はしばらく休んでたんだから黙って座ってなさい。私もタイトルマッチの時はすぐに動けなくて大変だったんだから」
中野さんにも言われてしまいました。気持ちだけ焦っていても仕方ないので大人しくしていようと思います。
それにしてもちょっと気になったことがあります。おんぶされた状態で控室に戻る途中でジャスミンさんが私にこんなことを言ってたみたいなんです。
「ニー、カーノンシーガ、チャオナンジャ」※1
どんな意味なんでしょう?その場に堀田さんがいてくれから翻訳してくれたかもしれないのに。確か中国語って同じように「マー」って発音してもイントネーションで意味が違っちゃうみたいなのであとで聞いてもどんな意味かわかるかどうか。ジャスミンさんの言った通りに再現できないので堀田さんに聞けませんね。一応ちょっと勉強したんですけど、それだけじゃダメでした。
結局全試合が終わっても動けずにいて、すべての後片付けをみなさんにお願いしてしまいました。合宿所に戻っても頭とかずっと痛くて熱くて、あごが痛くて噛めないからまともに食事を摂ることができず、でも明日も試合があるからと柔らかいものをゆっくり食べて、お風呂も入りたかったけどそのまま寝ちゃおうかと思ったら工藤さんに体を拭いてもらって着替えさせてもらって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。その間もずっと冷やしていたんですけどなかなか熱が引かず、体も気持ちも疲れているのにちゃんと寝ることもできずに次の日を迎えました。
「若いんだから一晩休めばすぐに復活できるわよ」
なんてデビュー前に食堂の前田さんに言われたことがありましたけど、今回ばかりはそれに該当せず、多少は動けるようにはなったものの朝の準備すらおぼつかない状態です。
そんな状態ですから試合ではほぼ使いものにならず、集中的に攻撃されてタッグを組んでいただいた萩原さんの足を引っ張りまくりで任せっきりで、当然のように負けてしまいました。
上田さんの渾身のエルボーってこんなにダメージがあるんですね。それを受けても試合を続けられ次の日にも影響していることを見せずに試合をしている先輩たちってやっぱり凄いんだなーと改めて感心させられ、もっと練習をしていかないといけないとって思うのでした。
※1 你可能是個超能者 貴女はエスパーかもしれない、という意味だと思ってください
次話は4月15日を予定しています