第11話
始まる前は不安で不安で仕方なかった試練の五番勝負でしたが、いよいよ今日が最終戦です。短かったような長かったような、でもとても充実した日々を送ることができたような気がします。
そんな不安になっていた時、堀田さんからのある提案があったのですが、それがやっと出来上がってきました。実は新しくコスチュームを新調していたのです!本当なら五番勝負の初戦に間に合わせたかったのですが、製作者側のスケジュールがキツキツだったようでこの時期になってしまいました。でも最終戦に間に合って良かったです。
「晴子ちゃんは気後れするタイプだから形から入った方がいいんじゃない?」ということからコスチューム作りが始まり、だったら同期の皆さんのイメージカラーをちょっと使わせてもらって、私のイメージカラーの黄色と好きな羽根とか翼とかをうまく組み合わせてデザインしてもらいました。出来上がりはさすがHoney or Trap、私がイメージしていた以上に格好いいです。襟付きのトップにロングパンツスタイルで、赤・青・黒・白と何色も使っているのにうるさくならないようにデザインされています。このコスチュームなら同期の皆さんに後押しされて実力以上に頑張れそうな気がします。せっかく作ったんですから今後もずっとこのコスチュームを使いたいのですがなんか勿体無くて記念になるような節目の試合用にとっておくか悩みどころですね。
立野さんがセコンドについてくれてリングに向かっていきます。新しいコスチュームになったためか「今日は気合が入ってんなー」なんて声も聞こえてきます。なにせ今日の対戦相手はあの上田さんです。ドリームファクトリーの象徴でもあり現チャンピオンであり初めての上司のような存在です。付き人をして師弟みたいな関係もあってのことなんでしょうか、お客さんの反応もいいみたいですね。
リングに上がると一息ついて自分がどんな感じなのか確認してみます。五番勝負が発表されて上田さんとの対戦が決まった時は、それだけで緊張してしまったのでどうなるかと思いましたが、今は大丈夫みたいです。これは特訓の成果の一部なのかもしれませんし五番勝負をしてきたことである程度自身がついてきたのかもしれませんし、同期の皆さんのイメージカラーが入ったコスチュームのおかげかもしれません。でもちょっとドキドキしていますね。
そうこうしていうちに上田さんが入場してきました。お客さんの声援の中いつものようにゆっくりと歩いてきます。松本さんがセコンドで、あれ?ジャスミンさんが後ろから付いてきてます?お祭りが終わったら帰国したと思ったんですけどいつ来日したんでしょう。まあそれよりもです。上田さんの腰にはチャ、チャンピオンベルトぉ?今日はそういう試合じゃないのに?わぁ、急に緊張してきたかもしれません。でも格好いいなー。
松本さんがロープを開けるのを見て、あ!私もロープを開けなきゃ!と急いで行くと、松本さんも上田さんも、ん?って目で見るんですか?あ、今日の私は上田さんのセコンドじゃなかったんだ、いつものクセでつい…なに食わぬ態度でそーっと青コーナーに戻ってしまいましょう。
実)さあ、第四試合は佐藤選手の五番勝負最終戦、いよいよ師匠の上田選手とぶつかります。おっと、今日はこの一戦にかけてかコスチュームを変えてきました。これまでの四試合はいずれも15分少々で敗れていますが見所があるいい試合でした。同期の立野選手がそばについてリングに向かっていきます。
解)これまで全敗してはいるのですが第二戦目あたりから徐々に工夫をしている様子が見えますし試合を重ねるごとに相手を追い詰める攻撃も増えてきているので、今日の試合も何か見せてくれるかもしれません。
実)本日が初お披露目、新しいコスチュームでリングイン、この試合にかける意気込みが伺えます。青コーナーで静かに上田選手を待ちます。
さあ赤コーナーに上田選手が入場してまいりました。腰には燦然と輝くチャンピオンベルトを巻いて観客の声援に応えながらリングに向かいます。
解)佐藤選手はこのベルトをあまり意識しないほうがいいと思いますね。意識しすぎると変なプレッシャーになってしまうかもしれません。もしかすると上田選手もそれを乗り越えさせるために、あえてベルトを巻いてきたと考えられます。
実)それもありそうですね。あっと、佐藤選手がロープを開けにいきます。これから試合があるというのに微笑ましい光景ですが、上田選手がちょっとびっくりしているようです。ガウンをなびかせて今リングイン。
解)思わず行動に出てしまったんでしょうね。両者の関係がいい証拠だと思います。
「本日の第四試合、佐藤琴音 試練の五番勝負最終戦、30分1本勝負を行います!」
実)コールされた両者、お互いに視線を合わせずゴングを待ちます。ここで佐藤選手が歩み寄り両手を差し出します。これに軽く手を出す上田選手、今度はしっかりと目を合わせ握手を交わす両者。ここからは師弟関係はなくひとりのプロレスラーとして相対します。
「レディー、ファイっ!」
実)さあゴングが鳴らされました。解説はおなじみの月刊女子プロレス副編集長の佐倉さんです。よろしくお願いします。
解)よろしくお願いします。
実)佐倉さん、佐藤選手五番勝負が最終戦を迎えました、これまでの戦いをご覧になってどう思いましたか?
解)そうですね、第一戦目のクリス選手とは実力相応の戦い方でしたが二戦目以降は少しずつですが成長や工夫の跡が見えたように思います。まだまだおぼつかない点が見受けられますが次の試合ではある程度なり改善しているように見えました。そして切り返しや耐える場面では他の選手たちと肩を並べるところまできているのではないでしょうか。
実)そうですね、一戦一戦ごとに成長の跡が見られます。今日の試合が終わった後が楽しみになってきましました。
さあリングに目を向けてみましょう。バックの取り合いからハンマーロックへ。上田の動きに対して佐藤も対応できているようですね。
解)毎日のように上田選手や渡辺選手にしごかれている成果が出ているようです。また五番勝負が決まってから合同練習以外にもスパーリングを重ねてきたという情報もあります。ジャンルは違いますが立野選手、山田選手という日本でも屈指の実力者が同期にいますので、ある意味エリート教育が施されているのかもしれません。
実)なるほど、いい環境の中で練習ができていたわけですね。さあバックの取り合いからサイドヘッドロック、佐藤をロープへ、リープフロックからのドロップキック!綺麗に着地。さらに向かってくる佐藤をアームドラッグ、そのまま腕を固めます。いやー、今日も上田選手はキレがいいですね。
解)ベルトを取ってから一段と凄みを増してきていると思いましたが、こういう基本技ひとつをとっても手を抜くことなく精錬されています。それに臆することなく果敢に攻めていく佐藤選手もデビューした頃から比べるとプロレスラーとして大きく成長してきましたね。
『なあ、せっかく師匠とシングルで試合するんだから、何度も同じことじゃなくてさ、もっとインパクトのある技とか爪痕を残すようなことしなくていいの?今後何回もシングルなんて組まれないかもしれないのにもったいないよ』
ちょ、何言ってるんですか、渡辺さんとの試合中にもちょくちょく声が聞こえてたのを無視してきたけど同じ人ですか?今それどころじゃないんですけど。
『もうさ、基礎は出来てるんだからいつまでもそのままっていうのはどうかと思うよ?前の試合でもその前でも終盤には出来てたじゃない。そういうのを序盤から出して主導権を握らないとダメな気がするんだよなー』
うっ、なんか正論を言われたような気がしますけど、だからと言ってどうすれはいいかわからないんですよ。あの時はこのままじいけないと思って必死にできることをしただけで特に考えてなかったんですよ。でも基礎が出来てるところは見てもらった方がいいと思うんですよ。渡辺さんだってそういう試合運びじゃないですか?
『そう思ってるならそれでもいいけどさー。でも相手はそれじゃ物足りないみたいよ?攻撃が激しくなってきてるし』
実)ロックアップから上田が押し込む、エルボー!離れ側に強烈な一発!佐藤は転げ落ちるように場外へエスケープ!上田も追いかけて場外へ。ストンピングから鉄柵ホイップ!お、何をする?マットを剥がしたぞ?コンクリートむき出しの床にボディスラム!ここにきてラフファイトを仕掛けていきます!
解)序盤のゆっくりとしたペースからギアチェンジをしてきましたね。ここから本気モードで攻撃をしてきそうです。
実)佐藤をリングに戻すとセントーン、すぐにカバー、カウントは2。ボストンクラブからハーフボストンクラブへ、耐えられるか?佐藤はゆっくりをロープに近づく。あともう少しで手が届くところで引きずり戻し腰を深く落としてさらにしぼりあげる!佐藤の体がコの字のように!これは苦しい。上田の攻撃パターンが変わってきました。これは一体どうしたことでしょうか。
解)いやーそうですね、多分ですけど佐藤選手の攻撃が消極的?消極的とは違いますね。基礎が出来ているのはわかったからそこから先を見せなさい、でしょうか。終盤で見せる動きを早い段階で出させるようにあえて厳しい攻撃で追い込んでるように見えます。
実)佐藤選手の限界を引き出してさらにもうワンステップあげるように持っていってる、というところですか。それにしても厳しい腰への集中攻撃です。必死の形相でロープに逃げた佐藤選手にストンピング、さらにもう一発、荒々しいファイトが続きます。
『ほら、次のステップへ進むのにちょうどいいんじゃない?出来ないことはないんでしょ?サイドキックとか十字固めとか覚えたんだからどんどん使って身につけないと』
表情は見えませんがなんかニヤニヤとしていそうな言い方ですけど、本当にそうかも?って聞こえてくるのが不思議でしょうがないんです。でもどうしたらいいかまだわからないんですよ。渡辺さんにも攻撃の特訓をしなさいと言われたばっかりですし。
『動きはこっちにまーかせなさい。次、相手をリングから落としたら入れ替わるのでヨロシコ』
ヨロシコって言われてもですね、どうやって入れ替わるんです?......まさか?
『そう、そのまさか。以前に2人ほどお世話になってるみたいだからさ。もう慣れたもんでしょ』
いやいやいや、慣れたもんでしょ、じゃないんですよ!そのあとの体がバキバキになるとか周りの目とか必要以上に期待されたりとか大変なことになっちゃうんですから!もうダメって言っても聞き入れてくれないんだろうなぁ。
実)立ち上がった佐藤、上田のエルボーに怯まずハンマーパンチを繰り出す!が、一発のエルボーで返されますがすぐさま反撃!佐藤も上田のラフファイトにやり返そうとしています。
解)体格差がありますからね。たとえ返されても数でカバーしてとにかく手を出さないと一気に流れを持って行かれます。これだけ返されても気持ちで返していきますね。
実)上田のエルボーをブロック、ハンマーパンチの連打からドロップキック!たまらず場外へ落ちる上田ですがすぐにエプロンへ戻ってきます。
♫Here we go!テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ〜
入れ替わった!なんでしょうこの曲、ユーロビートというかテクノサウンド?やけにテンポが早いんですけど?
実)その様子を見た佐藤が?助走をつけてレフェリーを飛び越えドロップキック!鉄柵に激突した上田にプランチャー!佐藤もギアチェンジ!空中殺法を出してきました!
解)これは堀田選手にも特訓の手ほどきを受けていたかもしれませんね。立野選手や山田選手だけじゃなかったのか…
♫テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ、テレッテーテレ〜
実)顔面をエプロンに叩きつけてリングに戻す。ボディスラムからコーナートップに登りダイビングボディプレス!カウントは2!佐藤の攻撃が勢いを増します。ローリングソバット!ロープに走って…ショルダースルーで返されます、これは高い!上田の反撃、ボストンクラブからー、顔面を踏みつけているぞ!厳しい角度!ロープに逃れた佐藤を起こすと腰にエルボー、さらにもう一発!ヒザから崩れ落ちる佐藤。ここにきてさらに集中攻撃!
解)明らかに変わった佐藤選手の動きを止めるため腰を狙ってダメージを与えていますね。この攻撃に耐えられるか勝負の分かれ目になるかもしれません。
♫GO、GO、GO、GO、GO、GO、GO!
なんだっけ、裏でリズムを取る?ダンスミュージックなのかな?
『これを耐えたら一発かますぞ?用意しとけ』
用意しとけって何をですか!もう、みんな自分勝手に動くんだから!でも勉強になるから断りづらいんですよね。
実)腰を攻め続ける上田、両足を取るとボストンクラブ…これを切り返して丸め込む、カウントは2、いいタイミングでしたが返されてしまいました。
解)これはクリス選手との試合でジャイアントスイングを返した時も使っていましたね。これまでの経験をが生かされています。
実)上田を起こすとコーナーへ、走り込んでジャンピングバックエルボー!体ごとぶつかっていきます。カバーは2。上田を起こすとボディにトラースキック!さらに顔面にヒット!そして、上田の頭を肩に担いだぞ?コーナーを一気に駆け上がり空中で一回転(※1)!後頭部を痛打!どうだ!
「ワン!・ツー!・スr…」
ギリギリで肩をあげる上田!危なかった!さっきの技はなんだったんでしょう!
解)すごい技でしたね!なんでしょう、縦回転のスイング式裏DDTと言ったところでしょうか、この試合に向けて隠し球を用意していましたね。
♫Fu!テッテテテッテッテッテテテッテーHere we go!!
実)ここから一気呵成に攻めていきます。セカンドロープに足をかけコーナーのトップに座ります。何を狙うか、まだ隠している技か!あー、上田の強烈なエルボーで場外に落下!かなりの高さがありますが大丈夫でしょうか。
解)どんな技をかけてくるかわかりませんがもし決まっていたら上田選手でも相当危なかったかもしれません。
実)それを察知してかコーナーに登った佐藤を迎撃、場外に落としました。鉄柵ホイップからリングに戻します。腰に相当なダメージがある佐藤はどうだ、立てるか。
フラフラになりながらもやっと立ち上がった佐藤にランニングエルボー!!マットに叩きつけられる!カバーには行かない上田!
『痛ってー!なんて衝撃よ!!ダメだ、もうできない。あとは任せた』
ちょっと!こんなところで!まーかせてって言ったのに!うわ、急に体が重くなってきた!力が全然入らないじゃないですか。これまでの人はなんだかんだいっても最後までいてくれたのに、なんて人だ!
『最後は自分の力だけで頑張らないと、後日後悔するかもしれないよ?相手の本気の一発を受けておけば、これ以上はないと思えるから。ほら、くるぞ、食いしばれ!』
解)なんとか立ち上がろうとしていますが焦点が合ってないように見えます。もしかしたら意識が飛んでるのかもしれません。
実)なんとか立ち上がった佐藤、腰に力が入っていない様子、そこへ二発目のランニングエルボー!真っ逆さまに落ちた!!これは返せない!!!
「ワン!・ツー!・スリー!」
「10分7秒、10分7秒ー、片エビ固めにより上田ショウ子選手の勝ち」
『いい師匠を持ったな』
どういう意味かわからないですけど、はい、それだけは自信を持って言えます。
実)カウント3つ入ってしまいました。いやー、最後のエルボーは衝撃的でしたね。
解)そうですね、選手権試合で使ってもおかしくないくらいの威力でした。言ってみれば120%エルボーいうところでしょうか。すごい攻撃力...
実)佐藤選手も中盤から人が変わったかのような動きで上田選手をいいところまで追い詰めたと言っていいほどの大活躍でしたね。
解)ほんとにそうでしたね。立野選手や山田選手にテクニックを、堀田選手には空中戦を鍛えられ、一発目のエルボーから立ち上がれたのは工藤選手の圧力に耐えたからこそのものでしょうか。そう思うと同期の力が詰まって佐藤選手を後押しした、と言ったら考えすぎでしょうか。
実)それはあるかもしれませんが、その結集した力を力でねじ伏せた上田選手もさすがと言っていいでしょう。五番勝負では結果が伴わなかったですが、今後中心選手となりそうです。あっと、上田選手が佐藤選手をおぶって控え室に戻っていきます。観客からは温かい拍手が送られています。第四試合は上田選手の勝利となりました。
続いて第五試合です…
♫ HYSTERIC みたいな曲だと思ってください
※1 不知火みたいな技だと思ってください
2001年3月3日の試合を参考にしています
風の大陸に宇宙皇子、面白かったですしカバーイラストも素敵でしたね
謹んでいのまたむつみ先生のご冥福をお祈りいたします
次話は4月5日を予定しています