第8話
試合後、途中まで工藤さんに支えられていきましたが、なんとかんとか控え室に戻っていきます。お客さんから見えない通路まで来ると、今日のメインイベントに抜擢された立野さんと山田んが待っているではありませんか。
「お疲れ、特訓の成果が出てたわね。上出来、上出来」
「お疲れ様でしたね。最後はジャーマンを出させたんですからたいしたものですよ。クリスさんを少しでも本気にさせたんですから誇ってもいいですよ」
なんて言われましたけど自分でも頑張ったなーって思います。ただ、教えてもらった技が出せなかったのがちょっとねー。
「そんなの、あと四戦あるんだから問題ないわ。チャンスはまだあるんだからこれから狙っていけばいいのよ」
「そうですけど、その技ばかりに気を取られてもダメですよ?あのジャイアントスイングを切り返したところみたいに晴子さんらしく戦っていけばいいんですから」
そうですか、工藤さんにも「晴ちゃん良かったよ、頑張ったね」って控え室に戻るときに声をかけてくれたし、初戦でこんなに褒められたら自身になりますよね。それにしてもひとつ気になったことがありまして、頭ポンポンの意味って何だったんでしょうね。
「ああ、あれね。多分だけど試合前にクリスさんと握手したでしょ、それが原因じゃない?この試合の晴子が試練を受ける立場だったけど握手をすることで教えてくださいって感じになったんだと思うの。それがクリスさんは気にいらなくて頭ポンポンから潰しモードに入ったってところかしら?」
「そうですね、あそこは握手をしないか手を叩くかすれば晴子さんの本気を感じてじっくり試合をしてくれたかもしれませんね、予想ですけど」
そっかー、試合前からそんな駆け引きみたいなことがあったんですね。素直に握手したらダメだったのかー。
「でもそこが晴子のいいところだから、そのままでいいんじゃない?」
「そうですよ、グラウンドでの先読みや騙し合いならともかく、性格はそのままでいてくれないと寂しくなってしまいますよ」
なんか途中から褒められているのかからかわれているのかわからくなっちゃったけど、これからも自分のできることをしっかりやっていこうと思いました。
「ところで晴子、こんなところで話をしてても大丈夫なの?結構ダメージがあったみたいだけど」
ええ、改めてクリスさんのパワーにびっくりしましたよ。でも工藤さんとぶつかり稽古をしていたおかげで何とか耐えられたみたいですけど、もうフラフラです。それじゃあすみませんが控え室に戻りますね。
「ねえ綾、さっきの試合って13分くらいよね。ずっと受けてたはずなのに…。私たちはとんでもないモンスターを生み出したかもしれない」
「そうですね。試合直後はどうかと思いましたが既にダメージの跡もなくケロっとしてますね。味方ですと頼もしく思いますが敵になってしまうと…倒しがいがありそうですね」
第二戦目は宇野さんとの対戦です。堀田さんがセコンドについてくれているので特訓が無駄にならないように頑張っていきたいと思います!
リング上で待っていると宇野さんがいつものように入場してきました。明るい曲に合わせて元気いっぱいな感じでリングに向かってきます。そしてトップロープを掴むとそれを飛び越えてリングイン、格好いいなー、私もやってみたいなーなんて思ったり。
「本日の第四試合、佐藤琴音 試練の五番勝負第二戦、30分1本勝負を行います!」
ボディチェックを受けレフェリーから注意事項を受けたあと、私の方から宇野さんに向けて両手を差し出すと、宇野さんは一瞬ためらってから片手を出してくれたので「よろしくお願いします!」と握手をしてコーナーに下がります。クリスさんのことがあったけど私の方が試される側だから礼儀としてちゃんとしておきたいのですよ。学校では上下関係の緩かった方だったのに、なんでしょうね。
ゴングが鳴り気を取り直し相対します。宇野さんは左右に軽くステップを踏みながら近づいてきてロックアップへ、ヘッドロックで捕まえるもロープに逃げられ反動を使われて反対側のロープへ振られ、返ってきたところでショルダータックル!これは私の勝ち、倒れた宇野さんを飛び越えてのロープワークはリープフロックで躱されてドロップキックをモロに受けてしまいます。少し離れてから再びロックアップ、腕を取りハンマーロックへ、それを切り返されて切り返すと、宇野さんは腕を取られたままで前転からヘッドスプリング、側転して逆回転の側転と続けられて腕を外されるとドロップキック!うわー、目の前でやられるとセコンドで見てたとき以上に動きに惑わされますね。それにしてもドロップキックが胸元に当たって息が苦しいです。ロープを使って動いている時もその場跳びでも宇野さんのドロップキックって的確に当たるからダメージがあるんですよ。距離感とかタイミングがバッチなんですよね。
胸元を気にしながら立ち上がりもう一度ロックアップ。ハンマーロックを切り替えされっると今度はヘッドロックに捕まりホイップ、袈裟固めを決められる前に足を絡めてヘッドシザースで切り返すと足を外されたところですぐに立ち上がる。「おおー」とお客さんがら声援と拍手が聞こえてきて、それに合わせて宇野さんも拍手をしています。何でしょう、このくらいの動きはできますよ?これまでのやり取りは合格ってところなんでしょうかね。
じゃあ次は私から攻めてみましょう。ロックアップから押し込んでロープに振りドロップキ…宇野さんはロープを掴んで返ってこない!このまま走っていくとロープ際でショルダースルー!危なっ!トップロープを掴んでエプロンサイドに着地するとロープ越しにエルボー!場外に落ちた私に向かって野球のスライディングみたいなキック!勢い余って鉄柵まで吹き飛ばされます。ふらっとしてるところにプランチャ!何がどうなったのかわからないうちに連続攻撃でさらにわからなくなっているとブレーンバスターの体勢に!場外のマットは痛いけどしっかり受け身を…うげっ、そこはエプロンサイドじゃないですか!高さこそないものの受け身のタイミングがずれたのとマットのない硬い部分で肩から背中を痛打してしまいます!
そうでした、宇野さんにはこれがあったんですよ。何をどう考えてるかわからないですけど見てる人や対戦相手の予想していないことを突然やってくるときがありましたが、まさかこのタイミングで!
「晴子ちゃんしっかり!キズは浅いわよ!」
堀田さんはそんな風に励ましてくれてますけど結構なダメージでしたよ?宇野さんは既にリングに戻っています。
「まだまだよ!特訓の成果を出す時間はたっぷりあるんだから諦めちゃダメよ!」
そんな、諦めるなんてしませんよ。ちょっとパニクっちゃっただけです。
リングに戻るとすぐにフォールされましたがカウント2で返します。髪の毛を掴まれて起こされるとコーナーに振られ体ごとぶつかるダイビングエルボーアタック!倒れたところでフォールされたけどこれもカウント2で返していきます。すると、宇野さんは何やらポーズでお客さんにアピールしているところを見ると何か大技を狙っているのかな、これはチャンスかも?警戒することなく私に近づいて髪の毛を掴んだところでその腕を取り三角締め!決まってるか決まってないかわからないけど、とにかく力一杯絞めていきます!が、動き回るせいでクラッチが弱くなってしまったところで宇野さんが私の上でブリッジをするように丸め込んできました(※1)!
うわっ!思わず技を解いて逃げることができましたが、宇野さんの腕は大丈夫ですか?って心配してる場合じゃないですね。スモールパッケージホールド、スクールボーイと続けてもカウント2で返されて場外に逃げられてしまいます。それを追いかけて鉄柵ホイップ!さらにもう一度!リングに戻してフォール!これもカウント2で返されます。
宇野さんを起こしてロープに振ろうとするとそれを遮られ逆水平チョップで反撃されてしまいます。続けてお腹にキック、ブレーンバスターで投げられてフォール、2で返すと投げ捨てられるように場外へ。鉄柵に投げられ鉄柱にぶつけられエプロンサイドに叩きつけられてしまいます。この連続攻撃はキツいです。フラフラになりながらリングに戻るといきなり宇野さんが降ってきましたっ!(※2)え?どこから??とにかく這いつくばるようにフォールを返すと今度はブレーンバスター!足を絡めてグッと堪えると技を解かれて逆水平チョップ!すぐにブレーンバスターの体勢!今度は投げられる!え?普通に着地した?ボコッ!!!
「晴子ちゃん、ちょっと!晴子ちゃんってば!」
え?あれ?堀田さん?...ここはどこ?...そういえば試合は?うわっ、顔が痛い…
「気がついた?試合は終わったわよ。控え室に戻るけど大丈夫?」
え?、試合終わっちゃったの?いつ?最後は…?
「…覚えてないのね。最後は顔面にサイドキック(※3)を受けてそのままカウント3入っちゃったわよ」
どうやら最後、顔を蹴られたショックで記憶が飛んでしまったようです。控え室に戻る時に宇野さんから何か言われたようですがちゃんと聞き取れませんでした。あー、顔が痛いです。
※1 ジャックナイフ式丸め込みみたいな技だと思ってください
※2 fromコーナーtoコーナーみたいな技だと思ってください
※3 トラースキックみたいな技だと思ってください
次話は3月5日を予定しています